遠くの親戚より近くの他人ってこともあるからさ。

友人の実家がある君津に行ってきた。

先の台風で被害を受けて、停電真っ只中。
信号は消灯、コンビニは休業、ガソリンスタンドには長蛇の列。

この景色を見るのは初めてではない。

各方面には申し訳なさを感じながらも、心の中は懐かしさの比率のほうが高いのが本音だった。
そんなあれこれを横目に見ながら、友人の実家へ急ぐ。

夕方に差し掛かったころ、到着。
車を停めると、友人の母(以下ママ)が網戸ごしに「なにー!この暑いのになんでわざわざ来たの、大丈夫って言ったでしょう!」と、強い言葉とは反対に満面の笑顔で迎えてくれた。

ここの家の娘である私の友人は宮城在住、その妹は千葉市在住で自身も被災している。
それぞれすぐに戻ることのできない事情があるなかで、私はというと東京でひとり、かなり身軽に動ける立場にある。
それなら、私が行けば良い。
そう思って、車に飛び乗り物資を買い求め、アクアラインを走って君津までやってきたのだった。

電池式のライトやサーキュレーター、モバイルバッテリー、熱中症対策グッズたち。
それと、家にあった冷凍みかん!
食料はまだあると聞いていたので、冷蔵庫も使えないことだし、今回は控えた。
本当はタバコとお酒、ガソリンも差し入れたかったけれど、家から高速に乗る間にちょうど良いお店もセルフじゃないガソリンスタンドも存在せず、結局買えないまま君津に入ってしまった。
そんなよもやま話をしながら、物資を手渡す。

そうこうしていると、友人の父(当然、以下パパ)が帰ってきた。

「東京のナンバーだからユキちゃんだと思ったんだ!泊まってくの?どうせ明るいうちにごはん食わなきゃいけないんだから今からもういい肉焼いてもらえ!」

なんか、やたら元気だ。
「こんなあっちぃんだから泊まるわけないっしょ」と返す。

近くに住んでいるパパママそれぞれの両親(じぃばぁ)も無事に元気で過ごしているという。ひと安心。

娘である友人に連絡したいところだけれど、LINEもフェイスブックのメッセージも送信できない。(なぜかSlackは生きていた!)
パパもママも喜んでくれているから、今はまずふたりとたくさん話そうと思った。

この猛暑の中で停電から2日も経つと、冷蔵庫も冷凍庫もだんだん冷気を失い、いよいよ「全部食べないといけないモード」に入ってくる。
停電が長く続く被災地では、「停電2日目の食卓がやたら豪華」はあるあるではないだろうか。
例に漏れず、和牛のすき焼きとパリッパリの餃子、鍋で温めたレトルトごはんをごちそうになり、もりもり食べた。

だんだん日が落ちて暗くなっていく部屋で、話題は自然と震災後の宮城での思い出にうつっていった。
パパもママも千葉から車を走らせ、私たちが拠点としていたところに何度も様子を見にきてくれていた。
だから、私たちの宮城での暮らしぶりはよく知っている。
心配もかけたし、呆れ果てたこともあったと思う。
でも、ずっと応援してくれて、たまの休みに実家に遊びに行けばいつも温かく迎え入れてくれてきたパパとママ。感謝しかない。

だから今日は、ちょっとした恩返しのかけら、ぐらいの気持ちで物資を積んで行ったのだ。

なのに。

「暗くなってきたから、信号ついてないから!危ないから、渋滞してるだろうし、もう早く帰んなさい!これもこれもこれも、持って!」

冷蔵庫の限界がきてもう保存できないというすき焼きの和牛の残りと鮭、餃子、近くのマザー牧場のはちみつ、果物、新米、桐箱のそうめん、そしてなぜか箱ティッシュ(笑)

山盛りの、私が持ってきた物資よりも重い手土産を持たされ、「連絡くれただけでも涙がでそうなくらい嬉しかったのに、わざわざきてくれてありがとう、本当にありがとう」と手を握られた。

なんだよ、私のほうが涙でそうじゃん。

じゃあバイバイまたね、と手を振って5分ほど走ったところから渋滞にはまり、君津から木更津間(普段なら15分くらいの道)を抜けるのに1時間半以上かかった。

帰り道も真っ暗で、信号もついてたりついてなかったり。
あまりに温かい時間を過ごしたからほっこりした気分でいたけれど、ここは被災地域だ。

今日まではいい、冷蔵庫の冷気も今日まではもった。
でも、明日からはまた様相が変わってくる。
48時間も経つと異常事態ハイになっていた分みんな疲労も出はじめるし、ストレスが表面化してくる。
これだけ暑いと体調不良&予備軍もたくさん出てきているはず。
食べられない、寝られない。
お風呂にも入れないし、断水地域ではトイレすら流せない。
衛生面が悪化してくる。

君津の私が行った地域では停電だけだったけれど、館山や南房総はもっとひどいというから、これからライフラインの復旧までが正念場だと思う。
頑張るという言葉は酷に響くこともあると思うけど、それでもあえて、頑張ろうと伝えたい。

明日も手を取り合って、生きることを頑張ろうね。

アクアラインを超えると一気に街が明るくなった。
家に帰り着いてママに連絡すると、やっぱり渋滞はまったんだって!?だから泊まってけばって言ったじゃん!と笑われた。
ほんとだね、一泊ぐらいしてけばよかったよ。


▽災害復興みらい募金
私の心から信頼する人たちが、きちんと使途を考えて見定めてくれます。
Tポイントでも寄付できるのでぜひ。


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81
33歳。いま。