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連作短歌「うすくなりゆくなつのおわりの」

鳥帰るとき粒々になつてゆく
佐藤文香『君に目があり見開かれ』

ベランダの雨のひと粒ひと粒にヘッドライトは囁いている

傾きに触れた夜から木瓜は枯れ木犀は枯れ水平である

バランスを天啓として記憶から記憶へ直に伝達されて

行ったことない街からのお便りが届かない空っぽの郵便受

理解する レンズのむこうの明るさが明るさとして正しいことを

通るたび跳ねる水 その形態に共通点のないということ

びろうどの煙草の白の無限さと消費税から弾かれた夢

朝 森のあおさを抜けて遠くなる アピチャッポンの眼は潰されて

赤道の無人島から見届ける 羽田空港だけを目指した

風が来て全ての感情が薄く、うすくなりゆくなつのおわりの

砂浜が草原になる季節には そろそろここも去らねばならぬ

オリーブの実を大切に 妹の小さい耳の産毛の海へ

籐椅子の背の空白にせせらぎが 濃くなる 見えなくなる虹の青

六十の父の水墨画の趣味の生まれくる鳥の象徴たち

冷たさも共有しよう 夕焼けでフリーズした世界の片隅

瞬間の水母へ向かうエポケーの誰も見ている人がいない木

流星の音で目覚めた私生児の描写で終わる遺書をながして

みずうみの花火大会あのころの鮮やかさだけ失った手が

坂道を登るあの娘をなんらかの記憶の傷の引き換えにして

いつもより少し明るい夜のみち 点になるまで続く街灯

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