見出し画像

巻き枯らしという技術は善か悪か

●環状剥皮とは

樹木の生育をコントロールする技術のひとつに環状剥皮(かんじょうはくひ)という手法があります。例えば果樹の管理では、皮の一部をはぎ取ることで花芽の誘導、果実の品質向上・成熟促進、樹木の育ち過ぎの抑制などの効果を狙うことができます。

樹皮のすぐ裏側には「師部」という組織があって、葉っぱで作られた養分(糖類など)はここを通って上から下に運ばれるのですが、この導線を遮断または抑制することで枝葉に養分が貯まっていきます。そして根からの養分や水分は幹のもっと内側を通るので、大きく剥がなければ木自体は簡単には枯れません。この性質を人の都合に利用しようとするものです。

苗木づくりでもこの理論を活用できます。苗木づくりで大変なのは、効率的に種をたくさん採取すること。そこで、母樹となる木の樹皮に傷をつけて開花や種の結実を促すことがあります。これも環状剥皮の一種です。

採種園の母樹の仕立て方と環状剥皮/北海道訓子府町

環状剥皮の難しいのは、その目的や樹種によって適切な皮の剥ぎ方というのがあって、ただいたずらに傷をつけても効果がなかったり、逆に活力が落ちていったりします。基本的にはプロがやる手法と言えるでしょう。

●森林管理・林業での巻き枯らし

この環状剥皮を森林管理や林業で応用する技術があります。樹皮を環状に広く剥ぐことでその木を枯らしていく…つまり「巻き枯らし」です。養分の移動の阻害に加えて、広い剥皮面から水分が抜けることで立木が乾燥して衰弱し(その結果虫や菌にもやられ)枯れていくというのがおおまかな理論。

巻き枯らしの事例/スイス・チューリッヒ州

巻き枯らしの目的または利点は主に3つあります。

ひとつめは、木が軽くなること。ドイツやスイスでは巻き枯らしは中世からあったことが知られています。ある森を皆伐して収穫しようとするときに、巻き枯らしをしておいて木を軽くし、そのあと伐倒して搬出すれば少ない労力で収穫することができます。牛や馬が動力だった時代ならではの考え方ですね。

ハリケーンよる風倒木に樹皮を傷つけられた残存木が徐々に衰弱していくことにヒントを得たと言われています。このため「自然を真似た手法」という言い方もされているようです。

北欧では、環状剥皮に加えて更に幹の上部まで斑状に樹皮を剥ぎ、樹脂等の分泌を促して木材としての保存性を高めるという手法もあったそうです。

2つめは、徐々に時間をかけて枯れていくということ。例えば暴れ木(枝葉が異様に発達し、周囲の木々の成長を阻害しているような木)があった場合に、更新のためにその木を除去しようとしても、通常の伐倒をすると保全したい周囲の木に傷をつけてしまうリスクが高まります。また。大きな木を伐ると大きな空間がでますが、その「急な変化」が残った木の安定性を著しく損なうこともあります。

そこで、その大木のみに環状剥皮を行い徐々に枯らしていくことで、安定性を保ちながらうまく世代交代を実現することが期待できます。その木を収穫しなければ周りの木々の肥やしとなっていきます。ひとつめの「木が軽くなる」というのは、森をできるだけ傷つけないという意味でここでも効いてきます。

3つめは簡易であること。巻き枯らし作業自体は、伐倒(伐り倒す作業)に比べれば簡易です。すなわち”ここだけ見れば”安全性が高いと言うこともできます。プロが巻き枯らしを行う場合はチェンソーを使うことが一般的ですが、ナタを使うことも十分に可能です。

近年は「皮むき間伐」という巻き枯らしの一手法が森林ボランティアを中心に広がってきているのは、この簡易性が大きな要因のひとつでしょう。

ただし、巻き枯らしにはいつくかの問題点があります。

●【重要】巻き枯らしの問題点

巻き枯らしを忌避する林業関係者は多いです。理由はいくつかあるのですが、3つにまとめてみました。

1.安全性

さきほど、その簡易性から作業自体は安全性が高いと書きましたが、ここで言う安全性はその後の話です。徐々に枯れていくということは、いつ枝が落ちてくるのか、幹が倒れてくるのかわからないということとイコール。つまり、巻き枯らしは保全対象(構造物や道路)の近くや急斜面で行っては絶対にいけません。保全対象が近くなくとも、不特定多数の人が入るような森もNG。

巻き枯らしした立木を収穫しようとする場合も危険です。乾燥しかかった木、腐朽が入った木は安全に思う方向に伐倒することが困難だからです。

ある範囲に1本か2本、見通しの効くわかりやすいところに巻き枯らしの木がある、であればよいのですが、面的にそこら中に巻き枯らしを施した場所があったとしたら、そんな場所には入りたくない、近づきたくないというのが山で働く人たちの正直な気持ちなのです。

欧州でその昔皆伐時に巻き枯らしが使われていたというのは、労働安全の価値観が異なる時代のことと考えるべきです。

2.病虫害

スイスでは、意図的に枯損木を作ることでそういう環境を好む昆虫等を誘導し、生物多様性を高めるという考え方があります。しかし、日本のように温暖湿潤な気候帯では相当慎重に取り扱うべきでしょう。

例えば、環状剥皮によって葉で作られた糖分が地上部に貯まりやすくなるということは、すなわちそこはシロアリさんのレストランとなります。ニホンキバチの繁殖を促しかねないという専門家の指摘もあります。そういうリスクもある中、巻き枯らしを面的に広範囲で行ったらどうなるでしょう?

それぞれの地域で発生する可能性のある病虫害の知識は、巻き枯らしを行おうとする際の最低条件になるわけです。

3.木材としての品質

巻き枯らしの木を後で収穫しようとするとき、病虫害とあわせて、乾燥による割れが読めないというのもネガティブ要素の一つです。これを避けるためには、環状剥皮後早いシーズンのうちに伐倒することが必要になります

この場合、先に挙げた巻き枯らしの利点(徐々に環境を変えていく)が弱くなってしまうことに要注意です。

●大事なのは手法そのものの善悪ではなく目的に対する適用

巻き枯らしという技術は善か悪かと問われれば、それは使いようによるというのが私の答えです。

・森の若返り(更新)のために大きな木を除去したい
・その木は収穫しても採算が合わない(赤字になる)
・近くに保全対象がない/不特定多数の人が近づかない
・その木をある程度離れたところから見通せる(目につきやすい)
・人為的にその木を枯らしたとしても病害虫まん延の心配がない

という場合は、巻き枯らし技術は単木的に適用できると私は考えます。高度な技能者がいないから、その時だけ安全で簡単な方法を選ぶというのは考え直したほうが良いとも。誰にでもできる/簡単にできるから採用しよう、は典型的なフォアキャストだからです。

逆に一つの手法の可能性を始めから排除してしまうのもバツ。その技術自体に正しい・間違いはなくて、どういう原則に基づいてその現場で適用するかしないかを考えることが大事ということ。その考察ができる/できないは、実は専門家と素人の区別はありません。

巻き枯らしは大径の暴れ木だけではなくて、小径・中径の木に対しても使える技術です。例えば西日本で言えば将来有望なナラやカシの若木があったとして、その周りに繁茂したリョウブやソヨゴのような木を除伐したい、というようなとき。

しかし、これはそれなりに熟練した技術者でないと(選木の面で)難しいかもしれません。

兎にも角にも作業自体が目的化してしまうことに要注意。このことだけはあらゆる場面において共通して言えることだと思います。


注)海外の情報については文献調査ではなく、筆者が現地の林業関係者からヒアリングした情報によるものであることをお断りします

巻き枯らしの例(チーク林)/ラオス・チャンパサック県

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?