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現代の問題は、近代の本質ベースで解決に向かうしかないという話~マルクス、多様性・ポリティカルコレクトネス、モンテッソーリ教育、ティール組織~

こんにちは。榎本です。
今日の話の結論を言ってしまうと、近代まで打ち立てた制度を革命に憧れてぶち壊すような現代の理想論が数多くありますが、それらは全て絵に描いた餅で上手く行かないので、近代まで積み上げた本質をベースに改善をしていくべき、という話です。

今回は、政治・経済の分野で理想論として打ち立てられて失敗したマルクス(共産主義)から、昨今組織開発の分野で話題になったティール組織までを、それぞれ近代までの本質をベースで考えると本質からそもそもずれてしまうので、上手く行かないという話をしていきたいと思います。

一貫して言えるのは、本質と属性、本質と起源は全く異なるものなので、属性や起源が問題なのに、本質までもまるごと批判をしてはいけない、区分すべきという話です。

政治・経済におけるマルクス・共産主義

あなたは言う。どうせ変わらないよと言う。政治には裏切られてきたと言う。しかし、あなたはこうも言う。こんな暮らしはうんざりだと。私は言う。あなた以外の誰が、この状況を変えられるのか。あなたの未来は、あなたが決める。そう気づいた時、つぶやきと舌打ちは、声と行動に変わる。そして、あなたは知る。あなたの力で、世の中を変えた時の達成感を。

ご存知ですか?2009年の8月30日に全国紙の一面広告で「本日、政権交代。」という広告を民主党が出しました。
しかし現在考えてみると、あの民主党が良かったという人はほとんどいないかもしれません。

民主党は絵に描いた餅で口だけの理想論を掲げてしまいました。国民もポピュリズム的に扇動されました。
しかし思うにこういった問題は、現代多くの分野で発生していると思います。

これらの問題の共通の原因は、政治・経済の本質すらも的を外してしまったことです。
ここでは未だに現代の社会批判の主流となっている、マルクスを政治・経済の本質から考えたときに、外れてしまったことを見ていきたいと思います。
現代において共産主義体制は上手く行かずに失敗をした大きなモデルの1つだからです。

■政治の本質

政治の本質を見ていく時には社会の教科書に載っているホッブズ・ルソーを見ていくことでわかります。
まずホッブズは「リヴァイアサン」で「万人の万人に対する戦い」という原理を打ち立てて、国家の起源を説明しました。

まず最初に人間社会は農耕を取り入れて定住を始めたことから、「所有」という概念を産みました。自分たちの身体を所有しているから自由が生まれますし、食料や土地などの生命維持に必要なものも所有します。
しかし過去の歴史書(ローマや中国など)を見てみると、必ず戦争が繰り返されます。それは、この「所有」を守る・拡大するためです。つまり疑心のために人間社会では弱肉強食の争いが起きてしまいます。

そこで、人間社会では自分たちの暴力を最小限にして、所有を守るために暴力を放棄=大きな暴力機関(リヴァイアサン)に集約・縮減して、その中でのルール(法)に違反したメンバーは罰を受けるという仕組みを構築します。
これが国家の起源です。国家の本質は暴力を集約・縮減しなければ万人の万人に対する戦いが発生してしまい、結果的に消耗するのを防ぐことなのです。なぜなら、暴力は全ての力の中で唯一無条件性があります。どんな才能も暴力にかかれば無意味となるからです。

しかしこれでは、封建制度や王政によって必ずしも人の自由が保証されるかはわかりません。そこで、ルソーです。ルソーは「社会契約論」の中で、自由の相互承認した上で他者の自由を侵害しない限りは自由を保証する(自由とは所有のこと)ために、一般意志と社会契約という考えを導入し、ホッブズの暴力機関と法にさらに、メンバー主権であり機関はあくまで代表・象徴であるという民主主義的な考えを導入しました。

さらに、ここで「公共の福祉」と「共有資産」という形で一般意志を保ちます。公共の福祉(幸福)は各個人がそれぞれの形の幸せを追求できることを前提としながらも、それぞれの形の幸せのためそれぞれの幸せが他の人の不幸せになることを防がなければいけません。このように幸せの追求によって起きる幸せ同士の衝突を調整することによって守られる普遍的な幸福を保証することが公共の福祉です。
共有資産は富の再分配、税金と社会保障のことです。後述する資本主義では市場のシステム(メカニズム)によって個人の富の配分が決まります。しかし、もちろんそこは個人の自由(所有)と欲望をベースに動くのですが、大前提としてこのシステムはメンバーの相互承認でできあがっております。そこで、一部を共有資産としてシステムに関わる人の幸福のために利用するということです。(一般意志を保つために)

■経済の本質

次に経済です。アダム・スミスの「国富論」では、資本主義は持続可能かつ拡大生産可能な経済システムのことです。近代までの戦争経緯を見ると富がゼロサムゲームとなっていることで戦争が起きてきたことがわかります。
そこで、民主主義の実現には富を持続的かつ拡大していくことが必要になります。そこで、アダム・スミスが発見した資本主義の本質、経済の本質とは「分業」「価値交換」「消費」です。

分業・マネジメントによって生産性は恐ろしく拡大しました。しかし分業による富の増大を支援するには、それぞれの分業を橋渡しする価値の交換が必要になります。そしてここで生産されたものを消費していかなければ、ストップしてしまいます。この消費は人間の「欲望」という本来性に沿っているため、消費することで欲望を満たすことができます。
富が拡大できるのであれば、戦争に走る必要もなく、政治の自由相互承認システムを保持することができるようになったわけです。

■マルクスの批判

マルクスはこの政治の国家という仕組みと、資本主義経済について否定をしました。共産主義のその形は、しかしながら、現実的に運用が困難な形で失敗に終わりました。ここではこちらを見ていきます。

まずマルクスは、国家の本質を階級支配の正当化と起きました。国家は幻想の共同体であり、民族や人種などを理由にしながらも実は階級支配をするための幻想であるということです。
人は所有という考えを獲得し、その所有を守るために暴力機関を形成して法を作りましたが、そもそも「所有」という考えも幻想であり、それは国家が支配を正当化するために行われているというもの。

次にマルクスの資本主義経済批判は、労働力を資本家が搾取しているということと、事業を拡大させていく弱肉強食の資本主義社会での覇権争いをすることで独占を進めてしまう。搾取と独占による格差拡大は結果的に社会システムの存続自体を難しくするため、資本主義は成立しないシステムということです。

これらの考えは上記の本質と比べると説得力がないと感じるかもしれません。その本質は国家や資本主義の本質ではなく、属性や起源を批判しているからです。

マルクスの言うことがここまで信任を得ているのは、言っている課題感は正しいのですが、国家や資本主義を否定して出来上がる世界は本質に基づいていないので、結果として破綻するということでしょう。
もちろん国家には階級支配のような側面が出てしまうことがあったり、資本主義が実際に格差拡大を引き起こしている現象があります。
しかしそれは、支配者がいたり資本家のせいではなく、僕たち一人ひとりが相互承認しているシステムの結果です。
共産主義や左翼の人が仮想敵や陰謀論を唱える傾向があるのは、彼らの主張がそうした「敵」を想定しないと成立しないためです。(そうしてそのように単純化したり、自分たちの責任ではないと思えることが彼らにとって心地よいからです。)

よって、政治や経済のシステムはもちろん完璧ではないのですが、今のシステムは本質には則っているので、そこに起きている問題を解決するにはこのベースの上で進めるしかないです。

今回は他にも同じ事例を簡単に見ていきたいと思います。

社会・コミュニケーションにおける多様性・ポリティカルコレクトネス

次に社会・コミュニケーションにおける「多様性」という考え方について見ていきたいと思います。こちらは先日のnoteでまとめたので、次で詳細を見てほしいです。

・社会とコミュニケーションにおける本質は、愛と対話
・それに対して個々人の多様性を認めよう!という考えがあり、これは愛という文脈で見れる
・しかし、多様性やポリティカルコレクトネスで、「多様性に反するものを攻撃する」「少数派/多数派という分断を引き起こす」という性質がある。
・結果的に、多様性やポリティカルコレクトネスで理想としている世界ではなく、分断を引き起こしてしまっている
・これは、愛と対話という本質を忘れてしまっているから

学校教育におけるモンテッソーリ教育

次に学校教育を見ていきたいと思います。政治・経済ほど複雑さはないのでシンプルに行きます。

■学校教育の本質

学校教育の本質とは「スタートラインを同じくすること」です。
過去学校教育ができる前は、識字率などに差があったり、家柄や階級によってそもそも受けられる教育の質に差が出てしまい、それによって格差が広がっておりました。

しかしこれでは政治の部分で話した、一般意志を保つための幸福を追求するための相互承認の社会のゲームに入っていくことができません。参加する前に格差が生じてしまい、自立した個人としてあれないためです。
そこで、学校教育では一律の教育を実施することで家柄や人種や宗教に関わらず、社会参加のための公平な土台を用意することが重要になるのです。

■モンテッソーリ教育

モンテッソーリ教育は、医師であり教育家であったマリア・モンテッソーリ博士が考案した教育法です。
「子どもには、自分を育てる力が備わっている」という「自己教育力」の存在がモンテッソーリ教育の前提となっています。歩くことを教えなくても、歩こうとしたり、積極的に環境に関わりながら様々な事柄を吸収していったりする姿は、子ども自身が自立に向かって、成長・発達していこうとする姿のあらわれといえます。この内在する力が存分に発揮できる環境と、自由が保障された中で、子どもは自発的に活動を繰り返しながら成長していきます。

モンテッソーリ教育は上記のように子どもたちの自発性をもとに、一方的に教えるということをしない教育です。
これは資本主義経済の「分業」とも相性が良く、個性をもとに専門性をつけていくことで、より社会の生産性を高めると言えます。

僕自身は非常に大好きな考え方だからこそ注意したいのですが、学校教育とはスタートラインを同じくすることです。これによって子供の中での格差が増えたり、そもそもの社会参加に必要な公共の福祉のための道徳観念などを教えることが困難になるようだと、本質に反し結果的に教育という取り返しのつかない子供の可能性を潰すことにもなりかねません。

もちろん現状の教育には問題が多くあります。モンテッソーリ教育がそれの一助になることもわかりますが、実際は学級崩壊や不良になったりなど、授業実施が困難な学校が、教育水準の高い日本でさえ存在するのも事実です。
そういったリスクが少ない家庭での実施は良いかもしれませんが、現実の運用に乗せていくにはまだ課題が多くありそうです。

学校教育を否定して作る形ではなく進めたいものです。

組織・マネジメントにおけるティール組織

次に組織・マネジメントなどの経営分野に入っていきたいと思います。
ここ最近ティール組織を導入して失敗している企業が多いのも、このnoteで話している本質を無視していることにほかならないと考えるためです。

■組織の本質
組織の本質は、目的を持つこと、役割を持つこと、ヒエラルキー(階層化)されていることです。細胞を見てもわかるように、肝臓や大腸など細胞はそれぞれ消化や酵素生成などの目的があり、役割を持ち、ヒエラルキー化(細胞が集まって器官に分かれる)しております。

■ティール組織
ティール組織は一時期もてはやされ、フラット化している・マネージャーがいない・自由にできるといったことで話題になりました。素晴らしい考えでありながら、失敗を招いているのは上記の組織の本質に反しているからでしょう。
まず、組織である限りは役割もありますし、人間の認知の限界(150人と言われている)もあるので、どうしてもヒエラルキー構造を作る必要はあります。(これは指揮命令系統があるということではないです。)

それ以外にいろいろ問題はこちらのnoteでまとめておりますが、言いたいことは本質を押さえずに理想論だけで進んでいては結果的に失敗をするということです。

課題意識は本物なので、リアリズムを持って進もう

上記のように現状のシステムに対する課題意識をもとに出てきたアイデアが、机上の空論であったり理想論で進みすぎると、絵に描いた餅となってしまい本質に則らないものは失敗をするという話でした。

どうしてこのような思想足り得ない思想が蔓延してしまうのでしょうか?
それは政治の部分で述べた「自由なゲーム」となった今、いろいろな多様な個人が自由に幸福追求をするゲームに参加することになります。
そこでは、理想というものを個別に追い求めながらも、システムの結果として不都合な現実が露呈します。
それに対する人の心理的な防御作業=認知的不協和に対する防御規制として、絶対的な理想を思い浮かべる=絵に描いた餅、または現状への批判に終止して相対主義の殻に閉じこもる反権力に終止することです。

問題はそのような「痛み」を回避する思想からは、現実的に運用可能で一貫した思想は生まれず、ただの知的なマスターベーションで終わることでしょう。

しかし、現状に課題があることは間違いないですし、このような課題意識を持つことを否定しているわけでは全くありません
大事なのは課題の先の理想の世界に到達するために、現状のシステムの合理性や本質を持ってできあがっているので、リアリズムを持って進むしか無いということです。

長文読んでいただきましてありがとうございます。

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「人間とはなにか?」ということを探求するnoteです。人間性にまつわることはいろいろ書いていきます。哲学・社会学・宗教・心理学・脳科学・マインドフルネス・禅・ヨガ・スピリチュアル・チャクラ・組織・コンセプト・プロジェクトマネジメント・ディレクション・プロダクトマネジメント
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