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ノイズとスカトロジーのカルトSF映画『神々のたそがれ』

AmazonPrimeで、気軽にみる映画もいいんだけど、こういう時期だからこそ、ちょっと観るのが大変な映画も観ておこうと思って、カルト映画好きにおすすめしてもらった『神々のたそがれ』を観た。

小説を映画化するとき、だいたいの監督は行間を美しいとか、かわいいとか、かっこいい映像で埋めていくんだけど、アレクセイ・ゲルマン監督『神々のたそがれ』は放屁とか脱糞とか臓物とか、いわゆるスカトロジーで埋めていく。

力いっぱいうんこ

普通に撮ったら、一発ネタで終わるようなコメディ映画なんだろうけど、アレクセイ・ゲルマン監督はそれを構想35年、製作に13年かけて、力いっぱい撮ってしまった。

最初はわるふざけ映像かと思って観てたんだけど、進むにつれ、凝った作りに驚かされる。本気の映像だ。

子どもたちの会話のように、とめどめなく中心は変わっていくけど、しっかりと腰をすえた映像がそこにはある。
この作品しかないロジカルがあり、それに基づいて撮られたものだということがわかる。

まあ、すごい。
最初は、美に対するただのカウンターカルチャーかなぁと思って、鼻をほじりながらみてたら、映画の中の俳優たちも、がんがん鼻をほじったり、うんこしたり、屁をしたりする。

隠しカメラで盗撮した別世界

原作はドイツSF小説の巨匠ストルガツキー兄弟の「神様はつらい」
映画の冒頭でも「これは地球とは別の惑星の話である」という親切な説明セリフが入る。

そして、こちらは映画の中では、説明されてないが、原作によれば、この映画の映像自体が、地球からの観察者たちが頭につけている隠しカメラで撮り、それを地球に送っているという設定らしい。

そのせいか、映画に登場するキャラクターがカメラに向かって手をふったり、話しをしてる最中なのに、横切ったりとかが平然と起きる。
というか、三時間ずっと横切りっぱなし。

また隠しカメラなので、みんなこのカメラで撮られていることを知らないため、かしこまることがなく、おならをしたり、鼻をほじったり、つばをとばしたりしてる、三時間ずっと。

人から等しく排出されるものは文化ではなく、糞だ

物語としては、他惑星で0から文明をうみだし、それが再生(ルネッサンス)するかと思った矢先、知識人の粛清がはじまり、それを観察者であるはずの主人公が、なんとかしようと奮闘する話だ。

そのSFをなぜ、こんな水下痢を煮詰めたような映像にしてしまったのか? それは監督自身がドキュメンタリー映像で語っているらしいので正解があるらしいが、わたしは人間が生み出す普遍的なものは、子どもでも、文化でもなく、排泄物だから、だと受け止めた。

若手監督が、美のカウンターカルチャーとして、半ばはしゃいで、撮った映画ではなく、有名な年季のはいった監督が、スクリーンに大写しで「どん!」と脱糞する。これぞシネマだと。

だから、この映画は明確な信念のもと、確かな技術で作られた、他の比例なき作品であることは間違いなく、力のある監督の遺作でもあるので、みんなこの作品を祝福するが、正直、祝福するような品物ではない。

そして、一般社会で祝福しちゃいけないものを、祝福することがカルトなわけだから、清く正しいカルト映画であった。

というわけで、誰にもすすめないが、3時間ある白黒のノイズとスカトロジーにあふれたカルトSF映画が観たくなったら、ぜひおすすめだ

この映画を手放しで絶賛する人もいるので、新しい道が開けるかもしれない。



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