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『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』の感想と考察 –ゲームを好きになりきれなかった物語−

めちゃくちゃネタバレを含みます。
公開当時(2019年8月)に劇場でみたあとの感想と考察を、あとから加筆修正した記事です。

シニカルな児童向けアニメ映画

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フローラやビアンカのデザインがずいぶんとかわいくなっていたので、ハイティーンの男性向け映画か?と思って観に行ったけど、
実際は、低年齢向けを意識した映画。

ただ、原作となるゲームの『ドラゴンクエスト』自体が、そもそも児童向けて作られたものなので、そんなもんなんだろう。
ウンチネタで笑えなくなった俺たちは歳をとりすぎたのだ。

児童向け映画としてみれば、ドラクエシリーズの中でも、親子二代にわたる壮大な物語を100分という短かい尺で、うまくまとめているし、そもそも15年前のローレゾドットゲームを、よくぞこんなかっこよくリファインできたもんだな、と感心しながらみてた。
最後のどんでん返しがくるまでは……

この映画の最大の特徴は、最後のスタッフロールをみたあとのなんとも言えない虚無感だと思う。

はじめに言っておくと、わたしは、こういうラストに虚無感を感じる映画はどちらかというと好きだ。

きれいに終わってしまうお行儀の良い映画より、こういうピーキーな作品のほうが好きだし、具体的なタイトルをあげれば『トゥルーマン・ショー』とか『未来世紀ブラジル』みたいなシニカルな終わり方にもとれる。

主人公がドラクエを通して成長してなかった問題

なぜラストがこんなにも虚無いのか、ひとつは主人公がドラクエを通して成長してないことがあげられる。

正確にいえば、『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』はちゃん『精神的に未熟で、頼りない主人公が、最後には自分の意思を持ってラスボスに立ち向かう』という成長物語になっている。

けど、最後の最後の大どんでん返しにより、この主人公がドラゴンクエスト5を何度もプレイしてるドラクエオタクだと判明したとき、結局「何度もゲームをクリアしたところで、人間的成長はない」ということを証明してしまった。

序盤の『どことなく頼りなく、精神的に未熟なこそが主人公』こそ、ラスボスいう「ゲームは現実からの逃避でしかない」という主張の体現者だったのだ。

つまり、この映画のストーリーが意味することは、

最新テクノロジーを使った、リアルと区別のつかないようなゲームをやれば人生は変わるかもしれないけど、今のゲームはいくら遊んでも現実逃避でしかない

ということで、そんな主張を、わざわざ国民的なゲームタイトル『ドラゴンクエスト』を使ってやったのだから、すごい。

だいたい、いつの時代の天才ハッカーが作ったウィルスだよ

真のラスボスは自称天才ハッカーが作ったバグウィルスなんだけど、ウィルスがいうには「ゲームなんかお遊びなんだから現実をみろ」という作者の思いが込められているらしい。
ただもう、この感覚はちょっと古いんじゃないんだろうか。

2017年時点で世界のゲーム市場規模は15兆円(ちなみに世界の映画市場の規模は4.5兆円)だ。

別に市場規模が大きいほど、えらいってわけじゃないけど、それだけゲームに関わって生活している人がいることであり、現実にもめちゃくちゃ影響力のある産業だ。

消費者側からみたって、スマフォとインターネットがセーフティーネットになっている現代では、ゲームと現実の距離はそこまで遠くない。
『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』の世界ではどうなってるか知らないけど、16歳の少年がゲーム大会で優勝して、賞金3.3億円獲得を獲得しているのが現実だ。

細田守監督の『サマーウォーズ』や、スティーヴン・スピルバーグ監督の『Ready Player One』といったゲームコミニティーが世界を救うテーマにしたヒット作品がでてる中で、今だこんな古い意見をもった悪役がでてくるストーリーを作れる環境があるのには驚いてしまう。

あと、「実はこの世界は虚構でした」ってネタは、できれば序盤、おそくても中盤には公開すべきなんだと思う。

でないと、虚構だけど、虚構にもちゃんと意味があるんだよってことを説明できないまま物語が終わってしまって、ただ作品自体を全否定しただけのラストになってしまう。

『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』は、『けものフレンズ』の系譜

『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』と似てる作品でいうと、ゲームを原作として、児童向けな表現をしつつ、世界は全て人為的に作られたアミューズ施設という設定によるどんでん返しをしかけ、幅広い層に支持され大ヒットした3Dアニメーションがある。
けものフレンズ』だ。

『ボス』=『スラリン』

幽霊のように場所をワープにして主人公の側にぴったりついていたスライムは、ゲーム運営側が用意したアンチウィルスシステムであり、つまるところ、主人公(プレイヤー)のガイド役。

ガイドロボットといえば、ラッキービーストことボス。
完全に偶然の一致なんだろうけど、色も形もサイズも似ている。

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『サーバル』=『ゲレゲレ』

キラーパンサーこと『ゲレゲレ』は、『サーバル』ちゃん。
ビジュアルも似てるけど、登場シーンもそっくりだったりする。
大きくなったゲレゲレと再会するとき、おびえて逃げる主人公をみて、おいかける『狩りごっこ』を行う。

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序盤の1人+2匹構成のパーティーは、サーバルちゃんとボスと旅するカバンちゃんと同じパーティー構成。

もう説明いらないだろってくらいパーティー構成の絵面が一緒。

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どちらも役目を終えた原作(ゲーム)を、パークとして表現している。

『けものフレンズ』は元々メディアミックス展開をする予定だったらしいが、アニメ版『けものフレンズ』が出る前に、ゲームの配信が終了してしまった。

アニメ版では、そういった事情を考慮して、『ジャパリパーク』を廃墟(サービスの終了したアプリ)として描いている。

対して『ドラゴンクエスト5』は、いまだにリメイクされ続けて、絶賛販売中である。
映画の中ではVRアミューズメント施設としてリメイクされている。

『けものフレンズ』は、人気がなくて、サービス終了してしまったゲームの象徴として『廃墟の遊園地』

『ドラゴンクエスト5』は人気があり、いまだにリメイクされ続けるゲームの象徴として『最新のVR遊園地』


人気のないゲームがどうなってしまうのか、人気があるゲームはどうなっていくのかの光と影、役目の終えたゲームというコインの表裏扱いこそ真逆だけど、どちらのアニメも、ゲームという異種メディアを、アミューズメント施設として登場させることで、ゲームを表現している。

ゲームの映画化の希少な成功例である『けものフレンズ』を無視できなかった説


ゲームの映画化というのは、マンガに比べると圧倒的に成功例が少ない。

リンク先をみてもらうとわかるけど、ポケモンや妖怪ウォッチといったテレビアニメシリーズの劇場化を省くと、本格的なゲームのアニメーション映画化というのは、ほとんど行われていない。

ドラゴンクエストを映画化するとき、紅白歌合戦にも出場するくらいに国民的ヒットとなった『けものフレンズ』を無視することができなかったんじゃないかと思う。

つまり、『けものフレンズ』を意識して、表面的なビジュアルなどは児童向けにして、ストーリーの根底や、映画化のオリジナル要素として『人工的に造られた虚像』という構造をそのまま、採用した結果が、あのラストなんじゃないのだろうか。

絶対売れる布陣で作った『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』

・サービス終了したゲームではなく、国民的人気を誇るゲーム。
・無名の監督ではなく、実績も受賞経験もある映画監督
・ずっこけ低予算アニメではなく、潤沢な予算のある最新アニメ

『けものフレンズ』のフレームを使いながら、圧倒的な戦力で作り上げ、約束されし勝利を狙ったゲーム原作のアニメーション映画、それが『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』、だったんじゃないかと思う。

その結果は、まあ、その…。

『けものフレンズ2』もそうだったけど、ちゃんと『けものフレンズ』の良さを理解してない人が「最近はこんな感じの低予算アニメが流行ってるんだ」くらいの理解でオマージュすると、とんでもないことになる気がする。

ラストシーンが許せない映画は、二回目の鑑賞で化けることがある

わたしはM・ナイト・シャマラン監督作品が大好きなんだけど、はじめて『ハプニング』を観たときに、ラストが気に入らなくて憤慨したことがある。

そのことを同じくM・ナイト・シャマラン監督が好きな先輩に伝えたら

「確かに『ハプニング』のラストはいまいちかもしれないけど、二回目はラストがわかった上でみるからおもしろいよ」

と言われ、

そんなことある? そもそも、つまらないと思ったものをもう一度みるとかおかしくない???

と思ったけど、

その先輩のことも、M・ナイト・シャマラン監督のことも好きだったので、半信半疑でもう一回みてみたら、本当におもしろくてびっくりしたことがある。

どうして、そんなことがおきるのかというと『ラストシーンが許せない』というのは、それまでは楽しめていたという裏返しでもあるからだ。

そもそも、おもしろくない映画は、「許せない」と感じるまで、感情を揺さぶってはくれない。

なので『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』をみてラストシーンが許せなかった、という人は、ラストシーンまではすごく楽しめてた場合がある。

だから、本当に『ドラゴンクエスト』が好きで、だからこそラストシーンが許せなかった人は、もう一度観てみると案外許せてしまうかもしれない。

『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』が、めちゃくちゃ製作費をかけた日本初の本格的なドラゴンクエスト原作映画なのは間違いないのだから。

劇場でみた当時の思い出

わたしは、1、2、3、4というナンバリングをすっとばして、わざわざ『5』を題材にしたことにすごく興味があったし、個人的にも『5』が一番思い入れのある作品だったので、結構楽しみにしてました。

わたしは楽しみにしている映画は初日に見に行くと決めているんだけど、その日は、ちょっと用事が入ってしまって、いけなかったところ、公開初日から大炎上。

あまりに評判が悪いので、ちょっと調べたら、ラストのネタバレを食らってしまい、「ああ、やっぱり映画は、初日にいかないとダメだな」と実感した映画でした。

ラストの不評をわかった上でも、ものすごい虚無いラストだったから、怒る人の気持ちもわからんでもない、とは思いましたが、でも、まあ、児童向けアニメ映画なので、そもそも、おっさんが楽しみにみに行く作品じゃなかったいうのが、わたしの率直な感想です。

あと、この映画に激怒してる(あくまで、私の周りの)おっさんの話をよく聞いてみたら、みんな『ドラゴンクエスト5』をやってないおっさんだったんだよ。

『ドラゴンクエスト5』をやったことないおっさんが、映画だけをみて「これはゲーマーをバカにしてる!!」って激怒してて、まあ、ネットの炎上ってそんなもんだよなと思いながらも、めちゃくちゃ怖い話だなと感じた作品でした。

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