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それでも本名で生きる。統合失調症な在日韓国人起業家として。

りよんちゃん

「李さんってどこの国の人?」と、とても頻繁に聞かれるので、なぜ私が本名で会社をやるのかを書きたいと思います。

このnoteを書くことで、同じ在日韓国人や統合失調症の方々が少しでも勇気を持ってくだされば嬉しい限りです。

李泳燦(りよんちゃん)、株式会社ホームミュージック代表取締役。1988年宮崎県生まれの在日韓国人(2016年に日本国籍取得)です。

今日は私がこれまでの人生で在日韓国人として経験してきたことを書きたいと思います。

「り よんちゃん」という名前の私は、物心ついた頃から宮崎の田舎町で名前を申し上げただけで初対面の人たちから国籍はどこなのかをズケズケ聞かれ、親切心ではなく馬鹿にした感じで日本語を話せるかどうかを頻繁に聞かれ、名前が日本人的なものではないというだけで本当にたくさんの初対面の人たちや、さらには付き合いの長い友人、教師などからも人種差別的なことを言われてきています。

もちろんこれは、高校までを過ごした宮崎だけでの経験ではなく、東京でも、私が20代の頃に少し住んだり滞在したりしていたアメリカやシンガポールでも同様です。

幼少期から「ウチは韓国人なんだ。」「通名を使うことは恥ずかしいことだ。」などの言葉を口癖のように繰り返し発していた両親を見ていて、ウチの両親は韓国が好きなんだなと思っていましたが、小学校に入るときには「男の子なのに"よんちゃん"は変だから"えいさん"を名乗れ。」と言われ、結局小学校から大学までは「り えいさん」と名乗りました。

同じ学校や習い事に通う2個上の従姉妹と1個下の従兄弟の人たちが日本名を名乗って「在日とか韓国とか余計なことを言うな。」と言ってるなか、ひとりだけ韓国人扱いされる毎日に子供心ながらに孤独感を抱いていました。

その後お受験なるものをやって宮崎市内の私立の中高に行くも、他の在日韓国人同級生たちが通名を名乗ってるなか学年で1人だけ外国人。韓国人としての悩みや葛藤を話せる人なんていなかったですし、先生たちからは「今どき在日だからって差別なんてない。」「よんちゃんとかいう名前の時点で反抗的。」などと言われる始末。中高6年間通っていちおう卒業しましたが、当時の私の心中は先生たちにも同級生の人たちにも分からないものかと。

東京に来ての大学生活でもあまり状況は変わらず。
名前を申し上げただけで学内アルバイトは一度断られましたし、免許を取りに行っても試験会場の大教室でみんなの前で「〇番のキミ、日本語の試験理解できるー?」と小馬鹿にされたり、ケータイの契約でも部屋を借りるにもパスポート見せろだの中国人には貸さねえよだの。

学部でも部活でも在日韓国人の同級生や先輩はいましたが、やっぱり通名で、自分だけが外国人でいるような気がして授業にも部活にもあまり行かなくなり。

就活では孫社長の話に感動し、第一希望のSoftBankに入社するも孫さん以外の社員の人たちのつまらなさに絶望、世の中を見返さないと気がすまなかったので年末には退職して渡米。

しかしサンディエゴからサンノゼに引っ越す際にパスポートを紛失、韓国領事館に行くも韓国語も英語もよく分からず職員が何言ってるか分からずビザトラブル。

本当に落ち込みましたが「帰化していないキミの中途半端なアイデンティティが招いた自業自得だ。」などと言われ、シンガポールに行こうとするもアメリカでのビザトラブルから転職先の内定者の中でひとりだけビザが取れませんでした。

帰国してビジネススクールに通ったりスタートアップでインターンするも、人種差別発言の嵐、日本人じゃないからJICAの規定上給料が払えないだの言われ、徐々にフラストレーションが溜まってきます。

挙げ句の果てには、ヘルスケアのNPOでインターンしようとするも、参加資格だったウォーキング協会で、事前の説明では国籍など問わないと言われたにも関わらず、振込み、合宿参加後に「外国人はお断りします。」と言われてブチ切れ。

この頃、追い討ちをかけるように、通名で新しい会社を始めた親からなぜか毎晩のように罵倒されて統合失調症を発症。気づいたら精神科の閉鎖病棟にいました。

それから6年が経ち、今年の1月には、母の時計の修理を手伝った際に母の名前が通名だったことに再度異議を唱えるも、またまた保護入院で強制的に精神科の閉鎖病棟。

両親は涼しい顔して「あの入院は何だっだんだろうな?よく分からんな。」「誰もお前のこと可哀想だなんて思わないよ。」と言いますが、まあ親なんてこんなものかと。父にも母にも感謝していますよ。

振り返ると本当にキツい日々でもありましたが、嬉しいことや幸せなこともたくさんありました。

そして今、こうして夢に向かってやれているのは色々な方々のおかげです。

みなさんからは「本名とか通名とかどうでもいいじゃん!」「在日だからって何かあんの?」と言われますが、本名で生き、会社を成功させることができたら、同じ境遇、同じ病気の子たちに少しでも勇気を持ってもらえると思っています。

"いっしょに明日をつくっていこう。過去にくよくよするのではなく。"

今後とも本名で生きる李泳燦と株式会社ホームミュージックをよろしくお願い致します。

株式会社ホームミュージック公式サイト

https://www.your-homemusic.com

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りよんちゃん
株式会社ホームミュージック代表取締役のりよんちゃんです。