見出し画像

前田高志さん「勝てるデザイン」書評



元任天堂のインハウスデザイナーで現NASU代表、前田高志さん「勝てるデザイン」読了。デザイン関係の書籍としては珍しく、Amazon売れ筋ランキング第一位。じっさい勝っているので、すでにとても説得力がある。

持論になって恐縮だけど、デザイン書籍というものは、内容と同じぐらい表紙デザインと装丁がものをいう。それもヴィジュアルイメージが優れているだけではだめで、書籍の内容とデザインが連動して、シナジーを生んでいなければならない。だから、この書評は、ちょいと目線を変えて内容に関してはあまり触れず(それはすでにAmazonレビューで山ほどされてるから、そっち読んでください)、ひたすら表紙のデザインについて書評していこうと思う。暴挙では?

この書籍、まず配色が目を引く。白×ネイビー×ゴールドというシンプルな配色。むむむ。デザイナーなら誰しも知る配色黄金比率、ベースカラー6割、アソートカラー3割、アクセントカラー1割の法則に忠実に則っていることがわかる。よくいわれることだけど、デザインは色数をむやみに増やさず「3色」に抑えるのが鉄則だ。そしてその比率も先人の膨大な知見の蓄積によってすでに最適解が見つかっている。6:3:1。建物にせよグラフィックにせよファッションにせよ、だいたいこの3色の比率を意識して作ればうまくいく。色彩検定2級でも習う、いわゆるデザインの基本のキである。

この書籍、驚くべきことに、基本に忠実すぎるぐらい忠実な表紙デザインなのだ。王道すぎて、ぎゃくにデザイン書籍に見えない。一見、棒球にもみえるストレート。だけど、実際はそれが重い。このあまりに基本に忠実な姿勢に、ぼくは思わず舌を巻いた。そして――あろうことか、強く胸を打たれたのである。

「色っておれたちデザイナーの共通言語だよな? おれの言いたいこと、わかるだろ。駆け出しも実績豊富なトップ・デザイナーも、なにも変わらない。同じ言葉を使って仕事してるんだぜ!」

デザイナー同士だけで通じる、秘密の合言葉で、そんなふうに言ってくれているような気がしたのだ。その励ましは、ものづくりの人間の、なけなしの勇気を奮い立たせてくれる。

グラフィックにかぎらず、ものづくりの人間なら、みんな胸に一抹の不安を抱えている。

「こんな下積みみたいなことやってて、一流のクリエイターになれるのかな」

「もっといい仕事できるようになるのかな」

みんな日々、そんな不安に心が折れそうになっている、ちがうっていうなよ! ぼくだけじゃ、ないはずだ。

だけど、そういう地道な基礎の積み重ねの先に、トップ・デザイナーがいるんだって、この本の表紙は伝えてくれる。トップ・デザイナーは、なにも末席のデザイナーと別世界にいるわけじゃない。同じ言葉と、同じ方法論を駆使し、同じ法則と規制のなかで、同じように悩み苦しみ、そして楽しんでものづくりをしている。それより勇気をもらえること、あるか?

いや、もちろんそんなのはぼくの考えすぎかもしれない。ご本人にはそんな意図はない、だろう。ただ、その表紙デザインが、本の中身、メッセージと力強く連動して、図らずも大きなエネルギーを生み出している。そう、誤解を恐れずにいうなら、ぼくは不覚にも感動したのだ。本の表紙で感動するなんて、そんなにないことなんじゃないか。しかもデザイン書籍で。

白ベース、青アソート、金アクセントっていうセンスも、単純にいい。白×青ときたらアクセントカラーは青の補色で黄系になりそうなものだけど、そうすると少しチープになる。そこをあえてのゴールドで引き締めるってのが、基本に忠実でありつつ、ひとつ捻って効果を上げている。この絶妙のバランス感覚は、書籍全体に通底している。

タイトルメインのデザインも、現代的だ。いま、本はAmazonで買われることが多いから、小さなサムネイルでもタイトルがビシっと伝わるように、こうしたシンプルな表紙が激増中。もちろん以前から、同じような理由でフラット・デザインが流行っていたわけだけど、この本の表紙はその究極の型といってもいい。これこそが、勝てるデザイン。デザイン全部に戦略と必然性と意味がある。

この秀逸な表紙デザインは、書籍の中身を端的に表している。文章は平易で、ひたすらわかりやすい。書籍のなかで挙げられている作例も、超絶技巧で編み出されたプログレッシヴ・ロックやおごそかな弦楽四重奏というんじゃなく、あくまでシンプルでキャッチーで遊び心があるようなデザインばかりだ。たとえるなら、キッズがブルーハーツやクラッシュ、グリーン・デイなんかのパンク・ロックを聴いたときのような感触。ああしたジャンルの音楽は、クラシックのような深遠な高尚さはないが、だからこそ胸にダイレクトに響いてくる。「これならぼくにもできそうだ! 」って、いい意味で勇気をもらえる。前田さんのデザインは、あれとおなじ手触りだ。

もちろん、シンプルなデザインだからだれでもできる、なんてことはない。シンプルなデザインだからこそ、本質が問われるし、誤魔化しもきかない。だけど、ごくごくシンプルなのに、そこからひとつチャンネルをひねることでまったく新しい世界に繋がっていくような前田さんの一連のデザインイメージは、情熱の火種となって、見る人の世界を拡げ、よし、おれもやってやろう! って気にさせてくれる。そして、後続のフォロワーによって、ジャンルそのものが盛り上がっていく――それって、作品として、いちばん大事なことなんじゃないか。

なお、この書籍でいちばん心に響いた文章は

「センスやアイデアは不確かなもので評価しづらい。だけど量や丁寧さはその人の本質で絶対的なもの」

「いいデザインは、量のなかからしか生まれない」

胸に刻もう。そして、心が折れそうなものづくりの日々を、ぼくはもう少し堪えてみようと思う。


画像1



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?