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企業は社員のスキルアップを求めていない

スキルアップや自己研鑽を持ち上げる意識高い系の啓蒙言説がやたらあちこちで目につくようになって久しい。Twitterではその傾向が顕著で、スキルアップをして独立した/収入が上がった、若くして労働に縛られる人生から解放された、いわゆるFIRE(Financial Independence(経済的自立)、Retire Early(早期退職))やそれに類する体験談は、枚挙にいとまがない。

そうした時代的な要請に迎合するように、企業によっては業務に関する書籍購入費用を会社負担にするとか、資格取得に助成金を出すなどの動きがある。会社説明会などでそうしたアピールを目にする機会は多いだろう。

だけど実体験からいえば、じつは従業員のスキルアップを快く思わない企業は少なくない。これは奇妙な矛盾である。社員がモチベーション高く仕事をしてスキルを底上げすれば企業の成長にも繋がる――一見するとそのようだが、それは牧歌的な神話に過ぎない。多くの企業では、むしろ社員のスキルアップを阻もうとする傾向すらある。

スキルアップを図って人生を豊かにしたい従業員と、スキルアップをさせたくない会社組織。ここに思惑の大きな齟齬と皮肉があるのだ。

というのも、社員のスキルアップによって企業が成長するケースは、じつはその分野のパイオニア的な上流企業だけに限られるからだ。日本に星の数ほどある有象無象の企業の多くは、そもそも技術的な基盤など持たない。社員のスキルのようなソフト面に依存していないのである。

いまだ市場が成長傾向にある11兆円産業、コンビニなんかがいい例だ。コンビニ市場は日々莫大な利益を上げているが、それはコンビニ店員の習熟度によってもたらされた利益ではない。むしろぎゃくで、仕事内容をだれにでもできる内容に抑え、同時に賃金も抑えることで得た利益である。コンビニにおいて、ある従業員が二倍の仕事量をこなしたところで、当然ながら時給が二倍になるようなことは、けっしてない。むしろそうした突出した人間は、排斥さえされるだろう。

日本のほとんどの企業は、個人技量に頼らず、こうしたシステム/ハード面の構築によって利益を最大化する戦略を採用している。本項では、こうした企業をコンビニ業態型企業と呼ぶことにしよう。

コンビニ業態型企業はじつのところきわめて理に適っている。第二次世界大戦中の旧日本軍では、零戦を駆る名パイロットの名人芸に戦果のすべてを頼っていた。明確に差のある敵国の物量や機体の性能差を、個人の操縦技術や射撃技術(いわゆる根性論)で埋めきろうとする戦略だった。結果は、ご存じのとおりである。組織を動かす場合、個人の突出したスキルより、だれがやっても同じ結果を出せる安定した機体開発と運用をめざしたほうが、結果に繋がりやすいのである。

つまり、奇妙な逆説だが、コンビニ業態型企業では社員にむやみにスキルアップをさせるとデメリットのほうが大きくなるのだ。

コンビニ業態型企業が求めているのは、端的にいえば安月給に文句を言わず低スキル労働をこなしてくれる、死んでも替えの利く兵隊である。というのも、社員にむやみにスキルを上げられると、1)賃金の低さに不満を持たれやすく、隷属させにくい。2)退職/転職/独立リスクが高まる(その際は限られたパイを奪い合う商売仇になる)。3)育成コストが高い、4)そもそも育成できる知見が社内にない、5)育成したのち辞められた場合に損失が大きい、業務が一気に滞る……などなど、デメリットは数限りない。また、IT分野を中心に専門技術はトレンドの移り変わりが激しく、外注したほうが効率的、という事情もある。

こうしたコンビニ業態型企業の見分け方は簡単で、まず離職率が異常に高く、設立に比して社員の平均年齢が不自然に低いことがひとつ。さらに年収400万円前後がボリュームゾーンになるような企業では、その傾向が顕著になる。要はブラック企業の見分け方と同じだ。

しかも、こうしたコンビニ業態型企業では、副業を禁止する傾向が強い。要は社員の飼い殺しである。スキルの上がりにくいタスクとスキルが上がらないからこその低収入、そうしたダンピング悪循環の底なし沼にハマったまま、いつしか従業員は不平不満を胸に抱くことすらできなくなっていく。スキルが上がらないまま年齢だけ上がれば、当然ながら、労働市場での価値は激減するよりほかにない。気づいたときには、転職しようにも悪条件の求人にしか面接に呼ばれなくなるだろう。いまより収入が減るのであれば、一生ここで飼い殺されるほうがまし、と考えるようにさえなる。喩えるなら、度重なるDVで無力感を植えつけられる主婦というところ。悲劇は存外、身近にある。

だからこそ、これまで何度もいってきたように、副業禁止なんていうなんのインセンティブもなくコンプライアンス的にも真っ黒な社内規定なんか無視して、とっとと副業を始めたほうがいいっすよ、って話なのだ。広い世界に出て、どこにでも通用するスキルと広い視野を身につけて、じぶんを飼い殺す鎖を断ち切っていきましょうよ、と。生きるってそもそもそういうことでしょ。

そうすれば、あなたのスキルを疎んだりせず、適切に評価してくれる転職先だって、世の中にはある。たくさんあるのだ。ぼくが実証済みなんだから。途を拓くのは、いつだって自分自身の決意と両手だけで、だれかが代わりに拓いてくれるわけではないのである。

Brothers & Sisters、一丁やっていきましょう。



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