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ブルーは憧憬の色

小さくてキラキラしたペンダントがおまけで付いている玩具菓子。あの頃はお菓子の方がおまけだと思っていた。
早く全種類集めたいし、同じペンダントは欲しくない。私はしゃがみ込んで奥の方から商品を取って箱を振り、音で中身を推測して真剣に選んでいた。
私が欲しいのはかぼちゃの馬車の真ん中に大きなハートのラインストーンがついたペンダント。

箱を振りながら音を聞いているとこちらへ近づいてくるハイヒールの高い音が重なって聞こえた。母が迎えにきたのかと思って振り返ると、私の視界はブルーに占領された。
大人になってから知ったけれどあれは「コメットブルー」という色らしい。

ヒラヒラと動くコメットブルーのコートの裾はスーパーの中だととても異質なものに見えた。まるで砂漠の中を舞う蝶々、スパニッシュハーレムに咲く一輪の薔薇。

気付くと私はお菓子コーナーを離れてコメットブルーのコートを着たお姉さんの後ろを追いかけていた。


クリスマスは終わったというのに東京タワーの麓には大きなツリーがまだ置いてある。分かりやすい色を使った、子供が絵に描くようなツリー。ツリー周りにはスマートフォンを構えた人がたくさんいる。こんなツリーを撮るより東京タワーを目に焼き付ける方が絶対に贅沢なことなのに。

12月はもうあと何日かしか残っていない。
けれど全く今年が終わる気配がしない。街中では「よいお年を」なんて聞こえてくるけれどやっぱり実感が湧かなかった。
いつもの刺すような冷たい風も、赤ワインのせいで顔が火照っているからなんだか嫌な感じはしなかった。

芝公園から六本木ヒルズを目掛けて真っ直ぐ歩く。赤いパンプスに詰め込んだ脚がジンジンしてきた。東京は色んな顔を持っている。
キラキラした無表情のビル群、静かな住宅街にあるSM好きな人たちが通うアパートメント、石垣に囲まれた大きなお家からはみずみずしい草木の匂いがする。

2週間前の今日、私はいつものようにソファの上で足を投げ出して小説を読んでいて、彼は換気扇の下で煙草を吸っていた。

「お誕生日会?」
「うん、一緒に行こう」

彼の親友の奥さんのお誕生日会があるらしい。彼の知り合いにたくさん会わせてもらえるのは嬉しい。ちゃんと本命って感じがする。「ただ見せびらかしたい」って気持ちで連れて行かれるのも別に嫌な気はしない。アクセサリー扱いでも、綺麗なアクセサリーじゃなきゃ見せびらかしたいと思わないから。

でも見せびらかされる相手が女性となると話は別。なんていうか、女性は女性を無意識のうちに値踏みしている気がする。ファッションセンス、言葉遣い、人への気遣い、さらには爪先まで。
可愛いから、綺麗だから、は許されない。
ある意味ハンデ?

換気扇の音とR.Kellyが流れる部屋で私の生返事は宙ぶらりんになっていた。

結局、当日まで緊張と不安で気乗りしないままタクシーに乗ってレストランまで向かった。
そもそもお誕生日会に参加するのなんて数えるくらいしかない。
レストランは早い時間に予約したからか人は少なく、静かで子供が来るところじゃないよ、と言われてるような気さえする。

案内された奥の個室のドアを開けると、ワンピースを着た女性が立ち上がって会釈をした。
ショートカットの栗色の髪とコメットブルーのワンピース、真紅のネイルのコントラストは完璧で、長めの眉尻と長い睫毛、そして高い鼻梁は計算されたような横顔を作りあげていた。

大きな黒曜石みたいな瞳は、笑うと優しく垂れる。彼女は柔らかくてあたたかい香りを纏っていた。成熟した女性の香り。いい女の香り。
彼女はジョークは言わずにユーモアを交えて話す。まるで彼女が主役の映画を観ているみたい。彼女以外は全て彼女を引き立てるセットにすぎないのだ。

私はただ、彼女の話を聞いていた。聞きながら、彼女みたいになれるなら年を取ることは怖いことじゃないと思った。

時間なんて忘れていて、いつの間にかお開きになり、彼と彼の友達夫婦の学生時代の思い出話とイタリアンのコースでお腹いっぱいになった私は、彼と一緒に並んで歩いて気付けばけやき坂の下まで来ていた。

「ねえ、私ブルーが似合う人になりたい」

けやき坂は明るい。澄んだ夜空には白とブルー小さな光の粒がよく映える。信号は赤だった。

「私ね、小さい頃スーパーでブルーのコートを着た人があまりにも綺麗であとをついて行ったことがあるの。その人のブルー、今日の彼女と同じブルーだった」

信号はまだ変わらない。

「私が憧れる人はいつもブルーを着てる。スーパーで女の人を見た時も、大人になったらこんな風に歩きたいって思った。今日の彼女も、彼女みたいになれるなら年取るの怖くないって思ったよ。でもそういう人見ると、自分がどうしようもない怪獣みたいにみえる」

信号が青になった。恋人繋ぎを絡め直して横断歩道を渡る。

「怪獣ねえ。確かに怪獣だね。バスタオルがそのまま放ってあったり、脱ぎっぱなしだったりするしねえ」

彼はからかうように言った。

「でもね、完成されてる人は美しいと思うけど未完成な自分を完成されたように見せるのは美しくない。偽ることは最も美しくないよ」

そう言って優しい目をこちらへ向ける。
私はあの時スーパーで見かけた知らない女の人みたいな上手な歩き方、一生できないかもしれない。でも私は、スニーカーを履いてダンスを踊れる。

「そういえばさ、初めて会った時あなたもブルーのワイシャツ着てたよね」
私はまた繋いだ手を握りなおして坂をのぼった。

堂々巡りと呼ぶか、シンクロニシティと呼ぶか。それとも宿命?

東京の空はとても狭い。私は早く赤いパンプスを脱ぎ捨てたくてたまらなくなった。






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