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ベンジャミンイロ

 真夜中の街道を小さな車が軽快に飛ばす車内、運転席の赤毛でドレッドヘアのベンジャミンと助手席でハッパを吸っている黒髪のイロはここだけ別世界な空気を醸し出して何か言い合いをしているようだった。
「左手じゃなくて、右手でしょ。康成は何が言いたいのかしら?」 
「利き腕じゃない方が、恰好いいって知らない?だからよ」
 イロがグリーンメーカーの煙草に火を点けて、助手席の窓を全開にした。
「じゃあさ、かがりは左利きって事になるわよ。私の右側で仕事してたんだから。おかげで頸が痛いの」
「馬鹿ね、なんで69にしないのさ。今どき中二だって分かるわよ」
 ベンジャミンが右手でギアチェンジしながら、信号で止まった。
「小沢じゃないのよ、女は受けに徹すればいいのよ。それに自分に自信がないから準備運動に必死なのよ」
「ポールがね、ヤクを捌いてヘマしたでしょ」
 紫煙を鼻と口の穴から勢いよく吐きだしてイロは錠剤をカリカリさせる。
「ここをどこだとお考えですか?日本よ。ヘロインの話しないで」
「あら、先進国ってもっと寛容なのかと思った。だってそうじゃない、政治家が記憶にございませんなんて平気で嘘つくのよ。どう考えたってアタシの方がクリーンでしょ」ルームミラーを直しながらベンジャミン。
「正気?ラリッてなよ。アムスや西海岸と一緒にすんなっての。ポールはね、三笠に嵌められたのよ。アイツ横浜で有名だったじゃない。ホラ、外事のサンチェスとさ、揉めてたじゃんよ」
 イロが胸元の収まりを気にしだしてインナーをあちこちいじりまくって、贅肉と脂肪と本物を融合させた膨らみを露出させて、「デカすぎない?」煙を吐きながらストッキングを引っぱった。見るからにコールガールという恰好で軟派な男なら及び腰になりそうなほどに上等な女だ、どこから責めたらいいか即断さえさせてもらえないぐらいに決まっている。
「向こうが委縮するわね、隙見せなよアンタ」
「嫌よ」
「仕事なのよ、コレは」
「はいはい」
 イロはダッシュボードから茶色の包み紙を取り出して、中身をバーキンにしまった。ホテルの地下駐車場に小さな車が潜り込むと、ベンジャミンが座席の下からクラッチバックをミニスカートの間から取りだした。
「なんで夜中なのさ。サツだってガラさらうときは早朝って決まってるでしょ。お楽しみ中になんて趣味が悪いわよ」
「馬鹿ね、圧倒的に夜でしょ。あの年で朝からしたら血圧が上がって出番がないじゃない。いい、相場で決まってるのよ、映画とかドラマ観ないの?」
「観ない」
 中層階までエレヴェータに揺られながらふたりは長い廊下をヒールを響かせながら歩いて向かった部屋の前で、ノックをすると開かれた扉の男にまず一発、続いて数人の男たちにも何発ずつか撃ちこんで奥の部屋に進んだ。
「どこ?」
「あれ?さっきのどれかだったかしら、いえ有り得ない」
「どうすんのさ、皆殺ってからに。小沢と康成どっちに賭ける」
 バスルームから物音がしてイロが銃口を構えながらベンジャミンに目で合図して、そっと扉を開けた。真っ裸の金髪女を逃げさせてから、だらしないモノをぶら下げた三笠を隅に追いやって、
「お、おい待ってくれ頼む殺すな、ブツならここにはねえ」
 禿げ上がった中年男性の全裸はお腹が出て見るに耐えない、とイロは思った、あまり目線を下げずに、「勝手に喋んな、裏切り者」
「ねえ、コイツどうしようか?流石に手ぶらだと上も納得しないでしょ」
「馬鹿ね、探すのよ。真に受けないでくれない」
「あっそ」イロは三笠の頸をへし折った。鈍い音が室内に怪しく響いた。
 ベンジャミンが振り返って、「何で殺すのよ!色々訊く事あったでしょ」
「そっち?」
「どっちよ」
「小沢に電話するわ」
「康成じゃなくて?」
 ふたりは転がった男どもを横目で見ながらベットに腰かけて煙草を吸いだした。じゃんけんを始めた。イロが勝った。
「康成?」携帯でイロが喋る。「ねえ?ひとつ確認なんだけど。サンチェスはさ、私たちを面白く思ってないのかしら。実はね、三笠の所にはブツがないのよ。本当だって、ねえベンジャミン?」
「代わって。ごめん、三笠もう死んでんのよ。うん、分かった」ベンジャミンは携帯を床に落としてヒールで踏みつけた。画面が割れる、ひびが入ってイロが彼女の顔を窺う、滅多に見せない表情だから察しはつくのだけれど。
「ねえ?もっとマシな仕事はないの」
「三笠殺ったの不味かった?」
「結局自分が大事なのよね、どいつもこいつも」
「来世では仲良くしようね」
「ケーキ屋さん」
「いいね」
「怖い?」
「一瞬だから」
「ああ、こんな事ならもっと打っておくんだったな」
「パティシエはそんな事しないよ。ホラそっち持って立てなよ、死にたいのアンタは?ハイ、これ被って」
「だから小沢にしておけば良かったのよ」
 どこからかは分からないが激しい閃光と爆発が部屋全体、フロア全体を包み込んで轟音と爆風が真夜中のビルから一斉に拡散、燃えさかる炎と黒煙が脱ぎ捨てられた片方のヒールを燻して、ひとりの男が非常階段を駆け降りて行った。通話先の相手が、「ご苦労さん」と言って、野次馬とサイレンの音が走り去る男と入れ替わるようにビルの周りを囲んだ。
 
 

ありがとうございます🩵