雑記 461 占い
信じるか信じないかはあなた次第
というフレーズは、「やりすぎ都市伝説」でお馴染みになってしまったが、
私は、占いは、あまり好きではない。
自分の性格やこの先のことを、他人にとやかく言われたくない、ということもあるし、
当たっても当たらなくても、遊びなんだから、とおおらかにも受け取れない。おみくじも、自分から買うことはない。
20代前半の頃、勤め始めた研究所で、
先輩の研究員に、手相を見る人がいて、
ほんの付き合い、ほんの遊びのつもりで、手を差し出したら、その人から、
あなたは、ここの筋が途切れているから、
40歳から先の金運がないね
と言われた。
ただそれだけのことだけれど、
やっぱりそうか、
と思ったり、そんなことあるわけないじゃない、
と思ったり、
でも、40歳くらいになると、
やはりその言葉が心の中で繰り返されるのだった。
遠藤周作は、
若くして死ぬ
と言われて、ずっとそのことが頭から離れなかった、と言う。
星占い、とか、姓名判断、とか、血液占い、とか、色々あるけれど、
人間には全ての要素があるので、
言われたことが当たっている、と感じるのは、
そういう気になるだけだ、と思っている。
子どもの名前をつける時に、
あらあら、大変な画数で、これは、困りましたね、
でも、こんな漢字に変えると、難を逃れられますよ、
と、言う。
たまたま知人の知り合いが、○○易断の方で、その方は当たるから、是非ご相談なさい、私がご紹介しましょう、とのことだった。
その知人は、結婚、引越し、旅行、家を建てるとか、墓を買うとか、事あるごとに相談しているようだった。
お安く見て差し上げましょうとおっしゃっています、
と言われて、8000円を払って、見てもらって、
間違いない画数の名前を提示してもらって、
その時は、そんなことで難が逃れられるなら、とひと安心した。
8000円などというのは、鑑定料としては、あり得ない安さらしい。
一人目の子は、後の祭りで、間に合わず、
二人目は、間違いない画数で、
そのことに安心したり、初めの子のことを不安に思ったり。
その時、では、あなたは?
と、ことのついでに、無料で見てくれて、
結婚は、この先、卒倒死別の最凶
と言われ、さすがに気分が悪く、ペンネームとして、別の漢字を使っていた時期もある。
名前を時々変えるのは、税金対策なんですか?
と会社の人に聞かれ、
いえ、そうではありません、
と、まごついたりして、私も未熟だった。
今思うと馬鹿なことをしていたと思う。
親類の、つまり、同じ姓の家のお嫁さんが、私と同じ名前で、今でも何の苦労もなく、暮らしている。
お葬式があった時に、
ご主人に、ご愁傷様です、とショートメールを出したら、
この忙しい時に、お前何やってるの⁈
と叱られた。
以後、「野方」の康子、とわざわざ書くことにしている。
さて、40歳以後の金運があったか、なかったか。
路頭に迷うことはなかったから、
占いはハズレだったんじゃないか。
近年、たまたま某団体にかかわったため、
湯水のようにお金を使える人達を沢山見て、お付き合いもしているが、
それを特別羨ましいと思うこともない。
不幸でもない。
名前の画数がどうの、生年月日がどうの、そんなことが、自分の確らしさを支える要素であるはずかない。
でも、時々、
街で、車のナンバーや、時計の時刻表示などで、同じ数字が並んだものを目にすると、
何かいいことありそう!
と思ったりする。
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