見出し画像

「価格自由」な絵の展覧会 | 大野幸子 初個展に行ってきた

友人の大野幸子(ゆっこ)さんの画家として初となる個展に足を運ぶ。

彼女は髪が短くなり茶髪になっていた。

久しぶりに会い雰囲気が変わった印象を持った。

しかし、すぐに見た目のことではないと気づいた。

なるほど、彼女の感性は言葉や文字ではなかなか表せないということがよくわかった。

ゆっこさんの視点を垣間見れた気がした。

いい意味で統一感がない。

様々な絵が並ぶ。

ただ、心をよく表していると感じた。

底にあるモヤモヤした想い、納得ができない感じ、怒りもあったかも。

変わっていく感じ。

広がっていく感じ。

昇っていく感じ。

彼女が感じてきた感情の断片を形に変えている。

言葉だと粒度が荒くなりそうなものを、絵にすることによって感じたことになるべく近く描いているように感じる。

そのどれもが彼女であり、絵のようで彼女なのである。

明るく見えるものも本当は暗いのかもしれない。

暗いものは、実は明るいのかもしれない。

彼女にしかわからないし、彼女に聞いたところで、おそらく「わからない」と言われそうだ。

実際、彼女の口からも「自分で描いておいて、客観的に見ている」ということだった。

よくわからず描いたという最初の絵には、私が知っているゆっこさんの面影があった。

だんだんと、私の知らない画家のゆっこさんが出てきていると感じた。

緑に嫌悪感があったようだけれど、描いているうちに緑が好きになっているようだった。

色を描くことで好きになることもあるのだと感心した。

私は、好きな色はずっと変わっていないからだ。

色を使う機会もない。

パソコンで色に触れることはあっても、やはり描くのとは意味合いがちがうであろう。

最後に見た絵で、やけに気になるものがあった。

それは、彼女が行ったアート合宿で10歳の女の子に抱擁を求められ、抱きしめたときの感覚を絵にしたとのことだった。

愛をテーマに描かれたその絵に込められた何かを、私は感じたらしかった。

この絵を見て、娘に初めて「パパ、抱っこ」と言われて抱きしめたときのことを思い出した。

彼女の体験の感覚はわからない。

ただ、もしかすると私のそれと近い感覚が、あったのかもしれない。

愛の種類はよくわからないけれど、そこには何か共通するものがあると思っている。

私は、ビジネスマンの彼女しか知らなかった。

それゆえ、画家として立つゆっこさんの存在は、「はじめまして」と言いそうになるような、変化よりも進化、あるいは別人であるとさえ思えた。

これまで、味わうことのなかった不思議な体験である。

絵を見ている途中で、なぜか涙が出た。

そのことを彼女に伝えると、さらに涙が出た。

とてもメッセージ性のある、強い絵たちなのだ。

彼女から出てきた弱さと、乗り越えてきた強さが交錯する時間を、瞬間冷凍したようにも思える絵に、心が反応したようだ。

ちなみに、絵を見て泣いたのは初めてである。

人はこうまで、突き詰めていくと存在自体に変化が起こるものなのだ。

本当にあっぱれな人だし、面白みのある人だ。





この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
note.user.nickname || note.user.urlname

サポートいただけたお金は、よりよい発信ができるよう勉強に使わせていただきます。

(・∀・)
10
随想家。書評でなく読書感想を書く「書想」がルーティン。元オーダーメイド家具屋のインテリア好き。趣味は散歩、読書、カメラ。家族をテーマにした小説•エッセイの出版が目標。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。