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『奇説無惨絵条々』の世界第11回、「落合宿の仇討」ライナーノーツ(1/2)

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 はい、というわけで、なんとすでに11回目となります「奇説無惨絵条々の世界」でございます。今回は収録短編「落合宿の仇討」のライナーノーツ第一回ということで、最初は楽屋裏的なことをお話ししようと思います。

 「江戸の事件」をモチーフに書いてきたわけですが、一つくらいは個人個人のぶつかり合いではなく、もう少し大きな事象を扱いたいなあという思いがありました。「だらだら祭りの頃に」も「雲州下屋敷の幽霊」も「女の顔」も、そして「夢の浮橋」も、不自由な女をモチーフにしていました(この時点では「夢の浮橋」は書いていませんが、おおむねのイメージはありました)。なので、一作くらいは不自由な男を書いてみようと思い、男を主人公にできるようなお話をこねくり回しました。
 そこでわたしがネタにしたのが、落合宿で起こったとされる藩主暗殺事件です。
 詳しくは本編の幕間を参照いただきたいのですが、実はこの暗殺事件、どうも事実性が希薄なのです。同時代の諸書から読み解けるのはせいぜい「明石の殿様が落合で無礼討ちをしたことを咎められて尾張公から睨まれ、はばかりのために尾張領中では町人の形で大名行列をした」という逸話のみ。そののち講談や浪曲で暗殺があったとされるようになり、三田村園魚翁が本の中にこの暗殺事件を書き残しているという具合でして。ちなみにこの”暗殺”事件が脚色されまくったことで、最終的に東映の「十三人の刺客」にまで至ります。さらに2010年にはこちらをリメイク版が出て、稲垣吾郎さん演じる狂気の殿様が話題になりましたね。
 ともかく、この事件はそもそも真実性が希薄なのに様々な尾びれがついて広がり、実在した事件であるかのように振舞っているという面白いお話なのです。
 わたしが本作でやろうとしたのは、この事件の「暗殺」が実際にあったものだと仮定したうえで、その暗殺を傍観する、あるいは阻止しようとする男を描いてやろう、というものだったのです。

 実をいうと、この短編集で一番難航したのが、この短編です。
 あんまり苦労話をするのはよくありませんが、恐らく五~六回は書き直しをしたと思います。なぜかというと……。
 著者自身が、ハードボイルドの作法をあんまりよく分かっていなかったからです。
 というわけで、担当者さんご教示のもと、ひたすらハードボイルドの習得に努めました。とにかくこの時期は、ハードボイルドの傑作を読みまくり、その作法を覚えてゆきました。
 おかげでなかなかの仕上がりになったのではないかなあと今は思っています。
 それにしても、しんどかった! というのが、この短編に対する直截な思いであったりします。

 というわけで、次回に続く。

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