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入稿しました

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 (実を言うと数日前には先方さんから告知されていたのですが)ずっと取り掛かっていた原稿がようやく入稿しました。

 たぶん、これを読む方の中には出版用語をご存じない方もいらっしゃると思うので補足。
 小説の場合、基本的には

 原稿 → 決定稿 → ゲラ → 本

 という段階を踏んでゆき、最終的に本として完成することになります。
 ここで説明しておきたいのは、「ゲラ」ですね。
 皆さんも耳にしたことがあるかもしれない「ゲラ」というのは、印刷所さんに印刷していただくために、完成品の本を想定した行数、文字数やデザインを組んだものであり、実際に本を刷る前の見本に当たるものと考えていただければいいのではないかと思います。
 よく作家が「ゲラ作業」などと口にするのは、実はこのゲラが上がった段階で校正さん(言葉の使い方が正しいかどうか、考証ミス、不自然なところがないかを最終チェックしてくださる人たち)の疑問が入り、作家が直すかどうかの判断をするという作業があるのです。実は本来の「ゲラ作業」は、見本に商品としての瑕疵がないかを確認する作業です。
 さて、随分遠回りしちゃいましたが。
 「入稿」というのは、つまるところ「原稿をゲラにしますよ(=本の見本を作りますよ)」ということです。
 一般に、ここまでくればあとは二回やるゲラチェックを行なえばそれですべての作業はおしまいになるので一山越えた感じがあるんですね。

 それにしても、今回入稿まで漕ぎつけたこの小説、結局二年余り七転八倒した小説となりました。
 いや、七転八倒自体は仕事なんで当たり前のことです。
 むしろ、ずっと一つの原稿に悩ませてくれた編集者さんに感謝です。

 どういうことか?

 作家にとって「良いものを書く」ことはメリットがありますが、編集者に「作家に良いものを書かせる」メリットは薄いと言えます。
 ちょっとこの書き方は酷ですね。
 正確には、編集者さんからすれば、作家に並走していいものを書かせたからといってそれが報われるかは未知数なんですね。

 「いいものが売れるのは幻想だ」と言われて久しい昨今。
 まあそれは事実と認めなくてはならないのですが、作家にはいいものを書くメリットがあります。
 いいものを書いて売れた場合と、よくないものを書いて売れた場合の精神的なダメージが違うんですね。
 いいものが売れた場合、作家には大抵称賛の言葉が寄せられます。ところが、よくないものが売れた場合、作家にはブーイングが寄せられてしまいます。どちらも同じ「売れた」状態ですが、どっちの方が心安らかに暮らせるかは論ずるまでもありませんね。
 なので、わたしは作家にはいいものを書くメリットがあると思っているのですが(実は他の理由もあるのですが割愛)、編集者さんからすれば別の世界が見えてきます。
 編集者さんからすれば作家は手駒の一つ、この言葉がキツいなら、取引先の一つです。そして小説家という取引先は、毎年のように100人以上誕生しているので、使い捨てしようとする人すらいます。そして、出版社が慈善事業でない以上売り上げが最も大事ですし、売り上げ至上主義に陥るのもある意味で仕方のないことです。
 そんな状況下で、一つの原稿を二年余りずっと並走してくれる編集者さんなんてありがたすぎますよ。その分の労力を他の人気作家に振り分ければすごい利益が上がるだろうに、あえてわたしに時間とチャンスを割いてくれているわけですからね。

 ともかく、長くなりましたが。
 入稿してもゲラ作業が残っています。
 実は担当者さんから「頑張ってくださいね(にっこり)」と言われてしまっているので、死ぬ気で頑張らねば……。

 せっかくいいものを作れる環境に身を置いているので、じゃあ、いいものを作ろうかと思っている今日この頃です。精神の安定を求めて……。

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