奇説無惨絵条々書影

『奇説無惨絵条々』の世界第14回、「夢の浮橋」ライナーノーツ(2/2)

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 はい、本日は「奇説無惨絵条々の世界」、「夢の浮橋」のライナーノーツです。今回は登場人物紹介です。ということで、さっそくどうぞ。

智(留)
 実をいうと、「雲州下屋敷の幽霊」の松平宗衍と並んで書きたかった登場人物です。前回お話しした「狂った爺」が松平公、そして「人間〇〇〇」がこの智に当たります。というわけで、本作の最後で明らかになるある事実については、バレて当たり前、というか、最後、智が語りだすまでには読者さんに悟っていただきたかったので、そこまで隠匿はしてません。
 この人は実在しないのですが、モデルがいます。前回お話しした堀江六人斬りで遭難した芸妓の妻吉(大石順教)さんです。未読の方はこの方を調べると智(留)のたどった人生が丸わかりになってしまいますので、ご覧にならないことをお勧めします。
 それにしても、堀江六人斬り、書きたいなあ……。

八橋
 実在した方とされています。
 いわゆる「吉原百人斬り」において佐野次郎兵衛をこっぴどく振り、妖刀籠鶴瓶に切られたとされる花魁です。
 とはいえ、この「吉原百人斬り」自体、実態はよくわかりません。あるバージョンでは元禄のころといい、ほかのバージョンでは享保のころといいます。
 俗に「花魁は気に入らない男を袖にできる」と言われていますが、これも時代によって全く違います。どうやら元禄期のころはそうしたことが可能であったようですが、享保になると相対的に花魁の地位が低くなったこと(=吉原に客が少なくなっていたこと)、客層の変化(大名、武士から富裕な町人へ)によってなかなかそうしたことも難しくなっていたようです。
 とすると、いったいこの「吉原百人斬り」はいつの話なんだ……? というあたりから、この話、そして八橋の造形を深めていった次第です。
 なお、わたしは享保説を取りました。
 なんというか、まあまあよく書けたなあ、と自画自賛してます。

佐野次郎兵衛
 実在したとされています。
 振られた腹いせに八橋を切り殺したあばた顔の男です。
 ところが、今作ではかなり設定をいじっています。一番有名な「吉原百人斬り」ものである「籠鶴瓶花街酔醒」においては妖刀籠鶴瓶に導かれて八橋を斬ったような描写がされているのですが、現代の小説でそれをするのはちょっと……と思い、いろいろと平仄を整えた結果があの佐野になっています。
 実はこの空気の読めない、うじうじした感じはまさにわたしです(爆)。

聞き手
 本作は智(留)の一人語りを誰かが聞いているという設定なのですが、この聞き手を誰にするかで結構悩みました。いえ、実は聞き手候補は結構いたんです。最初は復讐譚にしようかなと思いある登場人物の関係者などを模索していました。なんですが、今一つ弱いということで現行の形になっています。
 たぶん、聞き手さんが、このお話において唯一いい人なんだと思います。だからこそ、智は反感を抱いたのでしょうけど。


 というわけで、短編すべての説明を終えてしまいました。
 いやー、早いものです。
 次回は幕間関連のことで言い残したことがあるのでそちらを二回に分けてお話しし、この「奇説無惨絵条々の世界」も終わりになります。
 あと二回。どうぞお楽しみに――。

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