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バビロンのデイライト(連載小説)

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「バビロンのデイライト」という長編小説の、第1章のみを全10回に分けて連載いたします。
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記事一覧

バビロンのデイライト(第1章の10) (連載最終回)

 突如、「四十八時間」(すでに一時間が経過)という命の宣告を出され、「やべえ!」と発奮するかと思いきや、町田は小便を垂らし、何をなす気にもならなかった。 彼としても死ぬのは怖い。しかし、「死への回避」は仕事へのモチベーショントリガーにはなり得ない。同期の小田原君は勇ましかった。彼は自分の意志で産業スパイを試み、そして死んでいったのだから。それに引き換え、俺はなんて情けないのだろうか。仕事ができない、ただそれだけのために死んでしまうなんて。  町田はしばらく恐怖から小便を流

バビロンのデイライト(第1章の9)

 代々木上原課長は、町田の「二重構造型思考」に気がつくこともなく、説教を続けていた。  我々の製品の重要な発表は明日だ(おそらくそのはずである)。だから発表を待たずに勝手に動いてもらっちゃ困る。時間を稼ぎなさい。お前は商工会議所の連中のところに今からもう一度行くんだ。そして「ドライムス・コンバータ」を持参して、何ならタダ同然で二、三個渡してもいいから、なんとかしてあいつらの要求に応えることを約束するんだ。代々木上原課長は言う。  いいか。何としても売りつけるんだ。そのため

バビロンのデイライト(第1章の8)

 実は明日、と代々木上原課長が言った。  明日には発表になるが、ドライムスについて、重大な発表がある。その発表は、あまり好ましからざる方向のものだ。/欠陥ですか?/いや、正式には製品の欠陥ではなく・・・製品の話でもなく・・・どこかの偉い教授が、非公式に、ドライムスについて発表することになっている。社長が昨日、リークしてきたのだ。  代々木上原課長は重々しく言ったが、話が抽象的に過ぎたために、何を言っているのかまったくわからなかった。それは、彼がほぼ何も知らない、ということを

バビロンのデイライト(第1章の7)

 お前え、きちんと俺たちの言ったことを会社に報告しろヨ。/ペガサスだかなんだかしらん・しらん・知らんが、ドライムスが「根」に干渉するのはよくわかっているんだぞゾゾ。調べべべべべがついてる。ついてる。ついてる。/何も知らんとノコノコ来やがって。ウスノロ。/あんたらが、今からそれを発表しようとしてるんだから、それは周知の事実・事実・事実ダ。/いいから黙って「根」を生やして、あいつら、マフィアの奴らを、追い出すのに黙って協力しロ!  いいか。  動くのはお前だ。  お前は単独犯だ

バビロンのデイライト(第1章の6)

町田はこの話を神妙な顔をして聞いていたが、それがどのように自分の仕事に結びつくのか、いまいちピンときていなかった。彼は、商工会議所のおじさんたちの誰かがつづいて口をひらくのを待っていた。しかし、そこにあるのは静寂であった。誰もしゃべらない。おじさんたちは、自分の言いたいことを言ってしまったので、すっかり満足してしまっていた。 狛江氏は、次は町田の喋る番であるということを沈黙のうちに促していた。 つまり・・・と町田は言った。私は何を協力すればよろしいのでしょうか? 「根」

バビロンのデイライト(第1章の5)

 おうおう!見事な死にっぷりだなあ!  振り返ると、廊下の向こうから数人の男たちがのんびりとタバコを吸いながら、のんびりと歩いてきた。男たちはおそらく全員が五十代を超えていると見え、がっしりとした体格をし、日に焼けていた。  ちょっくら頭に、仕掛けてやったんだヨ。よくない噂を耳に挟んだんでサ。  見事な爆破ですね。狛江氏が言う。  髪が薄くなった男が笑って言った。わかるかい?ドライムスを使うとね、こういうこともできるんだよ。新宿区の技術力をナメないでほしいねえ。しかしまあ

バビロンのデイライト(第1章の4)

新宿の商工会議所は、「樹」の「根」にまだ侵されていない十階建てのビルにあった。「樹」の「根」から守るために外壁を二重にする工事を行い、各種配管を徹底的に入れ替えたおかげか、このビルはまだ生き延びていた。  商工会議所はつい今年のはじめにこのビルに移ってきたばかりであった。  震災前から入っていたビルは、都庁にほど近い大きな建物だったが、とうとう「樹」の「根」の侵食を受けてしまい、大急ぎで移転したのです。商工会議所の入り口で名刺交換をした男は言った。    私はただの使い走り

バビロンのデイライト(第1章の3)

 狛江氏の親切に対し、彼(ペガサス電機の町田氏)は御礼をのべた。  ありがとうございます。確かに。確かに何でも新品がいい。それはわかります。でも、うちみたいな中小企業ならではの強みみたいなのもあるんですよ。ほら、やっぱり人と人とのつながり、みたいなものを重視するところがあるでしょう、昔気質の人って。大企業はそこらへんの、心の機微?というのかなあ、そういうものが抜けていて、人を人とも思わないといいますか。ね。だから、新型のドライムスが浸透するのって、なかなか時間がかかるような

バビロンのデイライト(第1章の2)

ぜひ、御社の「ドライムスコンバータ」を紹介したい先があるのだが、営業スタッフを寄越してくれないか?という依頼を受けて、彼は会社から派遣されてきたのだった。会社が言うには、その話は確かな筋からの情報だということだった。だから彼はまず、その情報提供者となる人間と待ち合わせをしていたというわけだ。狛江、というのがその情報提供者の名前なのであった。 彼は、あたりを見回し、待ち合わせ場所に指定されたホルモン焼肉の店を探した。指定されたのは「生命保険」というおかしな名前の焼肉店で、この

バビロンのデイライト(第1章の1)

  新宿三丁目の駅を地上に上がると、まっさきに見える十階建ての商業ビルに、消防車のハシゴが伸びていた。消防車が三台、通りに止まって、慌ただしく消防士たちが働き、周囲には人だかりができていた。人々は足を止めて、ハシゴの伸びた先をぼんやりと見上げている。  あれは、火事ではございません。  「樹」の「根」が、とうとう生き延びていたビルへの侵入を開始し、ビルの中に人が閉じ込められたのだ。  「根」はビルの中を、ありとあらゆる穴という穴を(もちろんそこには、そこにいた人間のもつ「