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工房ペリドット

この小説の長さは1,600文字程度です

「工房ペリドット」

石造りの建物が目立つ大都市の外れにその工房はある。
「工房ペリドット」、ある兄弟が経営している小さな鍛冶屋だ。

メインストリートの喧騒をよそに、工房へと向かう異国の服装をした男。「工房ペリドット」の看板を一瞥して、工房内に入っていった。

工房の主人、リスタル・トパズ・ペリドットは赤熱した金属を鍛えている。
こちらの気配を感じたのだろうか、ふと手を止めて私に視線を移す。

「あぁ、稲斗さんか。いらっしゃい。依頼の品はもう出来上がっているよ。」
「おぉ、そうか。いつも仕事が早くて助かる。」
「稲斗さんの持ってくる品が珍しくってね、ついつい先回しにやっちゃうのさ。」
「そんなに珍しくもないだろう、数多の武具を修理してるお前さんならなおさらな。」
「チェルナー大陸からくるお客さんなんていないんすよ。チェルナー固有の金属でできてるし、変な魔力も込められてるしで珍しいづくしなんすよね。」

なるほど、と合点がいった。
リスタルが先回しにしてしまう理由もわかるというものだ。
彼は鍛冶屋としての仕事を楽しんでいるし、難しい依頼ほど燃えると性格であることからも納得がいく。
依頼の品、持ってくるんで少し待ってて下さい、とリスタルは工房の奥へと消えていった。


待ち時間の間、工房内を見回す。
工房内には、様々な鉱石や宝石の原石が置かれている。
変わってないなと思いつつ、ふと店の隅にある額に目が留まる。
「帝国鍛冶師認定書」「帝国宝石商認定書」の隣にある額、そこに新たな額が追加されていた。

「帝国王室直属鍛冶師任命書」

その文字に目が釘付けになった。
とんでもない鍛冶屋の常連になってしまったのだという現実を受け入れられず、固まってしまった。

「稲斗さん、依頼の品です…ってどうしたんすか?」

店の奥から戻ってきたリスタルに言葉をかけられて、ようやく我に返った。

「あぁ、あの認定書が衝撃でな…」
「あれね、王室直属のやつっすか。別にそんなでもないっすよ。」
「いや、そんなことないだろう。」

そう言いかけるが、リスタルに遮られてしまった。

「今レヴァルロには二十人もいるんすよ。別にすごくなないんじゃないですか?」

その言葉を受けて返事に窮する。
帝国王室直属任命自体、職人の憧れでほんの一握りしか受け取ることができないものなのだが…。

さらに、「まあ、帝国の連中が勝手にやってることなんで。」と続ける。
これには、「そうだな。」以外の返答が見つからなかった。
そんな困り顔の稲斗をよそに

「そのことは置いといて、稲斗さん、依頼の品です。」
と刀がテーブルに置かれた。

修繕の終わった刀を観察してみる。
僅かな刃こぼれ、細かい傷や装飾の微かな汚れが完全に消滅している。
完璧に修繕された刀は、新品そのもののように蘇っていた。

「さすがの腕だ。帝国の任命を受ける腕なのも納得だな。」と感心する。
「はは、ありがとうございます。」
続けて、「そうそう、宝石の装飾がより凝ったものになってるんだけど、兄さんが勝手にやったんだ。」 

言われてはじめて、宝石の装飾が前よりも細かく、豪華になっているのに気付く。本当だ、エメルドも相当な腕だな、とこれにも感心する。

「兄さんにそう伝えときます。」とリスタル。
「あれ、今居ないのか。」
「えぇ、兄さんは今採掘に行ってるんでね。」
「なら仕方ないな。そう伝えておいてくれ。」
「わかりました。」とリスタル。

その顔は、兄を一人の職人として誇らしく思っているようにも見える。

「おっと、すまない。そろそろ儀式の準備始めないとマズいわ。今日はこの辺で帰らないといかん。」
「チェルナーの神職も大変っすね。」
「まあな。んじゃ、お代はここ置いておくからこの辺でな。」

そう言って、席を立ち、工房を後にする。
帰り際、リスタルの「ありがとうございました。」の声が聞こえてきた。
稲斗はその声を背に、セントジュベリルの中心街へと歩いて行った。

補足

夕暮 稲斗 (ゆうぐれ いなと)
東の大陸・チェルナー大陸で神社の神主をしている。
今回は私用で自分の刀を修理に出した。
リスタルの腕前に信頼を置いており、この工房の常連。

リスタル・トパズ・ペリドット
ペリドット兄弟の弟で鍛冶屋。
工房に常駐し、鍛冶と製品の販売をしている。
腕は確かなもので、帝国では有名。
職人気質で難しい依頼程気合が入るらしい。

エメルド・トパズ・ペリドット
ペリドット兄弟の兄で宝石商、鉱夫。
工房にいることはあまりない。
宝石の加工と原材料の調達を行っている。

工房ペリドット
エメルド、リスタルの兄弟が営む小さな工房。
材料の仕入れから加工、販売まで兄弟のみで行う。
鍛冶はもちろんのこと、宝石装飾までこなせる稀有な工房である。
兄弟双方腕は一流であることもあり、帝国では名の知れた工房のひとつ。

帝国~認定書・帝国王室直属~任命書
帝国では、一部の業種で帝国の認定をされないと一人前として認められない。
認定を受けた職人は独立して工房を持つことが許される。

任命書の方は各業種一握りの職人のみが任命される。
帝国王室直属鍛冶師は現在二十名である。
任命されると様々な優遇や王室直々の依頼が入る。
超一流の証であり、職人の憧れの地位である。

チェルナー大陸
"東の大陸"と呼ばれる大陸。
日本的な地名や建造物、名前の人がほとんどというレメチェロでは特異な大陸。
四季がはっきりしており、自然を大切にする風潮がある。
他の大陸からの観光客も多い。

レヴァルロ大陸
"西の大陸"と呼ばれる大陸。
大陸全土が帝国の支配下にある。
極寒の地や荒野、砂漠、樹海、火山島など様々な地形や気候がある。
現段階で一番設定がはっきりしている大陸でもある。

セントジュベリル
ジュスタルラルド帝国首都。
大陸中東部に位置する。
帝国では一番人口が多く賑わっている。

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