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本や教育の仕事をしています。母と同居して介護について考えることの多い日々です。 あとは…

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本や教育の仕事をしています。母と同居して介護について考えることの多い日々です。 あとは鉄道とか競馬とか、時折やっています。つれずれに考えていることを書いていきます。

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介護の日々

はじめまして。90歳の母と二人で暮らしています。 昨年11月末に大学卒業以来ずっと続けていた会社生活を辞めて、その後、都心の住まいを引き払い実家での生活を始めました。 母は要介護認定をうけていますが、東日本の震災の年に父が亡くなって以来、ずっと一人暮らしを続けてきました。しかし昨年の夏ごろから衰えが目立つようになり、さすがに一人では無理ではないかと思い、同居することにしました。私は仕事がありましたが、両立は難しいと思い仕事も辞めました。 自分自身としては介護のための離職したと

    • 日々雑感ー介護の日々

      今日は、思ったことの断片を書いてみる。 毎日、顔を突き合わせていると気づきにくいのかもしれないが、母は少しずつ変化している。気になるのは、ときどき咳き込むこと。風邪やコロナ、というよりも喉の奥が狭くなっているというか、喉の力がなくなってきているというか。。。 誤嚥性肺炎を気にしないといけないかもしれない、これまで以上に。 2月の下旬に長男と温泉に行ったのだが、半年少し前には母は、ひとりで一晩過ごせた、ということなんだな。いまは、とても無理だろう。 これは私がそう思うだけで

      • 検査は出世魚かー介護の日々

        母がトイレに頻繁に行くようになったのは、いつごろからだろう。1年前、2年前、それとも5年前。 最初は本人もそれほど気にしていなかったが、半年前くらいから夜中も1時間おきに行くという。 これはさすがに困るし、膀胱炎とかそんなものだったら薬を飲めばいいかなということで主治医に紹介状を書いてもらって、近くの総合病院に行った。検査は超音波と普通の尿検査。まあ車で10分くらいのところなので、大した負担もなく済んだ。 その1週間後、今度はCTを撮ったほうがいいでしょう、ということで予

        • 母の生活の価値ー介護の日々

          昨年の今頃、私は仕事をやめて母と同居しようと決めた。 当時の母は90歳になったところで、10年くらい一人暮らしを続けていたところだった。 暑さのせいか食事の用意もままならず、動きも悪く、正直なところ夏を越せないのではないかと思ったくらいだった。 7月の末に年内に辞めることを役員に告げて、そのあとのお盆の休みは本当にひさしぶりに1週間くらい母とどっぷりと過ごした。そのときは、何もできないだけでなく気力の感じられない様子を目の当たりにして、これが自分の母親なのかと衝撃を受けたこと

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        介護の日々

          老親とのコミュニケーション―介護の日々

          コミュニケーションとはなにか? と言われたらいろいろな答えがあるだろう。 私なら、「相互理解」とか「話すことよりも聞くこと」「相手を尊重すること」などと答えそうだ。 でもこれはビジネスや友人との関係、親子でももっと若いときの話かもしれない。 91歳間近の母親との生活のなかで、コミュニケーションをうまくとるのは大変である。 まず耳が遠くなってしまった。したがってこちらの声が届かない。 自然と大声で呼ぶことになるが、不思議なもので声を大きくすると自分でもなぜかイライラしてくるこ

          老親とのコミュニケーション―介護の日々

          老いは徐々に進んでいく―介護の日々

          まもなく91歳になる母親。世間的には自宅でそれほどの補助もなしに生活しているのだから立派、元気なものと言ってよいだろう。自分で食事をして、トイレにも行き、時間はかかるものの着替えもする。 残念なのは、夜中にトイレに数回起きるらしく、落ちついて眠れないこと。それと、同じくトイレが心配で外出を極端におそれること。外出自粛の昨今なので、出かけないこと自体はかえって良いのかもしれないが、古い友だちと会ったり、ちょっとした小物の買い物も我慢しているようで、それはせっかく長生きしているの

          老いは徐々に進んでいく―介護の日々

          亡くなることへの予感―介護の日々

          縁起でもないことを書くべきではない、と思うところもあるが、ひとりでしまっておくと気が狂いそうになるので、ここで書いておこうと思う。 母と同居を始めて、もうすぐ半年になる。私自身が仕事を辞めて無職になってからは半年経った。新型コロナウイルスの騒動のなかで、気がつかないうちに6月になり、そろそろ蒸し暑い日も増えてきた。今年は本当に初夏を楽しめなかった印象だ。 毎日、一緒に過ごしていると気がつきにくいのだが、母は、確実に衰えているのだと思う。今年の初め頃には、病院帰りの昼食時に

          亡くなることへの予感―介護の日々

          主治医の告知-介護の日々

          少しぎょっとするタイトルだが、母の余命宣告をされたわけではない。 母はもう何年も神経内科でパーキンソン病の診てもらっている。1か月に1回ペースで診察を受けて、あとは自転車をこいだり電気をあてたりとリハビリをしている。昨年末から母と同居するようになった私も、通院に付き添うようにしている。 そんな事情があって、私も腰痛持ちなので、湿布や痛み止めをもらおうと先月から一緒に診察を受けるようになった。 ひさしぶりにレントゲンも撮影したが、状態はとくに変化はないようで、在宅の時間が長く

          主治医の告知-介護の日々

          高齢者の趣味―介護の日々

          私の母は、70代までは趣味も付き合いも多い人だったと思う。 卓球、ダンス、体操、バス旅行、春の花見会、忘年会に新年会、行きつけの洋装店、和装店でのお茶会(当然、いろいろ購入する)、元PTA役員、元民生委員の集まり、などなど。これに年に数回、旅行好きの父や義妹(私の叔母)との遠出があった。さらに75歳ころまでは自転車に乗ってダスキン(モップ)の交換のアルバイトもしていたのだから、忙しくも楽しい生活だったと思う。 東日本の震災の年に父が亡くなったあとも、旅行こそ減ったが、それでも

          高齢者の趣味―介護の日々

          「傍役」と「主役」-介護の日々

          あるオンラインワークショップに参加した。テーマは在宅がつづくなかでの家族関係について。以前から存じ上げている信頼できるファシリテーターの方を中心にごく少人数で語り合った。 そのなかで遠藤周作の「私はあなたの人生の傍役」が紹介された。遠藤周作は「狐狸庵先生」シリーズですごい人気であったし(もう50年くらい前の話だ)、『沈黙』『海と毒薬』などいまでも絶対に読むべき本をいくつも残した作家だが、この傍役に関するエッセイは知らなかった。 ユーモアエッセイの分野ついては、私は「狐狸庵先生

          「傍役」と「主役」-介護の日々

          父の「記憶」と「父の記憶」-介護の日々

          私の父は、いまから9年前の2011年6月に亡くなった。 残念なことに少しずつ記憶が風化しているが、この年の3月に東日本大震災があった。父が最期を迎えたころも「節電」がうるさく言われ、入院していた病院もできるだけエアコンを使っていなかった記憶がある。 実際、かなりの頻度で病院に行ったが、いつも蒸し暑かった。照明を抑えた夕方の薄暗い病室と開けた窓から見た夕暮れの空が記憶に残っている。 父が亡くなった時、父が残したものを見ながら、私はすごく乾いた気持ちだった。 父は、その数年前に

          父の「記憶」と「父の記憶」-介護の日々

          長寿は、喜ぶべきことかー介護の日々

          「長寿」って、「寿(ことほぐ)」という文字が入っているのだから、基本的には喜ぶべきこと、佳きことなのだろう。でも、自分が還暦に近づくころから、それって本当かなと真剣に思うようになった。 きっかけの一つは父の死だった。 父は東日本の大震災の年の6月に亡くなった。その数年前から施設(老健施設)と病院を行ったり来たりで、亡くなった2011年には認知症もかなり進み私のことも誰のこともよくわからなくなっていた。 そんな父は、あの3月11日にも入院していて、かなり揺れたであろう地震につ

          長寿は、喜ぶべきことかー介護の日々

          なぜ大人げもなく年寄りにいらいらするのか-介護の日々

          会社勤めをしていた昨年末まで、私はあまり怒らない人というのが周囲からの評判でした。上から理不尽なことが下りてきても、部下がなにかとんでもない失敗をしても、怒らない、あせらないほうだったと、自分でも思います。 それはビジネスの世界では、悪くないことでしょう。一般的に言っても、良いこととしてカウントされるかもしれません。 もっともこれは「美点」とまでは言い切れないところもあって、私の場合、なにか怒りの感情を自分で抑圧しているようなところがあったかもしれません。それによって、実は

          なぜ大人げもなく年寄りにいらいらするのか-介護の日々

          三度三度の食事のこと-介護の日々

          母と同居を始めてまもなく3か月になります。 かなり予想と外れていたことの一つが食事。母はそれまで一人暮らしを9年余り続けていて、それなりに食事もしていたはずですが、いざ一緒に暮らしてみたら、ほとんど何もやりません。 何もやらないというのは少し酷で、できないというほうがいいかもしれません。とくに火を使うことは、少し前から避けていたようです。 確かにレンジで温めるご飯を私が通販でずいぶん用意して、それはかなりの消費量でしたが、逆にいえばほとんどの食事がレンジで温めたご飯と昆布の佃

          三度三度の食事のこと-介護の日々