弱くてもあなたがいたから。弱い時代を知っているのではない。あなたがいた時代を知っているから赤ヘルファンは何度でも立ち上がる
高校で広島をでて、大学から関西に来た。もう16年になる。
何も考えていなかったし関西の方が楽しそうみたいな軽い考えだったけど。
でも広島が好きで広島にいる友達が好きでよく帰ってた。その日も広島市内で朝まで遊んでさぁ実家に帰ろう(みんな広島都会っていうけどその都会にでるにはバスで1時間半かかる場所が地元です)としていたとき広島バスセンターでこの広告に出会う
この広告こそ私が広告業界をめざすきっかけになった1枚であり、カープをさらに愛することになる2005年の球団広告。「前田智徳は誤解されている」
前田智徳
前田 智徳(まえだ とものり、1971年6月14日 - )は、日本の元プロ野球選手(外野手、右投左打)、野球解説者。熊本県玉名市(旧玉名郡岱明町)出身。現役時代の異名は「孤高の天才」
そう天才と呼ばれてよく、イチロー選手や、松井秀喜選手がティーバッティングを見学しに来ていたという逸話の残る、天才。熊本工時代から逸話を残しまくっている天才につき異才。熊本工業時代、野球部員が他の高校の生徒に殴られたとき一人で単身乗り込んでいったあのリアルクローズかと思わせる話も超大好きです。それがなかったらカープに来ていないことも。
この誤解しているは実はみんな気づいていた
天才なのは知っていたし、いざ打つと本当にきれいなフォームからきれいな打球が飛んでくる。いまでもあの小さな市民球場でみた前田智徳のホームランがこの世で一番奇麗だったと思っている。
でもファンの人たちが見ていたのはそこではない。ヒットを打ってもどこか不満げでにこりともしない。首をかしげることもある。ホームランを打った時の守備につくときの声援でもにこりともしない。悔しさに涙することもあったと記事でみる。
まだ市民球場時代、すごい暑かった日、当時大好きだった子とカープを観戦に行けるということで張り切って熱い中並んで待ってライトスタンドで一番良い席を確保した。当時は当日券でも買えたし別に並ばなくても入れたんですが良いところで見たかった。
早く入場しすぎて練習を見ていたら、前田さんがずっとバットをゆっくり振っていた。あぁやって練習するんやなーってみてたら、1時間くらいずっと同じことをやっていた。まだやってる!って思ったし、1時間前と動作が変わっていない。そしてこの日決勝タイムリーを打ってくれる。こういった光景を広島ファンは見ていたのだ。じっと我慢して。
けがが多く、アキレス腱を断裂し、前田智徳は死んだなど言っていた。でも努力と野球にかけた人一倍の想いで2007年に2000本安打を達成する。
2球目で内角差し込まれてるのにこのバッティングにまたほれぼれする…。
信じられないほどの復活を果たし、常に野球に向き合う姿をファンサービスとは違う形でファンに届けてくれた。その姿を目に焼き付けているファンが多いからこそカープファンはあきらめない。我慢強い。いつか不死鳥のように帰ってきてくれる。そう逆転のカープはここにあるのだ。カープファンは誤解されている。強いから好きなんじゃない。盛り上がれる応援だからじゃない。前田智徳が教えてくれたからだ。必死になれば必ず復活する。
今年のカープも昨年のくやしさを胸に(というか毎年悔しい)2020年精一杯応援したい。頑張れカープ。
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!