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領域を超えられない産業保健と、SaaSプロダクト開発の苦悩

こんにちは。やすまさです。

僕は働くひとと組織の健康(=産業保健)というドメインで、BtoBのSaaS『Carely』のCSとプロダクト開発(主にビジネスサイドのPMMに近い役割)を3年ほどしてきました。

その中で感じた、産業保健分野で1社にだけ提供する受託開発のシステムではなく、全業種のクライアントに同じシステムを提供するSaaSプロダクトを創る難しさをまとめたいと思います。

産業保健にSaaSプロダクトが求められる3つの理由

iCAREがCarelyを創っているのと同じように、アドバンテッジリスクマネジメント、ValueHR、ベネフィット・ワン、メドピアなど各社が産業保健のSaaSプロダクト開発に注力してきています。最近はどこも、ワークフローSaaSを主軸にした「健康経営プラットフォーム」とか「ウェルビーイングプラットフォーム」的なことを中長期経営方針に掲げています。

産業保健市場にSaaSプロダクトが求められている背景は3つあると僕は考えています。

産業保健SaaS

1つは「システムの単価が高すぎた」ためです。富士通などの大手ベンダーにシステム開発を依頼したら「数千万円の見積りを提案されて即却下した」という話はよく伺います。オンプレミスで開発するには初期投資もメンテナンス費用も高額になり過ぎてなかなか決断ができません。SaaSであれば低価格で導入し、企業の抱える課題を高い投資対効果で解消することが期待できます。

2つめは「法改正が多すぎる」ためです。ストレスチェックの義務化、労基法改正による残業時間の上限規制、長時間労働者への面接指導の基準変更、健康診断の検査項目の変更、特殊健康診断の分類の変更など、業務フローに重篤な影響を与える法改正が毎年起こっています。オンプレミスのシステムで都度追加開発をするよりも、最新の法改正をキャッチアップして同一の月額利用料で提供するサブスクリプション型のSaaSの方が変化の激しい業務には適しているでしょう。

3つめは「課題特定までの業務プロセスは型化できる」ためです。産業保健は属人性や企業独自のルールが多い分野です。特に不健康な社員への対応は業務内容によって大きく異なるため業界横断で一律の型を当てはめることはできません。例えば、視力が「0.5」の従業員がいたとします。オフィスワーカーの感覚だと「視力くらい悪くても、別に大したことないだろう」と思うかもしれません。しかし、ドライバーや、有害物質のラベルを見て仕事をする従業員など、視力が安全衛生に直結するような業務では同じ視力「0.5」でも意味合いが全く異なります。このように、企業によって「健康課題に対する対応方法」は千差万別ですが、「課題特定までのプロセス」は型化することができます。高ストレス者を特定するプロセス、長時間労働者を特定するプロセス、健康診断の有所見者を特定するプロセスなどは企業を横断して画一的にできるのです。

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実効性のある課題解決策をSaaSにて展開、同領域においてソリューション提供のリーディングカンパニーを目指す
(出典:中期経営計画2023|アドバンテッジリスクマネジメント

産業保健のSaaSプロダクト開発は、めっちゃ難しい!

SaaSプロダクトの前提は、「領域を超える(=同じシステムを、複数の企業に使ってもらう)」ということです。特にホリゾンタルSaaS(全業種をまたいで特定業務の効率化を目指すSaaS)の場合は、1つの機能をあらゆる業種の人に使ってもらう必要があります。

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「企業」という領域を超えて価値を再現性高く提供できる機能開発がSaaS事業には求められるということです。そのために、汎用性の高い機能開発をするか、カスタマイズできる機能開発していきます。イレギュラーな業務フローについては、機能開発せずに運用でカバーするか受注を諦めるという姿勢でプロダクト開発を進めます。

この大前提が、産業保健のSaaSプロダクト開発はめっちゃ難しい最大の理由です!

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企業の健康管理の現場は、びっくりするくらいに、属人性のオンパレードなのです。それもそのはずで、同じような規模の会社でも、抱える健康課題はまちまちですし、同じ健康課題に対してとるべき解決策も異なります。

土台になるのは「法律」や厚生労働省の指針、経済産業省の健康経営の施策などです。しかし、法律では事細かなオペレーションの進め方までは決められていません。企業によっても、産業医や保健師といった専門家によっても、何を重視するかの思想が異なるため企業ごとに細かい業務フローが異なります。

DXの必要性が叫ばれている昨今ですが、「前任者が辞めたので誰も健康診断のやり方についてはわからない」「長時間労働の管理は自社独自の基準でやっている」など、とにかく効率化・仕組み化が難しく、疲弊している現場が多いです。

産業保健のあるある
・健康を創るはずの人事や保健師が1番残業していて、健康を犠牲に働いている
・年中健康診断の就業判定作業に追われていて、気づいたら次の年度の健康診断がはじまっている
・仕事に人がアサインされるのではなく、人に仕事がついてしまっている(Aさんが退職したら、この会社の健康経営はふりだしに戻る)

会社ごとに微妙に法律とは違うやり方をしていて、前例主義に前例主義を重ねていて、綺麗に合理化しにくいのです。そのため、企業の内製で開発した複雑なシステムや、オンプレミスで自社独自のシステム構築を業者に依頼するケースが多かったかと思います。

産業保健の4つの壁:CAGEフレームワーク

「CAGEフレームワーク」とは、ビジネスが国境を超えるための壁を4つに分類した経営学のフレームワークです。CAGEは、Cultural(文化的な壁)、Administrative(制度的な壁)、Geographical(地理的な壁)、Economic(経済的な壁)の頭文字です。

CAGEフレームワーク
Cultural:文化的な壁
Administrative:制度的な壁
Geographical:地理的な壁
Economic:経済的な壁

国際企業がサービスを海外展開する上で使われるフレームワークですが、「国」に限らず、ビジネスが特定のコミュニティ、領域を超えるための障壁となります。

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この考え方はSaaSが1つの企業を超えて多くの企業で使ってもらうための障壁を整理するフレームワークとしても転用できるので、CAGEフレームワークで日本の産業保健業界のホリゾンタルSaaSが抱える4つの壁を整理していきます。

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【1】産業保健の「文化的」な壁

1つめの壁が「組織風土・文化」です。社内で施策を実行していく上では、ハードアプローチとソフトアプローチの両面が必要です。日本の産業保健はハード面がガチガチに固められています。50人以上の事業場は産業医を選任して毎月職場巡視をさせなさいとか、毎月衛生委員会を開催して健康について審議しなさいとか、ストレスチェックを実施して労基署に報告書を毎年出しなさいとか。そのため、ただ義務を履行するだけでソフト面がおざなりになりがちです。

ただし、健康のための施策を効果のあるものにするにはソフト面も重要になります。例えば、同じ長時間労働対策をする施策でも、ゴリゴリの営業会社で気合いと根性でモーレツに働いて売上を立てる文化の会社と、Amazonとでは社内への有効な施策の浸透方法は全く異なるでしょう。

つまり、組織文化が企業によって異なるため、A社で有効だった研修が、B社では同じ効果があるとは限らないということです。

【2】産業保健の「制度的」な壁

2つめの壁は「制度・社内ルール」です。企業によって社内の制度が異なります。そのため同じシステムを導入しても、社内制度にマッチする企業とマッチしない企業が当然存在します。

例えば長時間労働の管理について。法律では「月当たりの法定外労働時間が80時間を超える労働者について、疲労の蓄積が認められ、本人が申し出た場合には医師による面接指導を実施する」ということが義務付けられています。法律の時点でややこしいですよね。笑

企業によって、就業規則や労使協定の内容が異なります。「疲労の蓄積が認められる」の定義も基準も計測方法も異なりますし、「本人の申し出」の回収方法も違います。また、長時間労働対策を徹底している企業では月の半ばで一度残業時間を集計し、「このままだと残業しすぎだぞ!」と本人と上長に事前アラートを出している企業もあります。労働基準法で残業時間の上限規制ができてしまったため、法令遵守のためにはこうせざるを得ないのです。(ちなみに、労働基準法の残業時間と、労働安全衛生法の残業時間は計算ロジックが異なります。笑)

また、大きな企業の場合は、一度保健師が面談をしてから、残業の制限が必要そうな従業員だけ産業医の面談をするようなフローのところもあります。

このように、同じ法律に基づく業務でも、社内ルールは全く異なるのです。

【3】産業保健の「地理的」な壁

3つめの壁は「場所」です。1拠点だけの企業と、全国に多拠点展開している企業や海外拠点のある企業では、必要な産業保健体制は大きく異なります。

地理的な壁は技術の進歩で解消されつつあります。法律でも、産業医の職場巡視(≒訪問)は毎月ではなく2ヶ月に1回でもよくなりました。ICTを用いた産業保健活動の指針も整ってきて、民間サービスでも、オンラインでの産業医面談やリモート保健師のサービスが普及してくるようになりました。

例えば、オンライン面談を前提とした産業医サービスをメドピア株式会社の子会社である株式会社Mediplatが提供しています。

SMSもリモートを前提とした「リモート産業保健」というサービスを提供しています。

【4】産業保健の「経済的」な壁

4つめの壁が経済状況です。儲かってて資本に余裕のある会社と、毎年赤字で倒産しかねない会社とでは、産業保健に対する捉え方も大きく異なります。

潤沢に資源を投資できる企業では、高額なシステムや健康経営サービスを利用したり、スケールメリットを活用したオペレーションの効率化をしたりできます。健康な人をより健康にする予防の施策にも投資していきます。

一方で資源に余裕のない企業では、最低限の法令遵守にとどめて産業保健には1円も無駄に遣いたくないという考えのところも少なくないでしょう。

そのため、経済状況によって求めるサービスのニーズが大きく異なります。

「壁のない領域=SaaSを創りやすい」けど、ビジネスとしては価格競争に陥りやすい

CAGEフレームワークで産業保健が企業を超えるための4つの壁を整理してきました。逆にいうとこれらの壁がない領域=企業をまたいで再現性高くサービス提供しやすい領域になります。SaaSを創りやすい領域です。

しかしながら、SaaSを創りやすいということは、「すぐにパクられる」「誰でも参入できる」ということを意味します。そのため中途半端な覚悟で参入すると、大失敗しやすい領域とも言えます。

参入障壁

ほとんどの企業で同じルールで、同じ業務プロセスでやっていたら、効率化されてしまっていてそこにペインはありません。民間企業が提供するサービスも、どこも大差ないコモディティー商材になり、コストリーダーシップを取れる大手企業がマーケットをかっさらうだけです。中途半端なサービスは太刀打ちできず撤退を余儀なくされます。

例えば、ストレスチェックについて。業者にちょっとお金を払えば57項目のストレスチェックを実施する義務を果たすことは簡単です。厚生労働省が提供している無料のプログラムでも実施できます。なんならGoogleフォームで57問の設問をコピペして作成すれば義務自体は済んでしまいます。

100社いたら、オリジナルのやり方をしているのは数社で、9割の会社が厚生労働省の推奨する57項目、あるいは80項目の設問を利用しています。

つまり、ストレスチェックは日本の産業保健の中で「領域を超える壁」が少ない領域です。コストリーダーシップをとれる大手企業やプラットフォーマーが市場をかっさらってしまうのも時間の問題で、ビジネスチャンスが大きいとは言えません。強いて言うなら2015年にストレスチェックが義務化された直後は収益化できても、単独ではもって2,3年でしょう。

ローカルな社労士事務所が、助成金と合わせてスモールビジネスで小さく稼ぐドアノック商材として参入するならまだ理解できますが、スケールさせるには相当しんどい価格競争になると思います。

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ちなみに、Carelyはこの領域をほぼ開発し終わっています。

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産業保健SaaSを成功させる鍵=「制度の隙間」

壁の少ない領域はSaaSプロダクトを創りやすいですが、ビジネスとしてはそれだけだと失敗します。重要なのは、「壁」の攻略方法です。

4つの壁の中でも、3つめの「制度の壁の隙間」が重要になります。

先進国の企業が東南アジアなどに参入するときに、法規制が追いついておらず自由にビジネスできることで成功しやすいのと同じで、企業間で「超理想的な社内制度やオペレーションフローの企業」と「超非効率な社内制度に縛られて現場が疲弊している企業」とのギャップが大きければ大きい領域ほど、ビジネスチャンスが溢れています。

産業保健にはびこる4つの「制度の隙間」

産業保健には、領域を超えられない根深い問題を抱えていて、個々の会社ごとに部分最適がなされて業界全体の最適化が全く進んでいないビジネスチャンスに溢れた領域がいくつかありますが、代表的な4つをまとめます。

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【1】健康診断予約

1つめが定期健康診断の予約管理です。日本には健康保険組合が1300以上あります。健保の数だけ、契約医療機関、予約方法、検査コース、補助申請手続きのパターンがあるため、非常に煩雑で領域を超えにくい産業保健の代表格です。会社によっては、ここに数千時間の工数を割いています。

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もちろん、健診予約事務代行サービスはベネフィット・ワン、Value HR、アドバンテッジリスクマネジメント、イーウェル、ウェルネスコミュニケーションズなど各社が提供していますが、主要顧客は単一健保を持つ超大手企業です。単一健保であれば、従業員数も数万人規模で、健保の健診事業のルールも含めて丸っとBPOできるので、高単価でオペレーションを効率化しつつ、黒字化が容易にできます。

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しかし、総合健保(東京実業、TJK、関東ITSなど)に加入している数十名〜数千名単位の企業については、解消されないペインを抱えているところが多いです。

ここに対するCarelyのプロダクト開発の解が8月にプレスリリースを配信した「健診WEB予約機能」です。健保の変数、会社方針の変数、医療機関の変数に適応できるよう必死にマスタ構造を思考して、開発要件とオペレーションを構築し、なんとかプロダクトを創りサービスをリリースできました。

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簡単なように見えて、実は3〜4年がかりでリリースにこぎつけているので、領域を超えにくい業務のSaaSプロダクト開発は物凄く難しいということを痛感するプロジェクトでした。

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ちなみに、健康保険組合については以前書いた『健康保険組合、どうあるべき?【8割不要説】』でまとめています。

【2】就業判定

2つめが就業判定。健康診断を受けた後に、結果に悪いところがあった従業員については産業医など医師による意見聴取を行うことが義務付けられています。多くの企業では、『健康診断の有所見者に対して、健康管理を行う事を目的とした、産業医による就業上の意見に関する実態調査、およびコンセンサス調査』の結果を参考に、就業制限をかけうるレベルの従業員を産業医が面談しています。

コンセンサスを得られた就業制限を検討する基準
収縮期血圧 180 mmHg (72.0%)
拡張期血圧 110 mmHg (85.9%)
空腹時血糖 200 mg/dL (69.1%)
随時血糖 300 mg/dL (76.9%)
HbA1c 10% (62.3%)
Hb 8 g/dL (62.3%)
ALT 200 mg/dl (61.7%)
クレアチニン 2.0 mg/dl (67.2%)

ですが、例によって企業によっても、産業医によっても、就業判定の進め方は異なります。ちなみに健診センターによっても基準値は異なります。

「働けるかどうか」が就業判定の際に見るべき視点ですが、「病気にならないか」という別の視点でも健康診断結果をチェックしているケースもあります。

全企業一律の基準値と検査項目で、ボタンひとつでシャっと就業判定を終わらせられる世界ならばSaaSのプロダクトも一瞬で創れるのですが、実態はそうではありません。鬼複雑なのです。

【3】長時間労働対策

3つめが長時間労働対策。従業員の残業に対して最も影響を与えるのは直属の上長です。上司が業務管理を徹底し、残業のない組織を創っていくことが最も本質的な長時間労働対策です。残念ながら簡単に残業は減らせないので、残業が多い人や部署に気付いて組織として適切な対処をするというケースが多いですが、いずれにしてもキーパーソンは上司になります。

そもそも労使協定でどれだけ残業させられるかが会社によって異なります。その上、給与計算のための残業時間と、労働安全衛生法による長時間労働者への医師による面接指導のための残業時間は計算方法が違います。

さらに、企業規模によって長時間労働者への面接指導の業務フローは大きく異なります。すごく昔に書いたものなのですが、『過重労働者の産業医面談で、疲労蓄積度チェックリストを有効活用する方法』という記事で、小規模企業、中規模企業、大手企業での長時間労働者管理の代表的な業務フローを紹介しています。端的にいうと、大規模になるほど、疲労蓄積度チェックリストや保健師による面談、あるいは累積の残業時間超過回数などを基準にして優先順位付けをしてから産業医による面談をするケースが多いです。

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また、残業を減らすには上長の協力が不可欠なので、現状把握の意味もこめてCCに上司を入れて、残業の多い従業員へ産業医面談の申し出の案内を人事からメール送付しているケースもみられます。義務ではないので中小企業ではやる余裕のないところがほとんどですが、残業削減に本気で取り組んでいる企業では上長の巻き込みは何らかの方法で必ず実践しています。

ひとことで長時間労働対策といっても、企業によって業務フローは千差万別なのです。

【4】特殊健診

4つめが特殊健診です。法律でガチガチに固められているとはいえ、複雑すぎて現場がおいついていない領域です。特殊健診とは有害な業務をしている従業員の健康管理を目的とした健康診断です。大きく10の分類があります。

特殊健康診断の10分類
特定化学物質
有機溶剤

四アルキル鉛
高気圧業務
電離放射線
除染等電離放射線
石綿
じん肺
指導勧奨

各分類ごとに検査項目、検査頻度、労基署報告の集計方法など業務フローが異なります。そのため、自社独自のシステムを開発して、騒音の特殊健診管理だけは超効率的に自社独自の業務フローで管理できる仕組みを整えているという企業もあれば、アナログに保健師が年中必死に対応していて抜け漏れが発生してしまっているという企業もあります。

製造業に特化して労働安全衛生業務を効率化するバーティカルSaaSビジネスを立ち上げる余地が多いにあるレベルで、業界内の専門性が高過ぎてペインに溢れた市場です。(実現はしなかったのですが、実際にとある保健師さんから「特殊健診業務管理システムを一緒に開発しないか?」とお誘いを受けたこともあります。)

しかも法改正が定期的に起こり業務フローの重篤な変更が発生します。例えば、直近だとヒュームがじん肺から特定化学物質に変わり対応に追われたり。

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(出典:労働安全衛生法施行令の一部を改正する政令案等について令和2年3月30日労働基準局安全衛生部

デジタル庁の力やマイナポータルの施策でこのへんの制度設計や書式のフォーマット統一されないかなぁと切実に思いますが、おそらく当分は特殊健診業務の複雑で属人性に満ちている問題は解消されないでしょう。

領域を超えにくい市場でSaaSを創るということ

SaaSビジネスは、企業ごとのカスタマイズはせずに、同じ機能のクラウドサービスを全てのクライアントに提供しています。

まずは「領域を超えやすい」業務をシステム化するのが鉄則です。法律を読み解き、パターン化されたオペレーションをそのままシステムの開発要件に落とし込みます。産業保健のうち「領域を超えやすい」画一的な業務フローである、健康相談(EAP機能)、ストレスチェック機能、面談管理機能、長時間労働者への疲労蓄積度チェックリストの配信機能、健康診断結果の管理機能、衛生委員会議事録や巡視記録機能、などはひととおり完成しCarelyは既にこのフェーズを脱しています。

次は、「領域を超えにくい」業務。ここは完全にフロンティア。会社によって、文化も、制度も、場所やオフィス環境も、産業保健に投資できる予算も、全く異なります。その中でも業務要求をパターン化して正確に理解し、汎用性のきく開発要件に落とし込んだり、注力するセグメントを絞って開発を進めます。

領域を超えにくい業務のSaaSプロダクトの開発スタンス
①何を日本の産業保健のデファクトスタンダードとしたいのか?を明確にして、あらゆる顧客をその正解に導く。
②機能の柔軟性を増して、いくつかの業務フローに適応できる機能の作り方にする。
③注力するセグメントを絞ってしまい、顧客の選択と集中をする。

2015年のストレスチェック義務化と、最近の健康経営ブームもあって、Carelyをパクったプロダクトはごろごろ市場に出てくるようになりました。シンプルな部分の機能自体は、要件さえ整えばすぐに真似することができるかもしれません。ですが、領域を超えにくい部分の要件定義やビジネスとして顧客に提供するオペレーション構築は簡単には真似できないでしょう。

ビジネスとしては汎用性の高い機能でグッとスケールさせたい。その方が開発要件もオペレーションもシンプルで簡単です。でもそれでは開発し尽くされていて、他社と大差ないプロダクトになってしまう。それがSaaSのプロダクト開発を進める上で難しいところだなと思います。

Carelyは上にあげた領域を超えにくい「健診予約」「就業判定」「長時間労働対策」「特殊健診」などの業務も含めて、プロダクト開発に挑戦するフェーズに入っています。つまり、差別化要因を本気で獲得しにいっているということです。そのためには、泥臭いユーザー理解、理想のオペレーションフローの定義、ドメイン知識のキャッチアップをし続けてプロダクトを開発する必要があり、セールスもCSも、業務フローの調整難易度は圧倒的に高くなっていきます。だからこそ、他の追随を許さないプロダクトとオペレーションになるのだと思います。

入社した当時はチャット相談機能とストレスチェック機能しかないような状態だったので、本当にプロダクトが成長してきたなぁと感慨深いです。

日本の産業保健市場には、まだまだ制度の隙間がたくさんあります。CAGEフレームワークでSaaSのプロダクト開発を考えるの、結構おすすめです〜。

ちなみにCAGEフレームワークで事業戦略を考える視点はSFC時代に琴坂先生の授業で学びました。『領域を超える経営学』を参考にこの記事は書いてます。

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参考文献

領域を超える経営学
ALL for SaaS SaaS立ち上げのすべて
THE MODEL マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの共業プロセス

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