写真 三重県名張市 (2021)
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写真 三重県名張市 (2021)

 お盆の3日前に、名張を訪れた。家を出たのは朝方6時のことだった。私は普段とは違って早起きをした。黒のアンダーシャツを着て、帽子をかぶり、サングラスをした。

 名張は名張毒ぶどう酒事件が起きた場所でその名が知られ、1961年(昭和36年) 3月28日夕刻、三重県名張市葛尾(くずお)の公民館で開かれた住民の懇親会の席上、毒物が混入されたぶどう酒を飲んだ女性5名が死亡し、12名が重軽傷を追った事件が起こった。

 住民の1人奥西勝(おくにしまさる)という男が殺人・同未遂罪に問われた。当時、35歳であった。奥西はさらに裁判のやり直しを訴え続けたが、果たされないまま獄中で死んだ。

 懇親会は、名張市葛尾と隣接の奈良県山辺(やまべ)郡山添(やまぞえ)村の住民でつくられていた生活改善クラブ「三奈の会」の総会の後に行われた。仕出しの折り詰めや女性たちが持ち寄った料理が振る舞われ、男性用に日本酒、女性用には合成のぶどう酒が出された。

 乾杯後しばらくして、女性ばかりが次々に倒れた。5人はその場で死亡し、1人が一時重体となり、他に11人が中毒症状を呈した。女性参加者20人のうち、無事であったのはぶどう酒を飲んでいない3人だけであった。

 三重県衛生研究所の検査で、ぶどう酒には有機リン系のTEPP(テップ)剤が入った農薬が混入していることがわかった。事件発生から6日後の1961年4月3日早朝、奥西は犯行を認め、逮捕された。

 おおむね私は名張の地でただ暇をつぶしていた。しかし暇ってのはそう簡単にはつぶれてくれない、地図をちょっと見たり、写真をちょっとやり、散歩やハイキングやらをちょっとやった。

 それから忍者の格好をした子ども達が山の麓の川辺でなにかロープを伝って、筏のようなものに乗り耐えている姿を眺めているのはなかなか愉快だ。忍者体験で子ども達は修行しているわけだ。

 女性だってただの人間なのだ。新しいカーテンをほしがるし、ぶどう酒だって飲む。奥西は何を求めていたんだ。バラ色の三角関係か?

 私は水筒のアイスコーヒーをぐいと飲み、赤目四十八滝へ向かった。

 私は退屈していた。というか、私は自分自身すら退屈させていた。誰も退屈なんか好きではない。なぜ人はお座敷プードルのような生活を好むのか。私には理解できないかもしれない。

 私が山で最後に滝を見たのは11月のことだ。朝方の山は好きだ。山の中の空気はまだ涼しくきれいで、すべてが輝いていた。私は入山する前に、最後の身繕いをした。帽子が傾いていないか、髪に乱れがないか。

 渓谷の入り口に軒を連ねている古きよき時代の商店街や、年季がかった看板や、そこにある雰囲気が私は好きだ。店主がその日の最初の饅頭を焼き、ガラスのショーケースに載せる。隣に小さく手書きで書いたメニューを添える。

 それをお土産にしてゆっくり味わうのが好きだ。風情のある商店で購入した地元の焼き饅頭 ー 何ものにも代えがたい。

 こんな素晴らしい朝に毎日寝ていたなんて、我ながらどうかしていた。10時30分に寝ていただって?それでもまだたっぷり時間がある。ハイキングに行こう。コーヒーをつくって。

 ずいぶん麗しい1日だった。さわやかなそよ風。通りの向こうの無骨なブナの古木が囁き合っている声が私には聞こえた。

 ハイキングは私のライフワークになりつつあり、喜びであった。しかし、私はただ漠然と金儲けに励むしかない。生活のために。それは私にとって決して満足すべき報いとは言えないはずだが。

 赤目四十八滝を散策した。そこで3時間ばかり時間をつぶした。

 数多くの滝が存在する赤目四十八滝において、赤目五瀑(主要な5つの滝の総称)の不動滝(ふどうだき)、千手滝(せんじゅだき)、布曳滝(ぬのびきだき)、荷担滝(にないだき)、そのあとそこから琵琶滝(びわだき)をみた。

 車は赤目四十八滝門前界隈に停めて、そこから歩いてきた。商売柄、自然に関わることは多い。だから自然のことはよく知っている。

 荷担滝の高さ8メートル、美しい滝だ。写真を撮ってみた。滝が岩を挟んでふたつに流れ落ちている。乱れひとつない。

 私は何度かアイスコーヒーを飲み、愉しく時を過ごし、私はいささか写真を撮りすぎた。

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1989年生まれ 音楽家 Official https://yasuharunagura.com