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写真 岐阜県高山市奥飛騨 (2021)

週末の朝、午前6時。ダイニング・ルームにあるウォーターサーバーから、空のペットボトル2本に水を入れた。朝になって私は服を着替えて、いつものように山へ向かった。

そしていつものサービスエリアのレストランで朝食をとった。山の景色が見えるように、窓側に座った。曇りがかった朝だった。

上空が霞んでいた。30キロあまり車を走らせて北へ向かい、奥飛騨を目指した。国道471号を走行しているうちに、猿の群れに遭遇した。

県道475号の星空街道を通り、奥飛騨温泉郷に到着した。奥飛騨温泉郷は北アルプスの山懐に抱かれる平湯、福地、新平湯、板尾、新穂高のそれぞれ泉質が異なる5つの温泉郷である。

私は勘定を払い、車を新穂高温泉近くの有料駐車場に駐車したまま、通りの北側の新穂高ロープウェイの駅まで歩いた。駐車場を出たところに蒲田川(がまたがわ)が流れていて、前方に笠ヶ岳(2,898m)がそびえ立っていた。根張が大きく笠形のどっしりとした美しい山だ。

ロープウェイ乗り場の新穂高温泉駅(1,117m)には売店があり、奥飛騨の地酒や名声品を取り揃えていた。ロープウェイに電動式2階建てのゴンドラは揺れ、水平になるのを保っていた。

2階の乗り場は広く、壁には山岳風景の油絵が飾ってあった。私はロープウェイに乗って、できるだけ後方に立った。太陽のない昼だった。

西穂高口駅(2,156m)の展望台に到着するころには、もう雨が降っていることだろう。光は私が必要とするものであった。

今回はカメラとライトグレーのレインコートを持参することにした。カメラは小型だが高い剛性を備えた軽量ステンレス製、最高約3.5コマ/秒の連続撮影が可能だ。もしそのようなカメラを持っているとしたら、頭に変調をきたした人間が何かしでかした場合それで撮影すれば証拠として残すことができる。

ロープウェイは鍋平高原駅(1,385m)に到着していた。駅の出口を出て、山の斜面を登りながら白樺の小径を散歩した。

白い樹皮が特徴的な白樺から鳥のさえずりが聞こえたような気がした。一羽の鳥が楽しそうに口笛を吹いていた。

鳥はみつからなかった。あるいはそんな鳥はそもそもいなかったのかもしれない。

だから、私は道に戻り、しらかば平駅 (1,380m)まで歩いた。白樺の樹がミズナラに変わり、多彩な山野草を楽しめた。遠くにいくつかの山々が見えた。

4、5分ばかりかけて、しらかば平駅に着いた。私はビューラウンジのそばの入り口に入り、パンが並ぶベーカリーの前を通り過ぎ、そこから右手の突き当たりにあるロープウェイ乗り場の最前列に並ぶことができた。

私は再びロープウェイに乗って、できるだけ後方に立った。第2ロープウェイは全長2,598mで西穂高駅(2,156m)まで7分を要した。

私は駅屋上にある展望台に入った。展望台の前方に立って耳を澄ませた。山頂の風が私の背中をくすぐった。ひんやりとした。

目を開けたとき、霞のかかった青空を背景に笠ヶ岳(2,898m)、槍ヶ岳(3,180m)など北アルプスの山々を一望することができた。

そして目をこらして時計を見た。時刻は1時だった。

その他にも焼岳(2,455m)から錫杖岳(2,168m)、奥穂高岳(3,190m)など奥飛騨を代表する北アルプスが一望できた。遠くの方にうっすらとあの白山(2,720m)や乗鞍岳(3,260m)が見えた。

槍ヶ岳に関して言えば、日本第5位の高峰である。標高3,180m、北アルプスの象徴的存在だ。とんがっていて、「槍」の形状をこれほどリアルに表現する山は他に見当たらない。

奥穂高岳は岩壁の美しい、アルペン的容姿で、語り尽くせない魅力にあふれていた。日本第5位の標高を持つ奥穂高岳を中心に、北穂高岳、涸沢岳(からさわだけ)、前穂高岳、西穂高岳など3,000m級の峰々が連なる。

焼岳は美しい鐘状の山容を見せていた。北アルプス唯一の活火山であり、1915年(大正4)年6月の噴火は水蒸気爆発による土石流が梓川を堰き止め、流路を変えて池を出現させた。この時の火山灰による噴煙はすさまじく、空を覆い尽くしたといわれている。

これを焼岳爆発という。明治40年から続いた焼岳の活発な火山活動は、昭和38年の数日の小爆発を最後に現在は落ち着いている。

私は展望台を出て、外に出た。そして原生林の樹間を縫う散歩道を歩いた。見るべきものはたくさんあった。散歩道には山野草や高山植物の花が咲いていた。

やれやれ、どうして私はこんなところにいるのだ?私は何を考えているのだ?登山口だ。すぐに引き返した方がいい。辺りが暗くなっていく。どんどん暗くなって・・・・・・

登山口の前には小屋があった。私はその小屋のテラスの中に入り、辺りを一周した。ドアの前に言って、現在地が書かれている地図を写真に撮り、テラスを出た。

私はそこにたち、動きのない、霧のかかった山を眺めた。そして考えに耽った。さあ、そろそろ戻ろう。

旅路につく前に昼食とするか。4階の喫茶店で食べればいい。そうすれば北アルプスの景観を見ながらその食事ができる。4階までたどり着けたら、そこにはご褒美が待っているわけだから。

「マウントビュー」4階に上がって、券売機の前に並んだ。メニューにはビーフカレーがあった。ビーフカレーにはアニマルライツというものがない。ビーフカレーはどうも好きになれない。牛の悲鳴が聞こえてくる。

私はこうしてそばを食べ続けている。雲海そばを食べたのだ。まったくのところ冷凍そば?ときたら。そして冷凍のそばはいつだって同じものだ。冷凍のそばはいつだってーちょっと待ってくれ。冷凍のそばにかかわっている暇はない。

私は階段を下り、売店に足を踏み入れた。売店にはロープウェイ山頂駅の商品を多数取り揃えていた。日常の世界を離れてから長い時間が経過していた。私はロープウェイの乗り場まで歩き、そこで長い間、長い列で待った。そして我々はロープウェイに乗り下山した。

下山し、駐車場に戻り、服を着替え、それから平湯大滝へ向かった。簡単な軽食にお菓子を食べた。

どうして滝に行かなくてはならない?

滝まで行って、それを眺めたり撫でたりして楽しむことができる。近くには平湯温泉もあり、風情豊かな温泉街に散策し、足湯や露天風呂で体を癒やすことだってできる。それも悪くないが、人混みが多くいまひとつ気が進まなかった。

平湯大滝にたどり着くまでけっこう時間がかかった。途中でサフォーク種の羊の群れを牧草地で見かけた。平湯温泉大滝は落差が64mあった。飛騨3大名瀑に数えられている。

その壮大さは日本では他に類を見ないかもしれない。ずいぶんエレガントに見えた。私は真剣な目で滝を見た。そして平湯大滝林道を歩き、帰った。

それらは記憶に残っている奥飛騨の最後の夏の出来事であった。

p.s. 写真「西穂高岳からみた秋の笠ヶ岳」(2021年9月12日撮影)

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