夜が明けますように(サンプル)※通販開始

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第二十九回文学フリマ東京(2019/11/24(日))にて同人誌を発行予定です。
根暗な少年とリアクションに乏しい美しい人魚の少女が出会う物語です。
よろしくお願いします。
以下リンクと、本文サンプルです。
雰囲気がお気に召したらぜひ、お手に取っていただければと思います!
A5サイズ 150p 500円 にて頒布いたします。
ブース番号 タ-30

第二十九回文学フリマ東京 (2019/11/24(日))|文学フリマ https://bunfree.net/event/tokyo29/

BOOTHにて通販も開始しました。
https://yasuharukawa.booth.pm/items/1630347
よろしければご利用ください。


夜が明けますように



   Scene1 青い部屋


 青い部屋にファンの影が落ちる。
 うす青の光はブラインドの隙間から部屋に横じまの模様を描く。
 時計の音が静かに、響いている。

 少年はソファで眠る。

 カチコチと秒針の音が降る。
 パーカーの袖口から骨ばった華奢な手首が覗いた。
 妙な角度に曲がった首にはうっすらと喉仏が見え、
 それが規則的に動いて呼吸を表した。

 孤独の青、

 時計は動いているのに時間が止まっているようだった。
 秒針は永遠に動き続けるようだった。
 音があるのに静寂が耳に痛い。
 少年は静かに呼吸を続けている。
 永遠に眠り続けるかのようだった。

 誰もいない完璧な世界だった。






   Scene2 海の底


 数多の手に押されて夜の空気と夜の海の境目を強引に沈んで越えた。
 無意識にもがく手は本能と裏腹に夜の海底へ加速する如く、
 身体のいたるところから気泡が現れては、
 こちらをあざ笑うように見下して無邪気に浮上して逃げていく。
 星のように輝きながら。

 海の底からなにか大きな手が、
 背中から伸びる糸でもゆっくり引っ張るみたいに、
 身体はゆっくりと闇に誘われ落ちていく。

 揺れ動く海の音、
 くぐもった水音。

 もがく腕の遥か彼方に光。

 生きていたいのか死んでしまいたいのかわからない。

 沈んでいく自己を感じて心臓が早鐘を打つのに、
 魂の奥底がひどく安堵するのを感じる、ああ。
 もうこれで終わる。
 全部終わるといい。

 やっと返せる。

 視界が明滅を繰り返して、
 グラデーションに暗くなっていく。
 力が尽きて、
 無抵抗に落ちていく、
 闇へ。深い闇へ。

 魂のリボンが解ける寸前、
 誰かの手が、彼を掴んだ。






   Scene3 人魚


 黒髪を湛えた美しい少女だった。
 生まれたばかりのような顔をしてこちらを見ていた。

 打ち上げられた砂浜、
 言葉の出ない彼の視線に小首をかしげた。

 深く深く塗り込めた漆のような、
 とろりと美しく水分を含んだ黒い髪を持っていた。

 真っ黒なのに揺れれば青の気配を感じる、
 不思議な瞳の色をしていた。

 白い両足に、あおやみどりの美しい鱗が輝いている。

 いきがくるしい。
 空気をさがすように、口をはくはくと、動かす。

 彼女が自分を助けたのか、彼には分からなかった。

 名前は、ときく。

 小首をかしげた。

 ことばをもたないようだった。








   Scene4 浴槽


 浴槽に冷たい水を張る。
 彼女はそこに、白い足を差し入れた。
 宝石みたいに輝く鱗を湛えた足を。

 この世のことなんて何も分からない美しい瞳で彼を見た。
 彼はその瞳を、黙って眺めた。
 満天の星空のような輝かしく眩いばかりの純粋な瞳だった。
 その瞳の光が少年の昏い眼差しを照らし出すことはなかった。

 吐きそうだった。

 美しくて儚くて繊細で壊れそうだった。
 純粋で無垢で綺麗で、
 きれいで、

 遠い星の光を見るように彼は彼女を見た。
 どんなに眩しくても眺めていられた。
 その光が届くことはないと分かっているから。

 拳を、握る。

 どうしたらいいかわからなかった。

 こわしたくなかった。






   Scene5 小さな手


 小さな手が泡を散らしてもがいた。
 茶色の水、
 華奢な体は波に翻弄されていともたやすく流されていく。
 大きな泡の塊が、
 小さな口の隙間からぞろりと這い出した。

 このまま自分が死ぬことを、悟っていた。

 少年は腕を伸ばした。

 伸ばす腕の先、
 そのどこかに彼の妹がいるはずだった。

 自分は死んでもいい、
 ただ妹だけは。

 あてもなく伸ばされた腕の先、
 途方もなく広がる荒波に妹を見つけ出せるはずもない。

 けれど、

 たすけたいの?

 声が聞こえた。
 微かな声だった。

 幻聴だった、それとも、
 それでも。

 たすけたい、

 少年は願った。







   Scene6 青い水


 ファンが回っている。
 青い天井に、ブラインドのストライプが走る。
 夜だ。
 エンジン音が遠く聞こえてくる。

 こちらを覗きこむ顔。

「……」
 自分の手渡したストライプのシャツ。
 黒髪が、流れていく。
 ブラインドから漏れだした夜の青が、
 彼女の白い肌を柔らかく彩った。

 水が飲みたいと思った。

 ソファから身を起こせば、彼女は身を引いた。

 裸足でフローリングを踏む間に、背後で気配が動いた。

 振り返ればそこに膝を抱えて座る少女を見た。
 腰まである黒髪が無造作に散らばっている。
 彼女はまだ彼のことを見ていた。

 ショートパンツの白い脚に、あおい宝石の剥片が埋まっている。

 冷蔵庫の扉を開けた。
 ミネラルウォーターを一本取りだして、
 ひといきに呷った。

 青い水が喉を通って身体に染みこんでいく。

 どこかでクラクションが鳴っている。






   Scene7 光


 朝の光だった。
 彼女はベッドから抜け出した。

 カーテンを開けば薄明かりはすべてを浄化する朝陽へと変じた。
 空を飛んでいく鳥が二羽。
 窓から見える青空の面積は限りなく狭い。

 大振りのパーカーに袖を通す。

 扉を開けばその先はいつも青、
 明かりはない、
 ブラインドから微かに光が漏れている。

 光が青い部屋を走る。
 背もたれに遮られて、
 彼に光は届かない。

 ソファに沈み込んで少年が眠っていた。

 何かから己を守るように体を丸めて寝ていた。
 前髪に覆われて表情は見えず、
 ただ微かに開いた唇から呼吸を繰り返した。

 少女は少年を見下ろしている。

 少年が、嚥下のため、喉を動かした。

「……逃げないの」

 掠れた声だった。
 彼は重たい前髪の隙間から、彼女を見た。
 彼女は小さくうなずいた。


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創作小説を書いていきます。よろしくおねがいします。
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