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H・M・エンツェンスベルガー「基本法第五条第三節の施行規則」翻訳+解説

Ausführungsbestimmungen zu Artikel 5, Absatz 3 GG

第一条 芸術は自由である。
第二条 芸術家は無害で目立たない、
    定期的な収入のある、
    良き夫であることが
    禁じられている。
第三条 芸術家は我慢するよう
    義務付けられている。
    反社会的な不器用さ、
    鼻持ちならない殉教者、
    信じがたい胸糞悪さを
    演じることで、
    彼は生涯にわたって、
    無害で目立たない、
    定期的な収入のある
    良き夫たちを怒らせ、
    退屈させ、そして
    楽しませることできる。

(Aus: Leichter als Luft

◆解説
一体この物々しいタイトルは何かと思われる方がいるかもしれないが、これも詩である。表題にある「基本法(GG)」とはドイツ連邦共和国基本法のことを指しており、その第五条の内容は、学問の自由の保障である。さらに、その第三節には「芸術や学問、研究ならびに教育は自由である。教育の自由は憲法に対する忠誠を免れるものではない」と書かれている。つまるところ、この詩の立ち位置としては、この第三節の内容についての施行規則という体裁を取っている。
そして詩の内容としては、基本的に読んで字のごとくだが、芸術家は「無害で目立たない」、「定期的な収入のある、良き夫であること」が「禁じられている」。その代わりに、「反社会的な不器用さ、鼻持ちならない殉教者、信じがたい胸糞悪さ」を、我慢して「演じること」によって、「無害で目立たない、定期的な収入のある、良き夫たち」を怒らせたり退屈させたり、あるいは楽しませたりすることができるのである。平たく言えば、苦痛を耐え忍ぶことで、芸術家は人々を感動させることができると言える。ここには、(おそらく自分自身も含めているのだろうか)芸術家の置かれた経済的不安定さに、ややもすれば斜に構えた態度をとりながらも、そうすることでしか人々に印象を与えることができない芸術家の二面性を指摘している、といったことも言えるだろう。
この詩が収録されている『空気よりも軽い』という詩集は1999年に出たものだが、訳者の見立てでは、こうした「規則」や「法則」といったものに対して付加的に詩を書くというスタイルを、エンツェンスベルガーは90年代以降、意識的に取っていた。例えば1995年の『キオスク』という詩集では、「減軽構成要件」という、ある人が犯罪を犯した場合にその罪が軽減される場合についての詩を書いていたり、2003年に出た『雲の歴史』では、「議会的に」という、詩が完成するまでの行程をまさに「議会的に」描くといった試みがなされたりしている。90年代以降の彼の詩は日本ではほとんど触れられていないため、それらもまたいずれ紹介したい。

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