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少年たちの復習


 羽田空港からの帰りで、スーツケースを持った長い電車移動の途中だった。まださらに40分ちかく乗らなければならなかったので、乗り換えた電車に空席をひとつ見つけてほっとした。電車は進むにつれみるみる混んでいき、視界は人の壁でいっぱいになった。

 一息つくと、左隣に小学生男子二人組が座っていたことに気がついた。もう21時を過ぎていたのに、進学塾の帰りなのかプリントを持って熱心に復習している。そんなに大きくないように見えたけど、プリントには「小6」と書いてあった。

 とくに真隣の男の子の熱心度は高く、「うーんと、うーんと」といいながら算数の比の問題を解いている。うーんとうーんと、って架空の台詞じゃなかったんだ。
 前に塾で教えてきたときは、勉強が苦手だったり嫌いだったりする生徒を多く教えていたので、こんなふうにゲームみたいに楽しく勉強ってできたんだなと思わさせられた。

 そんな彼とは違い、さらに左に座る男の子は冷静で、社会のテキストを片手で持っている。その、冷太(れいた)のテキストを、温太(ぬくた)が覗きこんだ。

「あ、これ大化の改新でしょ? えっとえっと、大化の改新は『なかのおおえの』とー、そがのうま……いるかだったー!」

 一番気になるところがあるけど、まず中大兄皇子を略しているのがなんともラブリーだ。それから、蘇我入鹿はたしかにインパクトのある名前だったけど、イルカじゃなく「動物の名前」だって覚えるからそういうことになるんだ。
 この後も温太はかわいさを爆発させ続けた。

 二人ともやることをコロコロ変え(電車内でこれを終わらせようと決めているのかもしれない)、続いて理科のプリントを取り出した。一枚のプリントを二人で見ながら温太が言った。「尿は尿管をとおってー、アンモニア水になるんだっけ?」
「アンモニア水じゃないでしょ」冷太がクールに返答した。それでも温太のクエスチョンは止まらない。
「おしっこって何性だっけ? アルカリ性?」
「アルカリせ……」と言いかけた冷太が、突然小声になって「ここでこういう話するのやめようよ!」と注意した。
 確かに。彼らの周りは人だらけ。
「あ!」と温太は口に出して言ったあと、「そっかー!」と笑った。

 そのうち温太が、持っていたプリントをガサガサとリュックにしまい始めた。降りる駅が先に近づいてきたらしい。リュックのボタンをぱちんと留め、駅への到着を伝えるアナウンスが聞こえると、スーツを来た大人だらけの中にポツンと立ち上がった。
 電車のドアがいよいよ開きそうになると、温太は冷太のほうを振りむいて、右手を軽く振りながら、

「じゃあねー、あいしてるよー」

と言った。突然言った。酔ったおじさんみたいに言った。本当に言った。
 口を閉じたまま目を大きく見開く、まるで目の前で恋人たちがキスをしたときのような表情を小6の男子にさせられた。相当驚いている俺の横には、まったく動じていない冷太が座っている。いつも言ってるのかよ。
 控えめに言って最高。温太、俺も君が好きだ。


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