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<壺中日月長>菱田賢治インタビュー

白白庵企画「壺中日月長」
インタビュー企画最終回は菱田賢治。
「陶胎漆器」を中心に白白庵ではご紹介しています。
時には重厚な漆芸作品を手掛けながら、陶と漆のハイブリッドな魅力を携えて独自の道を切り拓く作家の言葉を、その作品と共にお楽しみください。

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菱田賢治作品(白白庵『壺中日月長』)


○コロナ禍での制作について

ーこの新型コロナ禍でどのような変化がありましたか?


まず、展覧会が軒並みweb上で催されるようになりました。
SNSを通じて展覧会を知った方や遠方の方、更には初めて僕の作品を購入した、といった新しいお客様との出会いが増えました。

そのようにお客様との接点やツールが変化すると、当然購買層が変わり、売れるアイテムも変わります。
「モノを作る」という行為において「伝える」と「繋ぐ」という概念を忘れてはなりません。
それを忘れればただの自分勝手な押し付けとなってしまいます。

「伝える」とは作品に込めた想いを、見る人や買う人に伝えることです。
お話をして対面販売をする場合と、webで販売するのでは「伝える」という点で大きな違いがあります。
ですから想いを伝えられるようにこうしてwebも使わなければならなくなりました(笑)。
これからは益々SNSやwebサイトが重要になっていくと思います。
作品制作だけではなく「伝える」ために写真、文章を強化していかなければなりません。

ー制作する作品そのものも変化しましたか?

僕の場合は漆を塗って仕上げるため、制作に年単位で時間が必要です。
作り始めて完成するまでに一年くらいかかります。

今作り始めているものに関しては自宅でゆっくり楽しむような作品が増えていますが、それを発表する機会はまた来年以降となります。

器と食は連動していますから、コロナ禍で家での食事、家族との食事が増えて日常に使える器を見直される方が増えたように思います。日本酒用の器もこだわりを持って選ぶ方が増えましたね。
今後、自分用の器にこだわりを持つ可能性がある方々にも、量産品とは違った魅力を伝えていきたいと思います。

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菱田賢治作品(白白庵「壺中日月長」)


ー「繋ぐ」という概念についてはどのようにお考えでしょうか?

漆の世界では分業制が中心になっています。
木材をはじめとした原材料屋、そして木地師がいて塗師も工程別で分かれていて、更には蒔絵や仕上げの研ぎ出し専門の方もいる。
人の仕事の間に立って、自分も仕事をしているという意識が必要です。
一人の作り手だけではなくて、いろんな人の協力や思いがこもっています。
それをお客様まで届ける、という意味での「繋ぐ」がまずひとつ。


そして歴史的に伝統として受け継がれてきた技法があります。
代々の職人さんたちが様々に試してきた中で生き残った技法が現代に使われています。
そうした先人の知恵を「繋ぐ」という意味でもあります。

パッと思いついたことに振り回されるような制作をしてばかりでは、作品も自分勝手なものになってしまい、飽きられて消えていくのではといつも考えています。

ーその先で作品が更に「繋ぐ」役割を担うのでしょうか。

ひとつのうつわから始まって、今まで出会っていなかった何かや誰かと出会って繋がっていく。
僕の作品がそういうきっかけになってくれたら嬉しいですね。

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「屈輪紋志野茶碗」

○制作について

大学生の頃、陶芸教室に通い始めたのがきっかけで焼物を始めました。
漆でものづくりを始めたのも40歳くらいの頃です。

ほぼ独学です。どこかで修行したわけではありませんので、技術的に良く分かっていないこともたくさんあります。
しかし習ってないからこそできることもあります。

漆を始めた頃には当然ながら木にばかり塗っていましたが、他の素材にも塗布できると知り、自分で作った陶器に塗ってみたことが現在の作風に至るきっかけです。
それが「陶胎漆器」と呼ばれる物であることはその後になって知りました。


○陶漆黒茶碗

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「陶漆黒茶碗」

陶芸の技法のみですと、どうしても偶発的な部分が発生します。
もちろん、窯の中での偶然が生み出す良さもありますのでそこに期待するところもあります。

漆は100%コントロールできます。
コントロールせねばならない仕事です。

この作品はあえて釉薬をかけずに焼成し、漆で完全にコントロールされた意図的な景色を作り上げました。

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銀箔を貼って剥がしたり、また漆の中に珪藻土の粉を混ぜて何層にも塗り上げてます。
筆の使い方で、かせた感じを表現しています。かすれて見える箇所も全て意図しています。


○陶漆建水

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「陶漆建水」

まず表も裏も純銀の箔で全て覆い、それを硫黄で硫化銀にしました。
そして内側には金砂粉を撒き、漆で仕上げました。

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建水は湯こぼしですから、中に金が入っていると乱反射して色味が映えます。
お抹茶が緑色なので茶碗の内側に金を使っても隠れてしまいますが、湯こぼしならば綺麗に光ってくれます。目立たないところですが、道具を使う人にだけの楽しみです。
形は仏具の鉄鉢を模しています。外側の線彫はそのイメージです。


○結晶緑釉茶碗

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「結晶緑釉茶碗」

この景色が出るように釉薬を「切り掛け」し、土の見える部分を残したまま焼成しました。
そして土の部分に漆で下地を塗り、黒漆の上に銀箔を貼って研ぎ出しています。

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ー光の当て方で色が全く違って見えますね。


銀箔の上にも薄く漆を塗っています。
漆は薄い茶色なのでそれを通過することで様々な景色が生じます。
漆越しに透ける銀箔が良い表情を見せてくれます。


○屈輪紋志野茶碗

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「屈輪紋志野茶碗」

屈輪紋(ぐりもん)を彫って志野釉を施しました。
この模様は縄文時代からある面白い紋様です。

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刷毛塗りで釉薬の厚みを調節しています。
厚く塗るところはわざと分厚くして雪化粧のように、薄くしたところは土が紅色に浮かびます。
つまりこの景色も作為を持ってコントロールして作り出しています。

柄杓でザバっと釉薬をかけるとこのようにはなりません。


○油揚手茶碗

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「油揚手茶碗」

漆は全ての作品に塗っています。
これも漆の色が重なって、いわゆる「黄瀬戸」の色とは少し違うかもしれません。
この作品に使った粘土は焼成後でも水が滲みやすいので、漆を含浸させて水止めしています。

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元々釉薬は作り溜めをしません。小さなバケツに少し作って茶碗をいくつか制作したら、その釉薬はおしまいです。
例えば釉薬原料の「長石」でも何十種類も使っていますので、同じ組み合わせのものはありません。


○長石釉茶碗

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「長石釉茶碗」

この粘土はうちの庭で掘ったもの、つまり伊豆の原土です。
石が混じっていてものすごく荒いんです。

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こうした荒い土は焼成する時に内側から水蒸気やガスがたくさん出て、釉薬を持ち上げ、火山みたいなボコボコの状態になります。
その隙間が開いたところに漆を染み込ませて水漏れしないように仕上げています。


○緑釉茶碗

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「緑釉茶碗」

窯の中で窯変がかかって、紫がかったピンク色のようになっている部分。
これは偶然なんです。たまたま良い景色が出たのでこちらを正面にしました。不思議な反応です。

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こういう普通の茶碗が素直で使いやすいんです。
声を大にして言いたいです(笑)。


○今後の茶の湯に期待する事


いわゆる「茶道」という歴史的・文化的に伝統化された分野と、もっと気軽に茶を頂く「喫茶」という流れがあって、それは分けて考えなければなりません。
道具を作る側も、それを使う場、使う人を知らなければ的外れになります。「茶道」が敷居が高く、「喫茶」がその入門編なのではありません。全く違うと思った方がいいと考えます。

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「陶漆黒茶碗」


そして求められる道具も違います。
「茶道」の道具として作る時には大きさや重さ、高台の作り方など、お茶席用に厳密に作ります。茶道の中での決まり事や定番となっているフォーマットを重視します。その方がお茶席で使いやすいからです。

「写し」はほとんどやりませんが、手本となるような道具には良いところがあるからこそ今の時代に受け継がれています。
茶道具の場合には、その良い部分を良く観察して作るようにしています。

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「陶漆建水」

今回『壺中日月長』に出品している作品は「喫茶」のものです。
「茶道」は形式を使って文化や精神性を学ぶ場なので、師につかなければなりません。
「喫茶」では気軽にお抹茶を楽しんでいただければ良いのです。


茶の湯に期待することは、茶会や茶室で茶を頂く機会がもっと増えればいいな、と思います。そして日常の生活で飲むコーヒーや紅茶のように、家庭で抹茶も楽しめればいい。

接する機会がまだまだ少ないので、どうしたらまずお抹茶を楽しんでいただけるのか、道具を作る我々はギャラリーなどの場と、お茶をすでに習っている方、教えている方、などと連携してお茶に接する機会を作れたらなと思います。

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「結晶緑釉茶碗」


先日、オンライン茶会に参加してみたんです。
その会では御茶菓子が送られてきて、各自でお茶を点てて楽しむ。
20名ほど参加されていて、物理的な場所の制約がない分、コミニュケーションの可能性として大きなものを感じました。
いわゆる茶室という空間で行われていた文化理解や、横の繋がりの楽しみといったコミニュケーションの一部をオンラインに移行することは可能です。
そうした動きも今後活発になることを期待します。

<白白庵オンラインショップ「壺中日月長」特設ページはこちら>





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