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二一世紀の陰翳礼讃 伊豆野一政

優れた問いは、優れた答えに勝る、と言います。
「答え」とは既にそこに収束した帰結点であり、「問い」は可能性です。
「優れた問い」は無数の「優れた答え」の可能性を含みます。

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伊豆野一政『林檎像』

伊豆野一政さんはユニークな問いの立て方をする陶芸家です。
彼なりの目標地点(もしくは通過点)が定まっているが故に、そこに至るまでの「問い」を作品と言う形でアウトプットするのが伊豆野式のようです。
彼の作品はそれそのものが答えではなく、そこに至る道筋を我々に指し示すヒントである、とも言えます。

学生の頃はグラフィックデザインを学んでいた彼は極彩色のサイケデリックデザインに大きな影響を受けたそうです。
そして同時に、一見その対極にある「わび・さび」の世界観にも強く惹かれたそうです。
そして大学卒業後は縁あって茶陶の大家である寺外窯・杉本貞光氏に師事します。「入門と同時にまず山から石を運ばされた」ところからスタートする修行時代に彼は禅や茶ノ湯の根底にある思想を文字通り身体に叩き込まれたようです。

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2019年白白庵個展『SHINSO』より

そして彼が辿り着いたのは、自然美や極彩色を最も鮮やかに見せるための対比、影となる事で主たる物事を浮かび上がらせる手法でした。
そして同時に、「あるがまま」を感じさせるために周到に張り巡らされた作為の存在にも気づいたのです。

対比という点について、いつだったか、茶道具の水指についてこんな会話を交わしました。
僕には伊賀焼や信楽焼のような荒々しい土物を水指とする感覚がよくわからなかった。磁器を使った方が清潔だし、同じ陶器でももっと涼しげに見えるものはたくさんあるのに、何故こんな荒々しく小汚い焼物に水を入れるのか不思議でした。

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伊豆野一政『建水と蓋置』


「でもその方が水が綺麗に見えるんだよ」と。
伊豆野さんもかつて同じ疑問を持ったそうです。
杉本先生に同じように言われたそうです。
そして信楽の山の中で小川のせせらぎを見て、ああそう言う事か、と納得したそうです。
要するに対比である、と。荒々しい岩肌や土に滴る水はそれはもう美しかった。水指がゴツゴツして色味が重たいからこそ、水が透き通る姿を僕らの目に映し出すのです。

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伊豆野一政『がま茶碗』

彼のトレードマークとなる作品シリーズはあたかも古物のように、まるで出土品かのようなテクスチャーと色を纏います。
釉薬をかけて焼いたものをグラインダーで削り焼き直し、また釉薬をかけて焼いて削り・・・といった工程を何度も繰り返す事でこの風合いは生まれます。元々は信楽の薪窯で何度も温度が上下する事で生まれる風合いを電気窯で再現しようとしたところから辿り着いた技法です。
元の釉薬には緑色が含まれ、その雰囲気はその黒っぽさの中で微かに見出されます。黒が抹茶の緑の対比となり、微かな緑色の痕跡が抹茶の色を馴染ませるのです。

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伊豆野一政『茶盌』

そして昨年の個展『SHINSO』ではそうして作られた茶盌を割り、本来の姿とは異なる形に継ぐ事で、作為と偶然性の二律背反を作品に同居させました。
それは自己矛盾ではなく、シームレスに落とし込まれています。
作為と自然は対極ではなく、表裏一体であると述べるかのように。

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2019年白白庵個展『SHINSO』オープニングパーティー

彼にとって、オブジェのシリーズはまたある種の「器」でもあります。
まさに料理を盛り付けて遊ぶ事もあれば、またはそれがそこにある事で空間の在り方を切り取り変質させる「器」です。
そもそも「器」とはその空たる部分、つまりは何かを受け止める空間こそがその主体とも言い換えられます。
「器」それ自体のフォルムや重量、手触り等の物性と共に、「どのように空間を切り取るか」「どのように何かを受け止めるか」という在り方が問われます。
自ずから影となり、受け止め方と対象物の見せ方に対して強く重きを置いた伊豆野作品は、それ自体は捻りに捻くれたやり方で、「禅」をベースにした日本的な美意識の根幹へとダイレクトに我々を導くのです。

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伊豆野一政『祈る人b』

伊豆野さんの個展も本来であればこの5月に白白庵で開催予定でした。
そこで発表されるはずで合った新作たちは、奇しくも「祈り」をテーマとしたオブジェがメインでした。

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伊豆野一政『いも茶碗』

そして「いも茶碗」と題された新シリーズの茶碗。
その一部は白白庵のオンラインショップで紹介しています。
これらの作品についての話はまた次回に続けるとします。
まずはこんな前置きを頭の片隅に、じっと伊豆野作品を覗きこんでみてはいかがでしょうか。

https://pakupakuan.shop/collections/%E4%BC%8A%E8%B1%86%E9%87%8E%E4%B8%80%E6%94%BF-%E4%BD%9C%E5%93%81%E4%B8%80%E8%A6%A7


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