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その微笑みが懐かしい―山田康雄の命日に寄せて

はじめに

そんなわけなもんでこれから喋るのは何を隠そう山田康雄です。
ちょっぴり浮気っぽくって宙ぶらりん。ま、大したことは言わないからね。
暇潰しに聴いてちょうだい。でも最後まで聞いてくんなくっちゃイヤ。

テアトル・エコー ボイスサンプルより

山田康雄が所属した劇団が業界に配ったボイスサンプル(70年代後半から80年代に録音?)の冒頭である。
約10秒。まさに立て板に水。しゃべりの調子としては、「ルパン三世 カリオストロの城」(1979年)のラスト、クラリスに対して発せられる以下の台詞の調子に近い。

困ったことがあったらね、いつでも言いな。おじさんは、地球の裏側からだってすぐ飛んできてやるからな

「ルパン三世 カリオストロの城」より

ボイスサンプルと言うと、自分が売りとする良い声で詩や小説の朗読から始まるものが多いが、山田康雄は一味違う。
軽快な調子。ちゃらんぽらんな雰囲気と僅かな照れ。そして可愛げと寂しがり屋の一面が感じられる良いサンプルだ。

本日は山田康雄の命日。没後27年が経つ。
今回は代表作としてはあまり紹介されることは無いが、山田康雄の名調子が聞ける作品を紹介して故人を偲びたいと思う。

リオの男(1964年/吹替版1976年)

山田康雄の持ち役の一人、ジャン=ポール・ベルモンド主演のアクション・コメディ映画。2021年の「ベルモンド映画総選挙」では1位となった人気作。

へっへっへへ~、一週間の休暇、ココココココココケッコ~ってアハハハ

冒頭

開口一番、コレである。シリアスなドラマにも主演するベルモンドだが、この第一声で本作がコメディであることが分かるほどだ。

いや俺は見たんだよ?誘拐現場を。あそこに立ってたんだ。
それは闇夜だった。車から降り立つ二人の男。黒いコートに身を包み、
音も立てずに道を横切り、そぉっと教授の後ろに忍び寄った!
そしてガバァっと!あら大変だ!アグネス!アグネスがやられちゃった!

冒頭、警部との会話

アクションシーンが多く決して台詞は多くないが、山田の吹き替えるベルモンドは全て軽快。イーストウッドのような渋みや男臭さは無く、収録時期からも後のルパン三世TV第2シリーズ(1977年~1980年)を彷彿とさせる。この軽妙洒脱ぶりが新劇から特に喜劇役者として開花した彼の持ち味だろう。

ちなみに本作の作風やベルモンドを山田が吹き替えていることから、「ベルモンドはルパンの元になった」と言われることがあるが、原作者モンキー・パンチからはそのような発言は無い。
原作「ルパン三世」は当時大流行した007のスパイ物とモーリス・ルブランのアルセーヌ・ルパンを掛け合わせたものであり、本作も世界を股に掛けた冒険旅行という点で007の流れを汲む。その点で源流が同じである可能性はある。

ピノキオ(ディズニー・1983年公開版)

言わずと知れたディズニー映画の古典的名作。原作童話を超える知名度を持つ。
山田の役どころは、ピノキオを甘い言葉で人形一座に誘い、一座のボスから大金をせしめようとするきつねの詐欺師「正直ジョン」。
正直ジョンはきつねらしく狡猾な頭脳を持つがどこか憎めない悪党で、フサフサのシッポと短足も可愛らしい。言葉巧みにピノキオを劇場に誘う様は、ケレン味たっぷりで特に歌唱シーンは山田節が光る。
近年、ディズニー作品の吹替版は歌唱シーンになると別の演者が務めることも多いが、本作は山田自身が歌唱しているのが嬉しい。

この「ピノキオ」は1983年に劇場公開される際に吹替が新録されたが、公開当時は一部カットされていたようで、その後VHS発売に合わせて1993年に追加収録されている。
1993年は山田も存命中で、追加収録も山田康雄本人の声だが、この頃より声の衰えが顕著になっており、本作の追加収録部分も少ししゃがれた声である。
結果的ではあるが、山田康雄の声質の変化が一つの作品内で楽しめる珍しい作品となっている。

ルパン三世 バビロンの黄金伝説(1985年)

ルパン三世の劇場版第3作。
TV第3シリーズ放送中の作品で、TV第3シリーズと共に前2作(ルパンVS複製人間、カリオストロの城)に比べ影の薄い作品。
準備稿の段階で監督(押井守)が降板、結果的に監督・脚本が2人体制となり、作品として間延びした印象がある。また、脚本家・浦沢義雄らしいシュールな展開が好まれないこともある。

一般に作品の評価はイマイチだが、山田康雄のルパン三世としては最も脂の乗った時期の作品であり、作品の雰囲気と相俟って、全編に渡って軽快で、「帰ってくれ、帰ってくれ、か~えってくれ!」「タカラッタカラッタカラッ行き止まり!」などその台詞まわしは聞いていて心地いい。

また、以下のようなアドリブとも思える台詞もあり、声によって作品やキャラクターの面白さを倍増させる声優の真骨頂を聞くことが出来る。

そそらそらそらお札のダンス~♪バラッバラッバラバ…ゼニゼニ!ジェニジェニ!

冒頭のチェイス後、サムから掛け金を奪い取るシーン

バビロンの宝の秘密を、こともあろうにマザーグースの歌に仕込んどくなんて、バビロニア人も、洒落たマネをしたもんでバビロ~ン

イラク・バベルの塔内部でのシーン

さらに「山田弁」とも言える独特のイントネーションもこの頃には完成されており、後に栗田貫一が指摘する「~けっどもが」(「けれども」の意)なども本作には登場している。

おわりに

冒頭のボイスサンプルは以下のように締められる。
終わりまで軽やかでお洒落でどこか音楽的なリズムも感じる喋り。
それは即興で巧みな変化を魅せるジャズのようだ。

ルパン三世。
まぁこれが当たったていうか決定的っていうか。
地方公演なんて行ってごらんなさいよ、みんな俺のことルパン三世だと思ってやんの。再放送やりすぎなんだよ。
その上だよ?浅草の出身ですか?なんて、言われちゃったりしてこの頃。
俺、新劇。センキュー。

テアトル・エコー ボイスサンプルより
そのほほえみが懐かしい


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