指導者を考える②

テーマ「選手の自主性」

 「うちのチームは選手の自主性を大切にしています。」よく耳にしますね。ここにおける「自主性」(以下 想像される自主性)は、ニュアンスとしては「選手自らが考え、率先して行動する」ことではないでしょうか。実際には、その一文に「主体性、能動性、積極性」などの意味も含まれています。しかし、意味はそれぞれ異なります。そこで、「選手自らが考え、率先して行動する」ために、指導者がそれぞれの意味の違いを把握した上で指導をすべきであると主張します。また、「想像される自主性」を引き出すこと、育むことがされていないとしばしば感じます。「想像される自主性」は引き出し、育むものです。今回は、意味の違いを明確にしたうえで、どのように育成すべきかを書きました。

意味の違いの把握することの必要性

自主性:指示を受けて自ら進んで行う。               ex) 得点したら試合に出してもらえると言われたから、得点をとる練習をしよう。

主体性:何も指示を受けていないなかで、自らの意思で行う       ex) 試合に出るために得点してアピールしたい。だから得点をとる練習をしよう。

能動性:自ら他者に働きかけ、影響を与えること           ex) 試合で勝つために、ミーティングで自分の思いを伝えてチームメイトの士気を高める。

積極性:指示の有無にかかわらず、意欲的に行う            ex) ミーティングで自分の思いを伝える。

この4つの違いが分かるでしょうか。分かりにくければ、自主的に調べてください。また、間違っていたら指摘してください。

なぜ「自主性」の一言で片づけてはいけないのか、理由は2つあります。1つは個人間で差が生まれるからです。2つ目は、「自主性」の一言だけでは「想像の自主性」を叶えられず、ただの放置になりかねないからです。

例えば、負けている試合でハーフタイムに選手同士の話合いをさせます。話合いに加わらない選手に能動性、積極性はあるのでしょうか。また、話合いを「させる」と言った時点で主体性はありません。すると残るのは、他の意味を除いた「自主性」のみです。そして、指導者が話し始めたら話題は別のものになってしまう。

これは「選手自らが考え、率先して行動する」には程遠いです。また、話し合った結果、改善に向かったのでしょうか。向かわなければ、考えたことが否定されてしまいます。

「想像される自主性」は指導者が引き出し、育む

 「選手自らが考え、率先して行動する」ために、僕が考えた手順は

①とにかくやってみるを植え付ける→積極性

②やってみて見出した課題を与える→自主性              (取り組み方は委ねる)

③クリアしたらフィードバックして考え方を教える→主体性       (次からは①②を自分で)

④考える規模をチームや組織に広げ、伝えることの重要性を説く→能動性 です。

このように、段階を踏んで1つずつ育むことで「想像される自主性」が現実になります。このように、「想像される自主性」は育むことができるのです。

「自主性=放置ではない。」 心にとめて指導すべきではないでしょうか。

指導者にできることはまだまだあるはず。

長々と失礼しました。ありがとうございました。

前回のnoteに対して、文章の書き方や育成をどの観点から見るかなど、様々な貴重なご意見ありがとうございました。今回も貴重なご意見お待ちしております。

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サッカーから抜け出せなくなった人間。
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