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マイナス金利を生きる

※これは2016年9月21日に書いた記事です。

1.状況の解説
 マイナス金利という“理解し難い”金融政策が実施されてから早くも半年。日本銀行総裁の強力なリーダーシップと、参議院選挙でも大勝の与党の双方に支持されているのだから、それが理解し難かろうと、理論的に問題があろうとしばらくはこのままだろう。

 日銀総裁の交代が予定されている2018年4月までは“マイナス時代”が続くのである。
 小論の目的は、このマイナス金利の時代に起きそうなことは何か、そのことで日本経済の構造がどう変わるか、さらには私達は、個人としてあるいは小企業の経営者としていかに対応するべきかを探ることである。

ありえない!

 経済学者の多くはマイナス金利と聞いて“そんなことありえない”と思うし、それが実施されたと聞いて一様に驚いた。そうでなかったのは、数学の概念上で可能なことは現実にも生じると考えてしまう純粋すぎる人々だろう。

 人々のレベルでは“それは何”が最初の反応だろう。お金を借りれば金利を払う。これは常識。親しい間柄で金利を取るなんて“えげつない”から、金利はタダのゼロ金利まではなんとか許容できても、マイナス金利は飲み込めない。お金を貸した側が金利を払う!それなら貸さなきゃいい。預金したら利息を取られる。それならキャッシュで持っていればよい。そのとおり!だからマイナス金利は庶民の持つ感覚になじまない。

 ではどこでマイナス金利は生じるの?あちこちに解説があるから詳しく述べる必要はない。要は、銀行・金融機関と中央銀行・日本銀行の間でそれは生じる。銀行は決済用の資金を日本銀行に預金している。これは商売をやる人が銀行に決済用の預金をしているのと同じだが、それが一段上の(下かも?)レベルでおきているわけだ。その銀行の預金に日銀がマイナス金利をつける。つまり銀行から利子を取ると言いだした。なんで、こんな無体が通るかというと、この場合の取引者の両側に理由がある。まず日銀。これは独占企業だし、さらに国家権力だから、ここの言うことに“イヤ”とは言えないのだ。預ける銀行の方の事情はといえば、他に預けるところがない、という単純な事情だ。利子をとられるぐらいなら、現金で持っていればと思うのだが、ここにはふたつばかり難問がある。

①金額が大きいと保管にかなりの場所がいる。それがあったとしても、今度は安全を確保するのに費用がかかる。もっとも、現代のお金はたいていの場合、電子化されていて場所なんかとらないのだけれど、システムの構築と安全の問題は残る。

②決済に際しては、現金だろうと電子マネーだろうとお金が出入りを繰り返すのだが、現在はその一切を日銀ネットというコンピューターシステムがやっている。日本にはこれに代わるものは、いまのところ民間の手にないのである。

 つまり、マイナス金利は日銀の専断であるが、諸銀行はそれに従うよりないのだ。といっても、日銀への預金は三種類・三層になっていてマイナス金利になるのは三階部分だけ。日本中で計算しても、いまのところ、せいぜい10兆円だそうだ。日銀はこれで儲けようとしているのではなく、“こんなところに置いとかないで貸し出せ”といっているのだけれど、収入増になることは間違いない。しかし儲かるのはここまでの話しで、日銀は後でみるように途方もない大損の要因を抱えている。

 さて、日銀というごく限られた場所でマイナス金利が作用しているだけなら、私達にはどうでもいいのだが、これは金融政策としてやっているのであり、他の部分に影響を与えようとしてやっている。既に述べたように、これまでのところ私達庶民の分野、企業レベルの貸借で目立った影響はない。ではどこで?それは国債市場である。

 長期金利(日本では1年以上)は国債の値段(市場価格)で決まる。これはよく考えてみると判ることだから説明しない。

【図1】「マーケットビュー」みずほ証券

 国債はほとんど毎月発行され専用の市場で取引されている。期間も1年から30年まで様々。これも常識だが、借金をすると長い期間の方が金利が高い。1年ものから10年、20年とある時点の金利を線で結ぶと右肩上がりになる。これをイールドカーブと呼ぶが、その推移と現状を示したのが【図1】だ。一番下の実線が2016年の5月31日に計測したものだが10年国債まで金利はマイナスである。いま100円で買うと10年後には元利合わせて計算しても100円にならない。え~!そんな!と叫びたくなるけど、これはホントなのだ。

 そんな国債、誰が買うの?良い質問です!
 買い手は主に証券会社。そして、お金が余って証券会社に運用を任せている機関投資家。しかしどうして?10年後に損するのに。それは10年間も保有するなんか考えていないから。数か月、せいぜい1年以内で売る。そのとき、100円で買ったものが100円10銭で売れるとすると0.1%のプラス。ここで同じ質問。誰が買うの?ここで日銀が登場する。最後の買い手は日銀でした。   
 重大な帰結がある。日銀の始めたマイナス金利というナンセンスは“日銀の支配権が及ぶ舞台”でしか展開していない。日銀が買い手として登場することがわかっているから国債の買い手は現れる。国債の発行元は国だから、国が発行し誰かに買わせて最終的に日銀が買う。こうして日銀の国債保有額は前代未聞の額になった。(注1) おそらく、日銀が途中買取をやめたら、まず国債の発行市場がマヒ、そして流通市場では保有者が不安にかられて投げ売り→暴落→長期金利の暴騰がおきる。

 これだけの恐怖の均衡の上に乗っかっているのだけど、金利はいくらと聞かれれば計算上はマイナスだから、それが他の長期金利に影響する。例えば住宅金利、(注2)。しかし、ここでも、じつはマイナスではない。銀行は預金を集めるのに今ではほとんど預金金利を払っていないけどマイナスではないから、住宅金利は限りなくゼロに近づくだけで決してマイナスにはならない。

日本だけじゃない。

 マイナス金利は諸外国でもやっている!確かに【表1】をみるとそうだ。しかしすべてヨーロッパの国だ。ECBはEUの中央銀行のこと。そして他はEUに加盟していない国々だ。これらの国は自国の外国為替相場を何とか安くしようとしている。理由は簡単。金利の安い国の通貨は安くなる。マイナス金利だと、その通貨を持っていると損をする。だから売る→外国為替相場は下がる→輸出の状況が改善する、を期待している。これらの国で、この乱暴な政策が可能なのは、それぞれの国に限られた数の銀行しかないからだ。早い話、銀行がひとつなら、人々と企業はそこに預けるか自分の金庫に保存するかしかない。
また、ひとつなら中央銀行はその銀行と話をつけやすい。

 自前の金庫ならそれなりのコストがかかる。賢い人は、それなら外国の銀行に預けようと考えるが、逃げ込まれた国の外国為替相場は上昇する。そこで隣がマイナス金利をやればウチもということで[表1]ができあがる。しかしこの表が示していることは、どこの国にも共通している困った現実だ。それは、借り手が少ない=投資が少ないという実物経済の問題だ。それを金利を下げるという金融政策という金融上の操作で解決できると思っている。

【表1】『マイナス金利』加藤出 監修 宝島社

影響。 

 マイナス金利は理論的にも実践的にも破綻している。それは、為替の円安と株高を狙って実行されたのだが、効果があったのはたったの一日だけ。8月の現時点でみれば、外国為替相場は円高に、株価も日経平均で2,000~3,000円も下げている。株価がこの水準を維持しているのは2016年3月末の企業決算が良好で配当が増加し、株式の利回りが上昇していること、そして頼りのアメリカ経済が好調だからで、日本のマイナス金利の作用ではなく、外国為替にいたっては8月の中旬についに100円割り込んだ。
 しかし、このような目先の相場現象は大した問題ではない。重大なのはマイナス金利をもう少し続けてしまうと、やめられなくなる可能性があることだ。

金利とは?

 金利とは、いかなる効果を持つのか。昔、金貸しは嫌われ者だった。人にお金を貸すだけで利息をとる。それは不労働所得の象徴だった。それが資本主義になって是認され、ついには銀行業という尊敬されるべき産業に成長した。

 金融の歴史を辿っていくと興味深いことがわかる。金融業の源流は金貸しだ。これは間違いないが、事実の一面である。銀行業の本業は現在でも融資、つまり金貸しだが、金貸しの歴史には、旧人類と新人類のような断絶がある。旧人類に相当するのは高利貸しで、これはギリシャ・ローマ時代に存在が確認されている。日本でも室町時代にはあったといわれ、江戸時代になると井原西鶴の作品にしばしば登場するように普通の存在になる。宗教改革を実行したM・ルッターが高利貸しを批判したことは有名だが、これを滅ぼしたのはキリスト教ではなく、金貸業界の新人類である近代的銀行業だった。

 銀行業の発展史は、長くなりすぎるので本稿に関係する要点だけを述べる。銀行業は保管業と貨幣取扱業(両替商)を原型として発展し、利子・利息の原型も保管料や手数料だった。つまり、使用する側が支払ったのである。いまでもJRの駅などに手荷物の預り所があるが、そこでは保管料が徴収される。これはマイナスの金利に形式的には似ている。預ける側が払っている。

 保管料を支払うから→利子・利息を受け取る~大逆転の歴史には保管業・出納業から近代的銀行業の発展が対応しており、理論的には、貨幣の新しい使用価値の発見に起因する。貨幣の新しい使用価値とは利潤を生み出す能力だ。貨幣・お金の使用価値といえば、なんでも買える(一般的等価物)だが、これに加えて、お金を普通の能力で資本として使えば利潤が得られるという社会的な認識が成立する。この認識に基づいて、利子はそういう使用価値を貸与したことの対価として認められる。この理屈でいくと利子率(r)はゼロと利潤率(p)の間に納まることになり、式で書くと 0<r<p となる。これを合理的な利子の範囲と言い、この間にあれば利子を取ることは高利貸しのそれと違って強欲でも反社会的でもないのである。

 保管料からプラスの利子への転換については、もう少し説明が必要だ。保管料は徴収するものだ。しかし、お金を保管し、その預かったお金を貸出して資本として利用させ合理的な利子を取ることになれば、大きな変化がおきる。他人から預ったお金を運用して利益を得る。資本主義の発展は急速に進むから、金庫に入っているお金では間に合わなくなり、今日では預金と呼ばれている他人の貨幣を積極的に集める必要が生じる。そのための工夫のひとつは預金に利子・利息をつけることだった。これは集める側のコストになる。このコストを賄いかつ自分にも利潤が生じるように貸出の利子率を設定する。これが近代的銀行業のあるべき姿だ。

 預金利子率がゼロに近づくことは説明できる。現代の貨幣は自分で持っていられないのである。誰かに持っててもらう。ここには保管料的な要素が残っている。それでもゼロになれば積極的に預けようというインセンティブもゼロになり、マイナスになれば控えようとする。もし銀行が預金者から利子を取ろうとすれば、企業も人々も自己保有の仕方を工夫するだろう。プラスの金利は資金への需要と供給で変動する。しかし、マイナス金利は硬直的であり、市場ではなく政策が一方的に決める。今回もそうだったように。そこに市場的合理性はない。

 貸出でマイナス金利、つまり、お金を借りたら利息をもらえる、というのは一層バカげている。それは、利潤を生むという貨幣の使用価値が無意味になっていることを示している。もしそうだとすれば、事は重大だ。この経済体制の存続が不可能であることを宣言したことになるからだ。実は、そうなのかもしれないという、心配というか期待もある。
 下の図は『日経ビジネス』に掲載されたものだ。日本企業の利益率は長期的にみると下がってる。つまり貨幣の第二の使用価値は傾向的に低下している。最近では2008年のリーマンショックの落ち込みが厳しく、この数年、景気回復といわれているのは、そこからの回復にすぎない。

NIKKEI BUSINESS © 2015年8月10日

金利の役割。

 金利の役割は資本主義的活動、つまりビジネス活動の加速化だ。お金を借りるのは主に、ビジネス展開のため、もちろん他の用途もあるが金利を決めるのはこの需要だ。この需要と供給(金融機関の預金量)との関係で金利は、先に述べた 0<r<p の範囲で決まる。式が示しているように 0<r でありマイナスはありえない。

 私が1億円を借りてビジネスをやる。私は一定期間内に利益を得て、なるべく早く返済する。なぜか、期間で金利が決まる。それが長くなれば通常は金利が高くなるからだ。資本主義でなくともそうだが、金利を添えて返済する(予定どおり)ことで信用が得られ次回も借りられる。つまり私は真面目に事業をやって、約束どおり借金を返す。金利は資本主義の倫理とスピードを保証する。まさにタイム・イズ・マネーなのだ。もしそれがゼロなら、早く返済しようという動機は失われる。またキチンと利潤を得ようともしないかもしれない。マイナスになったら何もする必要がない。借金をして、じっとしていればよい。しかし、人々がそのような行動をとる資本主義を想定できるか?それは働かない資本主義であり、すべてが静止した世界だ。

 ケインズが金利生活者という存在に否定的だったのは、彼らが“働かない”からだ。でも他の人は働いていて、だからこそ金利生活者も生存できた。マイナス金利では借りた方も働かない。労働価値説は、誰も働かない世界は長く存続できないということを述べたにすぎない。大英帝国は世界の工場をはやばやとやめ、19世紀の中頃には世界の銀行になったが、それでやっていけたのは他の国々が工場なり農場だったからだ。

 マイナス金利が続けば、金融の世界は払う一方なのだからやがて縮小してしまう。金融の世界がない資本主義も考えられない。

 マイナスの金利は、資本主義の縮小を意味する。ヘリコプターマネー(注3)と同じように。この二つのアイデアが政策として打ち出された。資本主義そのものにも、それを支える政府、ヘーゲル流にいえば最高の理性にも崩壊のきざしがみえる。M・ウェバーの言う資本主義の精神はとうの昔に失われている。

 社会主義が哲学者達が描いたように人類の理想型であり、充分な代替性を持っているならよいが、実験は歴史的には失敗し、理論をどう修正するか見当もつかない現状では、この崩壊はただ私達に混乱をもたらすだけである。この論点に限っては保守も革新もない。残る理性を動員して事態の進行を止めるべきだろう。

金融界の混乱。

 マイナス金利が全面展開することはない。妄想にとりつかれた人がその地位を去れば止まるのだけれど、それが実行されている期間中に経済構造に復元しがたい破壊が進む。その兆候は金融界に既に現れている。

 マイナス金利とは額面通りならお金を貸す側、すなわち金融側が支払うのだから、ここが打撃を受けるのはわかり易い帰結である。日本でこれが発表されてからしばらくすると銀行株が下げ始めた。直後の一週間をみると、ワースト3はすべて金融界だ。下落率をみると銀行業14.8%、保険業9.1%、その他金融4.7%のマイナス。逆に上昇したのは借金の多い不動産投資信託(REIT)だ。不動産業界が一番儲かる資本主義というのはいかがなものだろうか。

 他にも重大な問題がある。それはマイナス金利が重要な金融市場を、そして金融業にとって重要な金融商品を消滅させてしまうことだ。

 【図2】はコール市場の縮小を示している。これは考えようでは極めて正常な反応である。資金を提供したら利子を払わなければならないなら、保管とか取引手数の問題がなければ提供しない、つまり資金の出し手にならなければよい。コール市場では、マイナス金利の発表以降資金の出し手が激減した。市場は売り手と買い手で成立するのだから当然だ。

【図2】季刊 政策・経営研究2016 vol.2(三菱UFJリサーチ&コンサルティング)

 販売をやめた金融商品も続出している。代表例が貯蓄性の保険商品、一時払いの保険商品だ。さらに通常の保険商品も影響を受けた。保険会社は集めた掛金を資産として運用している。その運用先は“安全”ということで国債が中心だが、ここが【図2】でみたようにマイナスなら資産運用収入は減る。ということは掛金が上がる。つまり加入者にシワ寄せがいく。そうしなければ保険会社が破綻する可能性がある。しかし、掛金をあげるのは値上げであり販売は不振になる。

 保険会社は保険商品の開発に多大な時間と費用をかける。それが売れなくなる。マイナス金利が解除されたら再開すれば?それは難しい。現在販売している商品は、現在広告しているから売れるのだ。再開は振り出しに戻るに等しい。さめてしまった温泉を温めなおす。そのコストは大きい。そして、もう一度客を集めるのも大変だ。

 金融界を守るはずの日本銀行がこれだけのダメージを金融界に与えた。これは将来にわたって金融当局への不信というマイナスの効果を持つことは疑いない。しかも、やはり守る立場の財務省は沈黙だ。

 メガバンクや大保険会社はまだいい。マイナス金利という狂気が展開しているのは、日本とヨーロッパだ。アメリカもさすがにやらないし、アジア諸国もオセアニアも有意なプラスの金利だ。特にアジア諸国(インドも含めて)は資本主義の発展期にあり、資金需要は旺盛だ。ギリシャの危機、そして今年になってからのイギリスのEU離脱から欧州の先行は不透明、つまりユーロは相対的に安い。他方、アメリカは雇用統計など諸指数でみる限り景気拡大が続いているから、ドル高にして水をさすことは好まない。まして大統領選挙前だ。となると円高だ。この円高を利用して海外に進出するなら、いまがチャンス。三菱UFJ銀行のアユタヤ銀行の買収に象徴されるようにメガ系のアジア進出は顕著だ。他方で同行は、国債の優先引受権を返上した。もはや日本には彼らを満足させる借り手はおらず、金貸しとしての銀行業は商売にならないことを知っている。

 そこで大きな問題が残る。それは、商売にならなくてもその場所を離れられない地方・中小の金融機関だ。銀行株の下落をみたが、特にひどいのは地方銀行だ【図3】。図のコア業務純益影響度をみるとマイナス30%の銀行がある。そして株式会社ではないので株価はないが、信用金庫等の協同組織金融機関の2017年度の決算はこのままいくとかなり悪化する(注4)。リレーションシップなど地域密着はずっと前から、それぞれのやり方で実施している。それらに効果がないとはいえないが、無理に貸し込めばリスク資産→不良債権という、“いつかきた道”になる。彼らには海外展開は限定的である。せいぜい海外債権を買うとか、預金収集に徹しその資金を海外展開するメガバンクに委ねるぐらいだ。地方には多くの借り手はいないのだから。

【図3】出典 エコノミスト 2016年3月22日

 ドメスティックという運命はゆうちょ銀行も同様だ。 
【図3】にみるようにダメージが大きかったのは昨年株式公開したゆうちょ銀行だ。もともと、旧大蔵省は郵政省を宿敵とみている。民営化路線は中曽根→小泉以来の国の基本路線だからこの点では一致している。財務省にしてみれば郵政三社の株式売却は財政危機を救う足しにはなる。金融界が反対した郵政民営化を、できるだけ、手足をしばって許容した。
 マイナス金利は、当面、①国際展開できない②運用の中心が日本国債のゆうちょ・かんぽを直撃した。公開後、50%近くも公開価格を上回った株価は現在では軒並み公開価格割れだ。最近の報告では2016年4~6月(第一四半期)の日本郵政の決算は41%、ゆうちょ銀行は14.3%のそれぞれ減益である。追いつめられたゆうちょ銀行は、資産運用のプロを20人も雇ったという。
 この難局にどう対応するか。難しいが、方法が二つある。ひとつは資産運用の国際化。日本の国債を売って得た資金は世界の有価証券に投資する(世界の中には日本の株式市場も含まれる)。もちろん、外国為替のリスクを背負うが、それは仕方がない。短期変動は気にせず、①生産年齢人口が安定しており、②教育制度の充実が見込める国、③軍事支出の比率の低い国☆、などを念頭に長期的に投資する。

 ☆アメリカが圧倒的な軍事支出の国ながら繁栄しているのは、この支出から生み出される近代兵器が独占的な輸出商品となり、莫大な外貨を稼いでいるからだ。最大の顧客は日本と韓国だ。武器輸出のライバルの国、ロシアは凋落した。ロシアにかわってアメリカ嫌いの諸国への武器輸出を目指しているのは中国である。中国があちこちで軍事衝突を望んでいるのは、戦争で勝った実績こそが武器の宣伝道具になるからだろう。

 こうしてみてくると、マイナス金利は遅れている地方銀行の再編を促進しようとする財務省・金融庁の意図に添っているのかもしれない。しかし再編の前に死んでしまう可能性もある。それは地方創生には決定的にマイナスだ。マイナス金利と地方創生との相反する関係がまったく議論されていないのは考えてみれば妙なことだ。

なぜ2%なの?

 マイナス金利という無理が出現したのは、物価上昇2%という政策目標があるからだ。これはアベノミクスの目標である。いまでは三本の矢もあまり注目されていないが、新三本の矢も、デフレ脱却=物価の上昇をねらいにしている(注5)。その割にはピントがはずれている。
 
 しかし、貨幣の数量が物価を決めるという貨幣数量説は、その正しさが理論的に証明されたことは一度もない。そして、目標の数度にわたる延期は、この学説の非妥当性の証明素材をまたひとつ提供した。

 日本経済の現況についてはふれないが、人々レベルの景気は低迷したままだし、地方経済は沈滞を続けている。このふたつの要素が地方商店街のシャッター通りとして現出している。地方創生政策の登場は、地方政府にとっては補助金獲得のチャンスであり、ともかく再生計画案を提出した。しかし、前にも書いたようにミクロ的成功はあっても全体的な処方箋などにはならない。新三本の矢は、効果があったとしても遠い先のことであり、いまでは存在すら忘れられようとしている。

 リチャード・クー氏のかねてからの主張であるバランスシート調整は大都市に本社を置く大企業レベルから中小企業につまり日本全体に及んでいる。地方経済という株価があったとしたら、無配で額面割れ(いまでは公開価格割れ)だ。しかも、借金の返済が中心で投資はあまり考えていない。多くの町・村長は無投票当選だ。それは社長のなり手がいない会社のようだ。

 考えてみるまでもなく、物価が上昇しないことは人々にとっては良いことのはずだ。“そしたら君の賃金も上がらないぞ”という声も聞こえる。しかし過去を振り返れば、インフレの時、賃金はいつも後追いし、しかも多くの場合インフレ率に追いつかなかった。そして企業の利益が賃金に反映する度合いは、正規労働者の割合が減少したために今年は著しく下がっている。それは労働分配率の傾向的低下に示されている。(注6)

 原油価格の値下りは働く多くの人々にとって、現在おきてる経済現象のなかでほとんど唯一の“良い事”なのである。1973-4年のオイルショックのとき、私達がどれだけ苦労したか。あのとき日本も世界も長引く不況に襲われ資本主義の危機が叫ばれたのだが、現在は逆。原油価格は少し前の平均値の1/2に下がっている。人々が喜ぶ事態が生じているのに株価が下がる。これは証券市場が人々とは無縁であること、それは一部の富裕層と外国人のための利殖装置であることを示している。東京証券取引所は東京にある格差を生み出す世界的装置のひとつなのだ。

2.マイナス金利時代への対応

 時代といっても、さほどに長く続くとは思えない。経済合理性という言葉があるようにビジネスの世界には論理がある。理に逆らった事柄はそう長くは続かない。そして、マイナス金利は資本主義社会を構成するほとんどの人に不利益をもたらす。階級的利害を超えて害なのだから、外国の陰謀にでも嵌っていない限り、正常に戻る。もっとも、資本主義の正常は時代とともに変化するから、どこら辺に戻るかはっきりとしないが、少なくともマイナスはなくなる。ゼロ近辺の低金利状況(現在も大方の金利はそうだが)に戻る。
 
 非合理的で全体不利益であっても、権力を持ってそれを実行している人が交代するまでは続く。悪政は悪代官が罷免されるまで続くし、下手をするとその後も続く。

 正常への戻り方も極めてゆっくりしたものになる。急に政策金利を上げれば国債暴落という悪夢があるから、現在のFRBがやっているように年に1~2回、0.125とか0.25とかの刻みになるとしたら、1%上昇するのに数年を要する。それは、保守勢力や中間勢力が次の日本経済の大枠を構想するのに要する時間を考えれば、まだ短いのであるが。

 さて向う2~3年を人々や中小企業はどうしのぐか。

 ①現時点で販売されている長期債券を購入するのは控える。10年債までが水没だからプラス金利は20年モノ以上になるが、㋑そんな先のことは予測ができない、㋺期間中に金利が1%でも上昇したら価格は大幅に下がる、㋩インフレ懸念が生じた瞬間に売られ価格が下がってしまう。
 もちろん償還まで持てば元金は戻るが、インフレによる減損と期間中の保有に生じる機会費用は大きいはずだ。
 長期債券については、長期であることと、表面金利の低さが問題なのであるから、発行体の格付けは関係ない。リーマンショック以来、格付けの信用度も低下している。

 ②インフレーションを発生させる基本要因はずいぶん前から整っている。マネーの過剰発行はかなり長期に行われており、いわば燃料の薪は積み上がっているわけで、問題は誰がいつ火をつけるかという状況だ。通貨安から輸入品の値上り、原油価格の急上昇、国内での日用品生産量の縮小など、点火剤になりそうな事態はたくさんある。
 
 点火されてしまえば、政府の2%物価目標などは数日のうちに実現されてしまうが、いわゆるハイパー型になる心配がある。たしかに1973年からのオイルショックのときとは日本経済の状況は違う。当時は、経済は右肩上がりであり消費財、生産財ともにモノ不足ぎみだった。いまは消費飽和であり、投資低迷だ。しかし、資本の移動が格段に自由になっているから下落する円からの逃避(キャピタルフライト)の可能性もあり、富裕層がそれに相乗りすることも考えられる。
 
 インフレは所得の不平等分配を引きおこす。ほとんど力を失った日本の労働運動の復活は難しいからインフレになっても賃金の上昇までには相当なタイムラグがある。その間、ピケティ型の不平等は進展してしまう。また、大きな資産を持っている人と僅かな銀行預金しかない人では、インフレへの対応が違うから、ここでも格差は拡大する。
 現在のデフレ状況からインフレの到来を予想するのは突飛なようだが、変化はまさに一夜にして起こる。ダムの水量は満杯であり、一ヶ所でも崩れれば洪水だ。水(マネー)を無理に供給しつづけた当局には、それを吸収する手立てがない。金庫からあふれんばかりの国債を売りにいっても、それを買う人はいない。

 ③株式投資は、投機性を持つが、親の遺言でやらないとかのアレルギーは、いまのうちに解除しておいた方がよい。株式投資は資産保全の手段であると考える。以下、株式の選定にあたっての留意点を述べる。
 ㋑企業の安定性。5年後まで当該企業の主力商品、サービスは売れるのか。10年後に存続しているのか。その判定基準の最大のものは、企業のサイズを問わず経営者の経営能力である。商品の内容も説明できない天下り役人や大銀行からの引っ越し社長ではダメである。
 次は配当率。現在は少ない、あるいは無配だが、将来性がある。だから買い!などの話があるが、一般の投資者はこの手に注意。ベンチャー企業系は対象からはずす。
 現在の市場には配当率が3%以上の有名企業がたくさんある。一年ものの銀行定期預金の利率の100倍である。現在では銀行預金にもペイオフがある。たしかに株式投資はリスクだが、預けている銀行の100倍の倒産確率がある訳ではない。株主優待には様々あるが、これらはすべて配当率に換算してみる。
 3点目は、上記の二つの要因が確認できても、割高(同業種と比べて)、一定期間、買われて高価格になっているものは避ける。急上昇している株式は短期に利益を稼げる可能性もあるが急落の危険も大きい。

 ④株式と並んで資産運用の対象となるのは不動産だ。かつては不動産バブルがあった。しかし、当時と違って日本の人口は減る、さらに住む家を持たない人は減っている。子供より親の数が多い、さらに子供より家の数が多い。大都市の中心部の不動産しか値上りしないが、こういう不動産はかなりの資金がないと買えない。そこで不動産投資信託(REIT)が対照として浮かびあがってくる。実際に不動産を購入すると、消費税、登記料、他の手数料、そして購入後の維持費といろいろだ。REITは少額でも購入でき、株式と同じ扱いだから、流動性が高い。キャピタルゲインにも20%の税金で済む。
 選び方は株式と同じ。中味の不動産が安定の判断材料だ。都会のビル、商業施設、ホテル、物流施設、マンション、内容は様々だ。REITは母体が不動産会社であることが多い。経営者の能力を吟味するのも同様。株式に比べてさ程の乱高下はないから、指数などの動きをみて“割安”を判定する。銘柄を選びにくいならREITのインデックス投信もある。

 東証REIT指数と日経平均株価の動きを比較してみたのが【図4】だ。パフォーマンスは大きく違う。マイナス金利発表時には双方ともショックで下げたがその後はかなり開いている。もっとも上げすぎたものに飛びつかないという先に述べた原則は守られるべきだろう。

【図4】日経 2016年5月14日

 ⑤借入金の見直し。新規の貸出金利はゼロに近い。もし借り替えたら、手数料などを計算してどうなるか冷静に判断する。金融機関に好印象を持ってもらう。そのためのコストも金利のうちだ。金融機関とどうつき合うかは重要な戦略だ。
 ⑥企業にも個人にも共通なのは費用節約。企業の場合、不稼働資産の点検は必須。在庫が過剰でないか、また商品在庫については顧客への輸送経路と日数もみておく必要がある。 個人では、余計なものを買わないに尽きる。どうしても欲しいものは、そんなにはない。無駄は文化でもある、これは否定しないけど、存亡のときに文化は語らない方がよい。原油安や、電気料金の自由化による恩恵を企業や家計にどう取り込むかは重要な課題だ。
 ⑦商品の値上げ。インフレになったとき、自分の商品の値上げをどこで実施するかは難問だ。よく便乗値上げが批判の対象になるが、値上げのタイミングが難しい事の証明でもある。これも経営者の技だろう。もちろん、根拠のない値上げ、それこそ便乗値上げを推奨しているのではない。小さい規模の企業が値上げに乗り遅れる場合が多い。それが観察事実だ。 ⑧投資の判断。5年後も自分の主力商品があるか。10年後も自分は社長か。双方ともイエスなら投資する。その財源は、キャッシュフロー、借金、そして考える価値があるのは増資だ。当初の出資者に増資を頼む。その際、目標の配当率を根拠を添えて説明する。銀行にゼロ金利で置いておくより、身近な企業への投資・増資を選ぶかもしれない。金融機関も投資には前向きである。融資ではなく投資を頼むのもひとつである。
 ⑨税金問題。特に企業承継にかかわるもの。個人の相続税にかかわるものはプロに相談する。IT利用も同様。過剰な投資に気をつける。
 ⑩最後。それは人材育成。景況にかかわりなく、広い心を持って計画的に行う。いま繁栄していても、人が育っていなければ、やがて企業は消滅するか誰かに乗っとられるかのどちらかだ。

(注1)
 アベノミクスが始まって以来、国債の保有者別内訳は大きく変化し、2016年第1四半期末では次の円グラフのようになった。10年前なら、郵政系、保険・年金、民間銀行であった。しかし、現在では“その他金融機関”という奇妙なセクターが第一位である。この正体は証券会社と日本銀行だ。証券会社はずっと保有する気はなく日本銀行に買い取ってもらうつもりなのだ。つまり、“その他”は日本銀行だ。誇り高い日本銀行が“その他”に分類されるなんてめったにない。つまり、こういう統計に日本銀行が入り込むことが、そもそも想定外なのだ。

(注2)
 住宅金利は既に下方にあったが、マイナス金利の影響でさらに下押しした。これはほとんど唯一の朗報である。もちろん、金融機関にとっては逆だ。
 問題は、住宅着工戸数だ。2016年1~6月は5.2%増の46万3,469戸。ずいぶん増加したようにも見えるが、これは相続税対策である。5,000万円をかけて家を建てても、税金上の評価額はこれより低くなる。高層マンションだと持ち分の土地が少ないので余計そうなる。だから着工戸数の増加要因は、貸家(8.7%増)なのだ。マイナス金利の効果ではない。

(注3)
 ヘリコプターマネーについてはリチャード・クー氏が批判をしている。
 『天からお金(紙幣)が降ってくる。つかまえたら、その瞬間は“ヤッター!”だが、辺りを見ればあの人もこの人もそその紙幣をつかんでいる。そして“ゾッ”とする。こんなもの価値があるのだろうか。私がデパートだったら、これで買いに来た人に品物を渡すだろうか。』
ヘリマネ(略称してこう呼ぶらしい)を主張する人は、いかに紙幣・中央銀行券の信認を守るために金融当局者が苦労してきたかを忘れている。なかなか手に入らない、汗水をたらさないと得られないからお金は価値がある。道楽息子が親のカネで遊べるのはその価値を知らないからだ。ヘリマネは国民を道楽息子にする政策だ。
リチャード・クー『マンデーミーティングメモ』(2016年7月25日 vol.1662)

(注4)
 全国の信用金庫の来年3月期の予想は集計されていない。
 月次の決算をみると4月期前年同月比-37.6%、5月末-12.3%、6月末-17.1%と3ヶ月続いて大幅なマイナスだ。同じような現象は信用組合についても確認できる。

(注5)
 新三本の矢など紹介しなくてもよいのだが。
 一本目、強い経済。抽象的すぎてよくわからない。
 二本目、子育て支援。GDPに貢献するのは遠い先だ。もちろん賛成だけれど2%物価目標とかには関係なさそう。
 三本目、社会保障。これも賛成だが問題は財源。

(注6)
 日本の労働分配率は1977年76.1%→2011年60.6%で20%以上低下している。同期間にフランスは14.3%、ドイツは10.3%、アメリカは6.6%、それぞれマイナス。日本の低下は突出している。

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