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連載百合小説《とうこねくと!》東子さまvsパソコンvs私!?(1)

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 みなさん、こんにちは。北郷恵理子です。
「ねぇ、恵理子ちゃあん」
 今、猫のように縁側に寝っ転がって、甘えたような声で私を呼ぶ奥さま──神波東子さまの付き人をやってます。
 このお屋敷に来て、気づけば1週間が経とうとしています。東子さまとの生活は、私の中ではもうすでに自然なものになりました。
「どうしましたか、東子さま」
 私は麦茶の入った2つのグラスとポット、おせんべいの載った皿をおぼんに載せて、東子さまの元へ向かいます。
「あらあら、ありがと。……んーっ」
 ゆっくりと起き上がった東子さまは、猫のような伸びをしました。とても気持ちよさそうなお顔をしています。私はその近くにおぼんを置きます。
「まずは麦茶で乾杯しましょ」
「はい」
 縁側にはだしの足を投げて腰かけた東子さまはグラスを手に取ります。東子さまの隣に膝を折って座った私もグラスを取ります。
「乾杯」
 私たちの声と、チンっとグラスのぶつかる音が重なりました。爽やかな夏の風が、さあっと縁側に吹き抜けます。
「ところで東子さま、どうなさったんですか?」
 麦茶を一口飲んだ私は東子さまに尋ねます。
「あ、そうそう。恵理子ちゃん、パソコン使える?」
「はい、まあ、基本的なことくらいは」
「そっかそっか」
「パソコンがどうかしたんですか?」
「私ね、パソコン教室に行ってみたいの」
 この暑さで喉が渇いていたのか、東子さまはもうグラスの麦茶を飲み干していました。私はポットの麦茶を東子さまの持つグラスに注ぎます。「ありがと」と微笑む東子さま。
「パソコン教室、ですか?」
「そう。この近くのパソコンショップで、新しくパソコン教室を始めたんですって。私、パソコンって触ったことないから、一度やってみたかったのよ」
 東子さまはおせんべいに手を伸ばし、パリッと一口。
「ね、いいでしょ? 行きましょ!」
「そうですね!」
 東子さまは好奇心旺盛。それってとても人生を楽しめていると思います。いくつになっても、追い求める気持ちを忘れない……そんな東子さまについていくのが、私の喜びです。
 
 *
 
 後日。私は東子さまと、パソコン教室を始めたというパソコンショップにやってきました。
「神波様ですね?」
 入り口に立っていた、背の低いがっちりとした体形の男性が声をかけてきました。「はい」と東子さまが答えます。
「お待ちしておりました。わたくし担当いたします、西村と申します。よろしくお願いいたします」
 西村さんは深々とおじぎをしました。東子さまと私も「よろしくお願いします」とおじぎをしました。
「では、ご案内いたします」
 西村さんに連れられ、私たちはパソコン教室のスペースに入ります。
「こちらへどうぞ」
 私たちはいちばん奥の席へ案内されました。東子さまは心なしか緊張した面持ちで席に座り、めずらしいものでも見るようにパソコンを見回しています。
「それでは、パソコンを立ち上げてみましょう」
「た、立ち上げ……」
 そう言った東子さまは、何を思ったかノートパソコン本体を持って席から立ち上がりました。突然のことに、西村さんは目を丸くしています。
「こ、神波様。立ち上げるというのは、パソコンの電源を入れるということです」
「えっ……あら、そうだったの……」
 顔を真っ赤にして席に着く東子さまがあまりにも可愛らしくて、私は思わず「ふふっ」と笑ってしまいました。
「この電源ボタンを押して、パソコンを立ち上げましょう」
 西村さんは電源ボタンを指差します。東子さまは、おそるおそるボタンを押しました。すると、パソコンの画面が表示された事にびっくりしたのか「わっ」と声を上げビクッと身体を震わせました。そんな東子さまが可愛くて、私はクスッと笑ってしまいました。
「はい。これでパソコンが立ち上がりました。では、今度はこのマウスを使って、画面上の矢印、カーソルを動かしてみましょう」
「これを使えばいいのね……」
 そう言うと、西村さんが説明するより早く、東子さまは動いていました。マウスを持ったと思ったら、画面上のカーソルにそれを当てて、マウスを液晶の上で動かし始めたのです。
「神波様! マウスは机に置いて使う物です!」
 西村さんが慌てて止めに入ります。
「マウスを机の上でこうやって動かすと……このようにカーソルが動きます」
「あら、ほんと……」
 あっけにとられている東子さまのまんまるおめめがこれまたキュートで、私は顔を背けてクスクスと笑ってしまいました。
 
 東子さま、だいぶパソコンに苦戦しているようです。大丈夫でしょうか。

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