ショートショート『思い出を消去します』

 男は絶望していた。辛いことが重なったのだ。会社からリストラされ、同棲していた彼女にも振られ、アパートからは追い出された。貯金はもうすぐ底を尽きそうだ。

 自殺する勇気もなくトボトボと歩いていると、ある看板のコピーが目についた。

《あなたの苦い思い出を消去します》

 男はおもわずその店に飛び込んだ。中には綺麗な女性の受付係がいた。

「本当に嫌な記憶を消せるのか?」

「本当です」

「いくらだ?」

「相談に応じます」

「これが全財産だ。これで消せるだけ消してくれ」

「わかりました」

 男は別室で問診を受け、頭部に器械を取り付けられ、そして一部の記憶を削除した。

「スッキリしましたか?」

「あぁ、スッキリした。いい気分だ」

 しかし、男には仕事がない。愛する人もいない。住む家もない。お金もない。宛もなくトボトボと歩くしかなかった。

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