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【僕が通うコーヒー屋さん】 1軒目 『カフェ・バッハ』 (南千住)

四六時中コーヒーを飲んでいる生粋のコーヒーラバーである僕の趣味、それは何を隠そうカフェ巡りだ。

いや、これに関しては最早趣味というかライフワークだ。

どんなお店であろうと、コーヒーが飲めればそれだけで入店理由になるのだが、その中でも "一度でなく何度も通ってしまうお店" となると数が限られる。

いちいち行ったお店を紹介していてもキリが無い。

ひとつひとつのお店について、アメリカンコーヒーの様に薄い内容の記事を書くのは性に合わないので、実際に何度も足を運んでいるお店のみを厳選して紹介するのがこのシリーズ。

ぜひ貴方のコーヒーライフの参考にしていただきたい。


コーヒーの神様のお店

さて、年が明けて数週間。初詣はお済みだろうか。ご時世もあり、また中々忙しくて行けていない人も意外といると聞く。

しかし、余程の無神論者でもない限り、初詣には行っておかないとすわりが悪いものだ。

そんな貴方、最寄りの神社と一緒にこのお店も訪れてみてはどうだろう。なんたってここは神様のお店。

コーヒーの神様の。

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           『カフェ バッハ』(南千住)

南千住の駅から南へ。ザ・下町といった風情の大通りをしばらく行くとある。

店名は看板を見れば分かる様にもちろん作曲家のバッハから来ている。

実はバッハは無類のコーヒー好き。一日に数十杯のコーヒーを飲んでいたと言われ

「おしゃべりはやめて、お静かに(Schweigt stille, plaudert nicht)」通称「コーヒー・カンタータ」

という曲まで作ってしまった。

その中にはこんな歌詞がある。

「コーヒーは千回のキスよりもすばらしく、マスカットブドウ酒よりも甘い。ああ!コーヒーはやめられない」


コーヒーの御三家

バッハとは一体どういうお店なのか。

色んな人が色んな媒体で『東京で珈琲を飲むならこの5店』『東京珈琲四天王』『名店10店』などを挙げるが、このバッハを外す人はほぼいない。

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僕の本棚にある『コーヒーに憑かれた男たち』という本。この本では現在の日本のコーヒー文化を形成する上で特に外せない人物を「御三家」として挙げている。

―現役最高齢『銀座ランブルの関口』(※現在は鬼籍)、業界きっての論客『南千住バッハの田口』、品格あるコーヒーの求道者『吉祥寺もかの標』(※現在は鬼籍)

上記三店舗の内、『銀座ランブル』『南千住バッハ』は今も営業している。ランブルに関してはまた後日。

銀座で珈琲50年-カフェ・ド・ランブルhttps://www.amazon.co.jp/dp/4434173324/ref=cm_sw_r_cp_api_i_SvQdGb2KVBE8C


今日取り上げるバッハは1968年創業。店主の田口護氏の徹底したコーヒーへのこだわりを具現化したお店だ。提供するコーヒーは以下を条件としている。

1つ目は豆の特徴を最大限に引き出せるように、手作業で良い豆を一粒一粒選び抜く「ハンドピック」
2つ目はオリジナルの焙煎機を駆使し、芯まで火がとおった、煎りムラの無い「正しい焙煎」
3つ目は毎日使う分だけ焙煎し、「新鮮」なコーヒーを提供すること。

このこだわりにあくなき研究で辿り着き、それを40年続けているからこそ、コーヒーの先駆者でありレジェンドとして君臨し続けている。

バッハ深煎りの店でも浅煎りの店でもない。全部ある。その豆の特性が一番出る焙煎度合いを見極め、提供する。「この店といえばこの味」という様に味に統一感のある店ではない。唯一統一感があるとすればそれは、全部美味いという事だ。

田口護さんは2012年から日本スペシャルティコーヒー協会会長を務めるなど、今はコーヒー界のレジェンドとして焙煎の教本を出版するなど後進の指導に惜しみがない。NHKプロフェッショナル仕事の流儀にも『焙煎の神様』として取り上げられた。

田口護の珈琲大全 https://www.amazon.co.jp/dp/4140331933/ref=cm_sw_r_cp_api_i_juQdGbCEB6S7V


ちなみに御三家の一角『吉祥寺もか』は残念ながら営業していないが、「コーヒーの鬼」と畏怖された標さんの味は、今もお弟子さん達が受け継ぎ、各地に生き続けている。

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その内の一店『ダフニ』(三田)

コーヒーの鬼がゆく - 吉祥寺「もか」遺聞 (中公文庫) https://www.amazon.co.jp/dp/4122055806/ref=cm_sw_r_cp_api_i_yOMdGbWX9NQK6


元祖?サードウェーブコーヒー

コーヒーの広まりには潮流があり、現在は第三の波サードウェーブ。このサードウェーブについて知らない人の為に少しさらっておくと、

①ファーストウェーブ(1800年代後半〜1960年頃)...インスタントコーヒー等の普及により、家庭にコーヒーが広まる。質より量の大量生産・大量流通の時代。
②セカンドウェーブ(1960〜2000年頃)...スターバックスコーヒーに代表される、深煎りのエスプレッソがベースのいわゆるシアトル系コーヒーがブームになり、やがて定着。
③サードウェーブ(2000頃〜現在))...アメリカ西海岸を発祥とする、豆の産地ごとの特性や風味などを生かした焙煎・抽出を行い、一杯ずつ提供するスタイル。特徴としてはブレンドではないシングルオリジン、高品質のスペシャリティコーヒーを使用し、焙煎は浅煎りが多い。

という流れがある。

サードウェーブと言うと「ああ、浅煎りのコーヒーね」と言われる事がある。

豆にも抽出にもこだわっているはずなのになぜ「サードウェーブ=浅煎り」という印象しかないのか。

それは、日本には元々上記の御三家をはじめとする様に、一杯ずつ丁寧に提供する独自の「喫茶店文化」があったからに他ならない。

皆さんのお近くの喫茶店でも、豆や焙煎へのこだわりは不明でも、少なくとも注文が入ってから抽出するお店はたくさんあると思う。

何店舗もあるチェーンのお店でも、少し価格帯の高い店は一杯ごとにサイフォンで抽出していたりする。

ドーナッツ屋ででっかいコーヒーサーバーを持ったウエイトレスが「おかわりはいかが?」と聞いて回るアメリカ(完全に映画で見たイメージ)とは違い、日本では豆を選び抜き一杯ずつ丁寧に焙煎・抽出する事はバッハが何十年も前からやってきたことなのだ。

たがら、特筆すべき特徴としては「浅煎り」だけが残り「サードウェーブ=浅煎り」という印象になる。

それもそのはず、サードウェーブコーヒーブームの火付け役、『ブルーボトルコーヒー』の創始者ジェームス・フリーマン氏は「日本の喫茶店文化に影響を受けた」としてこのカフェ・バッハの名前を挙げている。

サードウェーブという潮流は日本からしてみれば逆輸入だったのだ。

エスプレッソの本場イタリアに、スターバックスが2018年ようやく"逆輸入"されたのと同様に。


バッハのコーヒー

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前段が長くなったが、とにかく行くべき名店だという事が伝えたかったので勘弁してほしい。

一歩足を踏み入れると、店内の清潔感と店員さんのきびきびした立ち振る舞いに目を見張る。

たくさんの種類のコーヒーがメニュー表に載っているが、まず頼むべきは『バッハブレンド』で間違いない。

これはどのお店でもそうだが、初めて来店した時はそのお店の名前を冠したメニューがあればそれを頼む様にしている。

田口さんの本にはコーヒーに合うスイーツのレシピもたくさん載っている。スイーツもまたコーヒーを美味しくいただく為に、また素晴らしい時間を過ごす為に必要だ。その日の気分に応じて注文することをおすすめする。

コロナ対策の為のアクリル板はあるが、カウンターは基本的に店員さんがコーヒーを淹れる手元が見える様に設計されている。

これは抽出方法を見て、自宅でも真似して美味しいコーヒーを飲んでもらいたいという「神様の心配り」だ。

僕が行った日も、カウンター越しに店員さんとコーヒーマニアと思しき常連さんが抽出に関して議論していた。店員さんは「正解は無いんです」という言葉が聞こえた。

正解なんてない。

色んな人が色んな味を追求する。それでもバッハでコーヒーを飲むと「これが正解」だと言われているような、そんな説得力を感じる。絶え間ない研鑽が生み出す正解のコーヒーを是非。

ちなみにこの『バッハブレンド』は2002年の沖縄サミットで各国首脳に振る舞われ、それを飲んだコーヒー嫌いのクリントン大統領(Mr.不適切)が、あまりの美味しさにおかわりを注文し、その日以降コーヒー党になったという逸話を持つ。(この場合のコーヒー党は、あくまで表現であり、実際にはクリントンは民主党である。)

いつも南千住の駅からバッハに行くまでの道はやけに長く感じるが、帰りは余韻を楽しんでいるからすぐに駅に着く。

その感覚を味わっててほしくてちょっと辺鄙なところに神様は腰を下ろした。そう考えるのは考え過ぎだろうか?

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コーヒーが飲みたいです。