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コロナ渦不染日記 #100

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二月八日(月)

 ○今朝の体温は三六・〇度。

 ○久々に在宅勤務の日である。
 一日巣穴から出ないで、昼も相棒の下品ラビットの作ったものを食べていると、はやくこの文明が終わってしまって、吸血鬼の世界にでもならないかしらと考えてしまう。

 藤子不二雄「流血鬼」が、リチャード・マシスン『地球最後の男』の翻案であることは有名だが、「流血鬼」のオリジナリティは、原作の絶望的な、しかし皮肉で現実的なラストを、希望あふれるものに変えたことである。
 このような希望があるからこそ、ひとは生きていける。絶望を乗り越える、これぞSF的な「視点の転換」であろう。

 ○本日の、全国の新規感染者数は、一二一六人(前週比-五七七人)。
 そのうち、東京は、二七六人(前週比-一一七人)。


二月九日(火)

 ○今朝の体温は三六・二度。

 ○仕事の懸案事項の日であった。一月ほど、すこしずつ準備をして、ついに今日、片付けることができた。達成感もさることながら、肩の荷が下りた気持ちである。
 来週の月曜にも、もう一件、懸案事項があるが、こちらは現場のスタッフが主であり、ぼくはそのサポートである。今日片付いた件ほどの責任がなく、気楽である。

 ○先週の二月四日に、オリンピック大会組織委員会会長を務める森喜朗(元総理大臣である)が、日本オリンピック委員会の会見で、女性蔑視ととれる発言をした、ということがあった。

 これはテレビがあるからやりにくいんだが。女性理事を選ぶというのは、日本は文科省がうるさくいうんですよね。

 だけど、女性がたくさん入っている理事会は、理事会の会議は時間がかかります。これは、ラグビー協会、今までの倍時間がかかる。女性がなんと10人くらいいるのか? 5人いるのか? 女性っていうのは競争意識が強い誰か1人が手をあげていうと、自分もいわなきゃいけないと思うんでしょうね。それでみんな発言されるんです。

 結局、あんまりいうと、新聞に書かれますけど、悪口言った、とかなりますけど、女性を必ずしも数を増やしていく場合は、発言の時間をある程度、規制をしていかないとなかなか終わらないで困るといっておられた。だれが言ったとは言わないが。そんなこともあります。

 私どもの組織委員会にも女性は何人いたっけ? 7人くらいか。7人くらいおりますが、みんなわきまえておられて。みんな競技団体からのご出身であり、国際的に大きな場所を踏んでおられる方々ばかりです。ですから、お話もシュッとして、的を射た、そういう我々は非常に役立っておりますが。次は女性を選ぼうと、そういうわけであります。

――朝日新聞デジタル「『女性がたくさん入っている会議は時間かかる』森喜朗氏」
太字強調は引用者)

 おおくの人がSNSで言っているように、この発言には、女性蔑視のニュアンスが読み取れる。個人的に気になったのは、上記の引用のうち、太字で強調した部分である。おおむねの発言内容を要約すれば、
「女性理事を選べと文科省がうるさくいうが、女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかる。女性っていうのは競争意識が強いからだ。(しかし)私どもの組織委員会にも女性はおりますが、みんなわきまえておられて、我々は非常に役立っております」
 となるであろう。ここから読み取れる、発言者・森会長の意図は、
オリンピック大会組織委員会の女性は、他の女性と違って、我々のやりやすいようにわきまえて競争意識を抑えられている
 というもので、つまり、「自分たちの身内の女性」を褒めているつもりで、結果的に「女性全般」を下に見て、さらにはそれに気づかずにいるのであろう。「氏の発言を女性蔑視ととるのは、マスコミの捏造に踊らされた愚か者である」といったようなことを言う「論客」もいるが、上記の文章を読んで、「女性を褒めているし、蔑視の意図はない」などとするのは、それこそ牽強付会であろう。

 ○このことを、帰途の電車内でぼんやりと考えていたら、今読んでいる『子連れ狼』の影響で、「誰もが辞めたいと思っても辞められないオリンピックを辞めるために、森氏はあえて女性蔑視ととれる発言をすることでオリンピックを辞める、いわゆる『陰腹を切った』のでは」という考えが浮かんでくる。つまり、『泣いた赤鬼』である。
 もちろん、皮肉である。だが、そうとでも考えない限り、今回の発言は、まったく愚かなものでしかない。オリンピックを本気で開催したいと考えている(ことになっている)立場の人間にしては、あきらかに脇が甘すぎるからである。
 いや、そもそも、上記のような意図があったとしても、やはり今回の発言はいただけない。

 ○夜。帰宅して、巣穴の未読本棚を眺めていたら、ミシュレ『魔女』上下巻が目についた。
「いよいよ手に取る機運かもしれんぜ」
 とは、下品ラビットの言である。

 フランス史の研修者であり、「ルネサンス」という言葉の造語者であるという、ジュール・ミシュレが、いわゆる「魔女狩り」を扱ったのが本書である。〈虫プロダクション〉制作の大人むけ劇場アニメ『哀しみのベラドンナ』が、この本を原作というか、取材元としている、というのは有名な話で、ぼくはこの映画のすばらしさに感激したので、『魔女』を手に入れていたのだ。
 実際に読んでみると、「魔女狩り」を冷静に観察するというよりは、「魔女はキリスト教以前の自然崇拝の末裔であり、キリスト教によってしいたげられたものたちの代表者である」というイメージのもとで、パンクとしての「魔女」を礼賛する内容である。ミシュレの考えるキリスト教とは、「知識の独占と支配によって中世に暗黒時代をもたらしたもの」である。なるほど、『哀しみのベラドンナ』の、虐げられことによって魔女となった女性と、彼女によって破滅させられていく虐げたものたちの姿のイメージソースは、ここにあるのかと思われる。

 ○本日の、全国の新規感染者数は、一五六八人(前週比-七五六人)。
 そのうち、東京は、四一二人(前週比-一四四人)。

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二月十日(水)

 ○今朝の体温は三六・一度。

 ○現場で事務仕事を片づけ、帰宅して報告書をやっつける。これで明日の祝日をむかえるにあたっての、後顧の憂いを絶つのである。

 ○本日の、全国の新規感染者数は、一八八五人(前週比-七七四人)。
 そのうち、東京は、四九一人(前週比-一八五人)。


二月十一日(木)

 ○祝日なので、イナバさんを誘って、浜に出かけることにする。いきつけの、カスタマイズできるピザのレストラン「800°DEGREES NEAPOLITAN PIZZERIA」の支店が、浜にもできたと知ったので、行ってみたくなったのである。

 お店に入ろうとすると、店員さんに「ご予約のお客様ですか?」と声をかけられる。一瞬、しまった、と思ったものの、正直に予約していない旨を伝えると、「では一時間のご利用でお願いいたします」とのこと。
「次に来るときは予約しないとな」と下品ラビットがうなずいた。
 昼時の利用なので、メニューはランチメニューということだったが、よくいく有楽町店には、そもそも「ランチメニュー」がないのでびっくりする。
「ちょっとスペシャルな店なんだね」とは、これを聞いたイナバさんの述懐である。
 ランチメニューはコースで、「前菜、サラダ、ピザ、デザート、ドリンク」の基本セットコースと、基本コースにスペシャルメニューがつくスペシャルセットコースの二種類だった。せっかくだからとスペシャルセットコースにする。
 前菜にも、スペシャルメニューにも、地産の素材を使っているのがウリのようで、新鮮で、かつ、手のこんだ料理である。特に、スペシャルメニューの、チキンのローストと鮮魚の包み焼きは絶品で、基本セットコースに追加料金を出して惜しくないうまさだった。

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 カスタマイズ可能なピザのトッピングも、地産の素材であるという。注文の段階で、どうしようか悩んでいると、カスタマイズを手伝ってくれた店員さんが教えてくれた。ここの店員さんたちは、いずれも気さくで気持ちがいい接客をしてくださる。ぼくがトイレに立ったときも、椅子から立ち上がった瞬間に、「お手洗いですか?」と声をかけてくれるほどだった。

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 デザートも手が込んでいてうまかったが、アイスコーヒーがすばらしかった。ここしばらくで、一番うまいアイスコーヒーを飲んだ気がする。
 食事に満足して、店を出るとき、店員さんが「よいお出かけを」と送り出してくれた。そういう気配りのうれしい店で、ますます気に入ってしまった。

 ○その後は、浜を散策し、夕食の時間になった。
「今日は昼飯で金使っちまったから、夕飯は安くすませようぜ」
 と下品ラビットが言ったので、桜木町駅地下の居酒屋「五の五」で、レモンサワー片手に肴をつつくにとどめた。

 それでも、かなりの満足感ある食事だったから、食の満足は金額に関わらないのである。

 ○本日の、全国の新規感染者数は、一六九〇人(前週比-八八六人)。
 そのうち、東京は、四三四人(前週比-三〇〇人)。


二月十二日(金)

 ○今朝の体温は三六・一度。

 ○ルーディ・ラッカー『ソフトウェア』を読み終わった。

 ロボットが人格を持ち、人類に反逆した結果、月にロボットが住み、人類と共存している(執筆当時の近未来であった)二〇二〇年代を舞台に、人間の記憶や人格を集めて、さらなる進化を遂げようとするロボットによって、かつてのロボット開発者が、人間と機械の境界がゆらぐ体験をする……という話は、この作品が発表されたあとに、SF界のブームとなる「サイバーパンク」を先取りしている。クライマックスで、「人間はハードウェア足すソフトウェア足す実在だ」という言葉が象徴するように、ひとの魂は永遠だが、肉体なしには存在しえず、他者なしには実在できないのである。これは、じしんも数学者にして情報科学者である、ラッカーだから到達できた知見であろう。
 作中、主人公が月のロボット史博物館で、かつて数学者にして哲学者のクルト・ゲーデルに師事したことを思い出すくだりがあるが、ラッカーじしんもゲーデルに師事したことがある。また、ラッカーは、のちに、作中の人類から自立したロボット「バッパー」とおなじ名前の人工知能プログラムを作り出しているから(邦訳が日本でも出版されている)、もしかしたら、この物語はラッカーの自伝なのかもしれない。

 ○本日の、全国の新規感染者数は、一三〇〇人(前週比-一〇七二人)。
 そのうち、東京は、三〇七人(前週比-二七〇人)。

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→「#101 未定」



引用・参考文献



イラスト
「ダ鳥獣ギ画」(https://chojugiga.com/


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