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コロナ渦不染日記 #66

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十月二十六日(月)

 ○週が変わるごとに寒くなるのは、いよいよ秋も深まっている証拠であろう。
 今朝の体温は三六・一度。

 ○姪うさぎは、早産だったこともあり、まだ母乳を飲むのが苦手らしく、哺乳瓶を使って、冷凍した母乳と粉ミルクのハーフ&ハーフを飲んでいる。

 ○夜。黒田硫黄『セクシーボイスアンドロボ』を読む。

 主人公の〈セクシーボイス〉こと「二胡」が、その「耳で聞いた情報を正確に分析できる」技術を使って、幼児誘拐犯の所在をつきとめ、それを知っているのがいまのところ自分だけであることを確信する、あさましい表情がたまらない。彼女は、「自分だけの特別なもの」に酔っているのである。そして、作者はそのことをはっきりと示している。この突き放したクールな視線と、弱い人間の素直なこころの描写が重なるところに、黒田硫黄作品の美しさがある。

 ○本日の、全国の新規陽性者数は、四一〇人(前日比-八三人)。
 そのうち、東京は、一〇二人(前日比-二二人)。
 今日から、増加時のみ太字強調とすることにした。


十月二十七日(火)

 ○今朝の体温は三六・〇度。

 ○帰宅して、姪うさぎを入浴させる。ぼくたちはうさぎなので、本来ならば毛づくろいは舐めておこなうのだが、まだ幼い姪うさぎにはそれがむずかしく、人間と同じように入浴させることにしている。今日は、それがぼくたちの番であった。
 乳児用の、空気で膨らませるバスタブを用意し、お湯を張る。姪うさぎのおくるみと紙おむつを脱がせ、湯に浸からせる。姪うさぎは、おくるみを脱がされるのがいやであるらしく、そのときはぎゃあぎゃあと鳴くのだが、あたたかい湯に浸かると、鳴き声もやんで、くつろぎだす。このとき、姪うさぎは、若き日の田中邦衛氏のような顔になっている。

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 手に泡を取り、耳のうしろを手はじめに、顔、胸、両前足、腹、後足、尻尾と洗っていく。まだ毛が薄いので、ふだんぼくたちがしているような体の洗い方とは違って、てのひらでやさしくマッサージするようなかたちになる。泡を洗い流して、次は背中。顔がお湯につかないように気をつける。
 背中の泡も洗い流して、湯船からあがり、タオルで体を拭くころになると、姪うさぎはまだぎゃあぎゃあと鳴き出す。湯から上がったのに、おくるみも紙おむつもまだだからである。手早く紙おむつをはかせ、おくるみを着せ、抱きあげると、それでもまだ鳴いている。
「おれにまかせろ」
 相棒の下品ラビットに姪うさぎを渡すと、器用に抱きとめて、背中を四つ打ちのリズムで叩き出した。しばらくすると、鳴き声がやんだばかりか、目を閉じて、気持ちよさそうにしている。
「まだちいさいからな、心臓の鼓動が早いんだ。その早さに合わせてやると、お腹にいたころを思い出してくれるんじゃないか」
 なるほど……と思いながら、あやされる姪うさぎを見ていると、子どものころ、よく読んでいた絵本、『ぼくとちいさなダッコッコ』が思い出されてくる。

 少年うさぎが、両親が留守のあいだに、妹で幼児の「ダッコッコ」に、兄として関わっていくという話は、おなじく妹を持ち、彼女を守らねばとなんとなく思っていた、幼い日のぼくたちにとって、かっこうのロールモデルとなった。母うさぎも、そこのところを期待してのチョイスだったのではないかと思われる。その、作中のダッコッコより、姪うさぎのほうがまだ幼いが、それでも、ぼくと下品ラビットにとって、「幼い子どもをあやす」ことを意識した原点はここにある。
「といっても、このダッコッコは、おれたちのダッコッコの娘なんだけどな」
 下品ラビットがそう言って、あごをしゃくって示した先には、ソファーがあり、妹うさぎが大口をあけて眠っている。

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 ○本日の、全国の新規陽性者数は、六四七人(前日比+二三七人)。
 そのうち、東京は、一五八人(前日比+五六人)。


十月二十八日(水)

 ○今朝の体温は三六・二度。

 ○「Go To イート」キャンペーンを利用し、回転寿司チェーン「くら寿司」で、現金を支払わずに、なんども食事ができるという。

まず、「GoToイート」キャンペーンを利用して、予約サイトで予約。
1,000円の食事をすると、1,000ポイントがつく。
次回予約して、そのポイントを使って食事すると、またポイントが。
その次もポイントを使って、その結果...。
「GoToイート」ポイント利用者「(会計は)2013円ですね。(実際にお金を払ったのはいくら?)2,000円分をGoToイートのポイントで、あと楽天ポイントが13ポイントあったので、それで払ってゼロ円」
信じられない現象だが、虫がよすぎてちょっと心配。
そこで、農林水産省に問い合わせると「制度上なんの問題もありません」と返ってきた。

――FNNプライムオンライン「“無限くら寿司”なぜ可能? 現金ゼロで...システムは」より。

 まるでゲームのバグを利用した裏技のようだが、これが存在して赦されるのは、パッケージリリースされて以後は、手のほどこしようがないコンシューマ機のソフトの場合であり、あるいは現実世界がゲームだったとしても、それはパッケージリリースされたソフトではなく、修正アップデートが可能な、そして、必ず行われつづける、オンラインMMORPGであろうから、早急な対策こそ肝要である。いわんや、事業制度においてをや。現に、旅館に予約を入れ、キャンペーンのポイントが配布されて以後は、宿泊せず、料金も払わず、予約時に配布された電子ポイントだけを使う、といったことも起こっている。

千葉県館山市の『館山リゾートホテル』では24日深夜、大手旅行会社の予約サイトからGoToトラベルを利用して、翌日の25日から8名で5連泊、総額63万円の予約が入ったといいます。しかし、チェックイン当日、予約客は現れず、登録された電話もコールが鳴るだけで誰も出ませんでした。無断キャンセルで準備していた食材は無駄になり、キャンセル料25万円も受け取ることができませんでした。
[中略]
問題はそれだけではありません。予約がキャンセルになったにもかかわらず、GoToトラベルを利用すると受け取れる『地域共通クーポン』9万5000円分が、予約した人物に発行されてしまったといいます。
[後略]

――テレ朝ニュース「無断キャンセルで…“GoTo”電子クーポン不正取得か」より。
太字強調は引用者)


 ○本日の、全国の新規陽性者数は、七三一人(前日比+八四人)。
 そのうち、東京は、一七一人(前日比+一三人)。

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十月二十九日(木)

 ○今朝の体温は三六・〇度。

 ○在宅仕事の日なので、ぱぱっと仕事を片付ける……というわけにはいかず、書類を書いては姪うさぎのおむつを替え、姪うさぎをあやしてはスケジュール管理をする――といったぐあいに、にわか兼業主夫と化した。
 だが、これがまったく苦にならない。姪が泣こうが黙ろうがげっぷをしようが、気にせずあやしつづけることができる。もちろん、これは、ぼくたちに、姪の養育の責任がなく、ただ面倒を見て、甘やかし、かわいがればいいだけであるからである。責任といえば、傷つけないようにするだとか、いやがらずに面倒を見てあげるとか、そういった最低限の、あたりまえのことばかりであるから、なんらの問題もない。

 ○夕飯はおでんを炊いた。

 ○夜。藤子・F・不二雄『エスパー魔美』を読む。

 いうまでもなく、藤子・F・不二雄氏の大傑作のひとつである。ある日、超能力に目覚めた中学生・魔美が、他人の危機をテレパシーで感知できるようになってしまったために、否応なくさまざまな事件に巻き込まれていく、SF青春冒険譚は、魔美のドジだけど明るく誠実な性格や、マスコットのコンポコのトリックスターぶり、そして「藤子マンガ随一のナイスガイ」と巷間流布する高畑くんの魅力もあいまって、さわやかな読後感をもたらす。ここ半月ほどいそがしかったので、なんとなく疲弊している神経をなぐさめるのに、格好の作品である。

 ○だが、今回再読して、かつて思っていたよりも、シビアでシリアスな作品であることに気づいた。
 たとえば、「魔女・魔美?」(新装版二巻/文庫版二巻)や「のぞかれた魔女」(新装版三巻/文庫版二巻)といった、他人の秘密を暴こうとする人間の、ねじまがったこころを描くエピソードは、そのねじまがりっぷりを短くも鋭く指摘していて、ぞっとすることである。あるいは、殺人者の殺意の裏にある事情を察してしまい、最終的に最悪の事態こそまぬかれるものの、傷つき、ねじまがってしまった人のこころや、傷つくとねじまがってしまう人のこころのしくみそのものには、超能力者といえどタッチできないために、解決らしい解決ができない「黒い手」(新装版三巻/文庫版二巻)などは、ラストの魔美の顔に表れるように、ゴロリとした手触りだけを残して、きわめて「文学のふるさと」的である。
 そして、基本的にコメディータッチであるだけに、まれに起こるシリアスな状況、特に魔美の身に生命の危険が迫る展開のインパクトがすさまじい。魔美が「自分に接近してくる物体の移動エネルギーを転用して行う(らしい)」テレポーテーションに必要な、発射機構付きブローチにしこんだ梅仁丹が撃ちどめになった状態で、地下にとじこめられる「わが友・コンポコ」(新装版二巻/文庫版二巻)や、おそるべき殺し屋と対決した魔美が、心臓にむけた正確無比の射撃を受ける「弾丸よりもはやく」(新装版三巻/文庫版二巻)、魔美が殴られ、蹴られ、縄で首を絞められるバイオレンスがストレートに描かれる「エスパー危機一髪」などは、すさまじいサスペンスをもたらす。特に「弾丸よりはやく」は、殺し屋に対峙した魔美のモノローグが、すなわち「魔美の超能力は、彼女の精神作用の具現化なので、彼女の神経の伝達速度を超えて発動することができない」という制限の描写にもなっていて、射撃に関しては、魔美の思考よりも早い神経の伝達速度を持つであろう殺し屋に、魔美が勝てないであろうことを示して、凡百のバトルマンガより恐ろしいバトル描写になっている。
 このほかにも、超能力を持ってこそいるものの、魔美はあくまで中学生なので、身の丈を超えたできごとには、なすすべがないのも、シビアなところである。「電話魔は誰?」(新装版四巻/文庫版三巻)、「エスパークリスマス」(新装版四巻/文庫版三巻)、「ずっこけお正月」(新装版四巻、文庫版三巻)は、すべて魔美の超能力がきっかけで、状況が好転する話ではあるが、彼女の意志が事態を解決したわけではなく、魔美はあくまで身の丈を超えて、大人の世界に働きかけることができない。この限界をしっかりと描くところに、藤子・F・不二雄氏の誠実さがある。

 ○本日の、全国の新規陽性者数は、八〇九人(前日比+七八人)。
 そのうち、東京は、二二一人(前日比+五〇人)。

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十月三十日(金)

 ○今朝の体温は三六・〇度。

 ○午前中は取引先をまわり、午後は帰宅して在宅勤務である。
 といっても、やるべき仕事は、昨日のうちにあらかた片付けてしまったので、報告書をあげるだけである。先週までのいそがしさで、たまっている報告書を、今日ですっきり片付けて、気がねなく月末を迎えようという腹づもりだ。

 ○仕事の休憩中、カート・ビュシーク&アレックス・ロス『マーベルズ』を読む。

 アメリカのスーパーヒーローコミックスは、キャラクターの版権を出版社が持つために、自社内のコミックス間の主役級のキャラクターを同一世界にいることにして、物語の垣根を越えて共闘させる「クロスオーバー」が行われることで有名である。今作は、〈DCコミックス〉と並ぶ、アメリカンコミック出版の雄〈マーベル・コミックス〉の「クロスオーバー」を前提とし、「スーパーヒーローが多数存在する、〈マーベル・コミックス〉内のアメリカの歴史を、第二次世界大戦直前の一九三九年から、一般人の視点で語り直す」作品である。すなわち、これは伝奇なのだ。
 このコミックスでは、超人[マーベルズ]たちの内面や、彼らの事情は、基本的には描かれない。描かれるのは、超人たちをなすすべなく見守るだけの、一般人の事情である。超人に期待し、超人を応援し、超人に驚き、超人を恐れ、超人に文句を言う、「普通の人びと」のこころである。そういう点で、この物語の一部は、一九八六年に発表された、アラン・ムーア『ウォッチメン』をひき継いでいる(『マーベルズ』は一九九三年制作)。しかも、架空の一九八〇年代を舞台にした『ウォッチメン』よりも、長いスパンでのアメリカ史を扱って、より伝奇色が濃くなって、政治的なメッセージ――というより、普遍的な人びとの姿を描く趣向も、強くなっている。
 なかでも、一九六〇年代を舞台にした「Book.2」では、現実にはアフリカ系アメリカ人公民権運動やマイノリティによる反差別活動、〈マーベル・コミックス〉ではミュータントへの差別意識の高まりと『X-MEN』に代表されるミュータントたちの公民権運動を題材に、「超人」を褒めそやしながら「異なるもの」を排斥しようとする「普通の人びと」のこころに、「理解できるか否か」という勝手な線引きと、「自分から進んで理解しようとしない」傲慢さが潜んでいることに、「普通の人びと」の一員である主人公が気づいていくさまを描いて、昨日読んだ『エスパー魔美』につながるシビアさがある。特に、超人たちの活動によって、いつ破壊されるともしれない大都市を離れ、郊外に移住した「普通の人びと」である主人公の家族が、天涯孤独なミュータントの少女をかくまい、それを知った主人公が悩みながらも彼女を受けいれようとした矢先、ミュータント狩りロボット〈センチネル〉の暴走と、それに連鎖した「普通の人びと」の暴動が起き、自分のせいで主人公家族に累がおよぶことを避けようとミュータント少女が姿を消してしまう展開は、

ほっぺたを流れるものは、汗だろうか、涙だろうか。

――藤子・F・不二雄「黒い手」(『エスパー魔美』)より。

 といった感想しかない。

 ○伝奇とは、「歴史的事実()にフィクション()を加えることで、歴史が語ることのない、しかし実際に存在した人間のこころを描き、普遍的な人の姿を明らかにするもの」と考える。事実に取材することなしに、伝奇を語ることはできないし、ただ歴史的事実を背景にフィクションを描けば伝奇になるというものでもない。その点で、『マーベルズ』は、たしかに、そしてしっかりと伝奇している。

 ○本日の、全国の新規陽性者数は、七七六人(前日比-三三人)。
 そのうち、東京は、二〇四人(前日比-一七人)。
 この一週間で、はじめて、新規陽性者数が減少した日である。


→「#67 月に寄す」



引用・参考文献



イラスト
「ダ鳥獣戯画」(https://chojugiga.com/


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