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美女と野獣の二剣士


 登 場 人 物
ファファード…………北方人の巨漢
グレイ・マウザー……南方人の小男
スレーニャ……………むすめ


 そのむすめが、ランクマーでも、ネーウォン全土でも、あるいはあまたの異世界においてをや、もっとも美しいむすめであることは、うたがいようのないことだった。だから、赤毛の北方人ファファードと、浅黒い肌をした、猫に似た顔つきの南方人グレイ・マウザーが、彼女のあとを追っていったのは、しごく当然のことであった。

 この世でもっとも魅惑的なブルネットを持ち、そしてなんとも奇怪なことに、この世でもっとも蠱惑的なブロンドをも持つ、このむすめの名前は、これまたなんとも奇妙なことに、スレーニャ・アッキバ・メイガスといった。彼らが、スレーニャ・アッキバ・メイガスこそ彼女の名前であると知ったのは、黄金こがね通りとならぶ、偽金にせがね通りにさしかかったところで、だれかがその名を呼んだひょうしに、彼らの前を音もなく歩み去るむすめが、それまであたりを見回すことすらしなかったのに、そのときだけ、ふいに名前を呼ばれたものがするように、一瞬たたらをふんだからであった。

 彼らは、この名を呼んだものを見なかった。おそらく、屋根のうえにでもいたのだろう。小札こざね小路の前をとおり過ぎるとき、ちらりと中をうかがったが、誰もいなかったのだ。黄鉄おうてつ小路でも同じことだった。

 スレーニャの背は、グレイ・マウザーより二インチばかし高く、ファファードより十インチばかし低かった――実にむすめらしい背丈といえた。

「彼女はおれがいただくぜ」グレイ・マウザーは自信たっぷりにささやいた。

「いや、彼女をいただくのはおれだ」ファファードはさりげない熱っぽさにじませた声でささやき返した。

「このままじゃ彼女を引き裂いてしまいかねんな」マウザーは慎重に声をひそめて言った。

 このおどけた言い回しには、実はそれなりの理屈があって、驚くべきことか、彼女のからだは、右側が真っ黒で、左側が真っ白だったのである。もしあなたが、彼女の背中をごらんになれば、はっきりとその境目を目にしたことだろう。なんとなれば、彼女が着ていたのは、絹でできた薄茶色のごくごく薄いドレスだったのである。彼女の肌の色のさかいめは、そのお尻までもきちんと左右に分けていたのであった。

 そして、色白な側の体毛は、これすべてブロンドであった。色黒な側の体毛は、これすべてブルネットだったのである。

 と、この瞬間、黒檀色の肌をした戦士がどこからともなく現れ、真鍮の円月刀をひらめかせ、ファファードに襲いかかった。

 ファファードはすばやく愛剣の〈灰色杖〉を抜きはなち、敵の刃を直角に受けとめた。円月刀はくだけ、あたりに破片がとび散った。ファファードの手首は円を描くようにして〈灰色杖〉をふり回し、敵の首を打ち落とした。

 この間、象牙色の肌をした戦士がどこからともなく現れ、銀めっきされた鋼のレイピアを構えると、マウザーに襲いかかった。マウザーは愛刀の〈手術刀〉をさっと抜きはなつと、寝かせた刃で相手の刃を押さえつけておいてから、敵の心臓をひといきに切り裂いた。

 そして、二人の親友は、互いの技を褒めたたえたのであった。

 彼らはあたりを見回した。二体のなきがらをのぞいて、偽金通りには誰もいなかった。

 スレーニャ・アッキバ・メイガスは、姿を消していたのである。

 二剣士が考え込んでいたのは、心臓が五つ打ち、息を二つ吸うあいだのことだった。ファファードは目を閉じ、眉をひそめていたが、おもむろにかっと目を見開いた。

「マウザー」彼は言った。「つまり、むすめが二人のならずものに分かれたのだ! そういうことだ。やつらは同じくどこからともなく現れたのだから」

「どこか同じところから、とおぬしはいいたいのだな」マウザーはつっこんだ。「なんともめずらしい再生産、いや、やはり分裂といったほうがよいな」

「性別まで変わっているしな」ファファードが言いつのった。「おそらく、死体を調べてみればなにか――」

 彼らは、偽金通りを見おろして、そこになにもないことを見てとった。二体の幽鬼は、玉石の街路から消え去っていたのだった。切り落とされ、通りの壁まで転がっていった首さえも、どこかに消えうせていた。

「死体をかたづける手間がはぶけたな」ファファードの声には賞賛のひびきがあった。彼の耳は、こちらへやってくる夜警の、どすどすという足音と、金属のかちゃかちゃ打ち合う音を聞いていたのである。

「貴金属とか宝石とか、金目のものがふところにないか、確かめる時間くらいあったはずだがな」マウザーは不服げだった。

「誰のしわざだ?」ファファードは思案げな顔つきをした。「黒白の妖術師、とか?」

「へたの考え休むに似たり、さ」とマウザーは言い捨てた。「いざ、〈金の泥鰌どじょう亭〉にでもくり出して、おれたちを驚嘆せしめた、あのむすめに乾杯しようじゃないか」

「よかろう。あのむすめには、そうだな、真っ黒なスタウトをイルスマーの発泡白ワインで割ったものなんか、ふさわしかろうぜ」


(おしまい)


原作
Fritz Leiber "Beauty and Beasts" (1974)


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