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「シンに方」――筒井康隆風『シン・ゴジラ』パロディ小説

 このお話は、映画『シン・ゴジラ』を筒井康隆風文体模写で書くとどうなるかという思考実験、文体模写、あるいはマッシュアップです。
 政治的な意見や思想はまったく含みませんが、映画『シン・ゴジラ』のネタバレを含みます。
 ネタバレ大丈夫だよ、という方のみ御覧ください。



 その日突然、ゴジラが東京にやってきた。

 ゴジラは黒光りする全身に傷跡を思わせる赤い裂け目をいくつも刻んだ巨大な生き物で、棍棒のような尻尾を持ち、その尻尾を堅く屹立させながら鎌倉に上陸した。その時東京には十軒の主要巨大建築物があり、いつものように東京のど真ん中に東京駅がすわり、残りの建物がゴジラの上陸地点から東京駅の周辺にかけて並んでいた。おれの居場所は東京駅の左側の一番奥である。ゴジラが上陸した場所は鎌倉だから、東京スカイツリーをのぞけば、おれの居場所はゴジラから一番遠いわけである。

 ゴジラ上陸の報がマスコミによって騒がれ、おれたちの全員がゴジラに注目した。ゴジラは鎌倉の家々をなぎ倒し、横浜駅を踏み潰し、人間たちを見下ろしもせずに殺戮しながらこちらに近づいてきた。その進路上一番近いのは武蔵小杉の女性に人気のあるタワーマンションだった。彼は、丸子橋周囲に展開した自衛隊を見て、すぐ映画の撮影か何かだと判断したらしく、冗談はよせとでもいうように軽く片手を振り、また自衛隊の戦車に眼を落とした。
 ゴジラはタワーマンションに尻尾を一振りした。狙いが正確だったせいか、タワーマンションの頭部は両肩の間からすぽんと飛び上がってしまった。砕けたマンションの間からは鈍色の鉄骨がひとつ突き出た。その鉄骨にぶつかって、胸元を転げ落ちるタワーマンションの頭部から出た人間が一筋、空中に放物線を描いた。

 悲鳴を上げるものはおれたちの中にはいなかった。あまりのことに驚き、というより、これ以上あまりのことというのは他にちょっとないから、全員がCGを見ているような非現実的な気持ちにとらわれていて、悲鳴というような現実的な反応を示すには至らなかったのであろう。おれもそうだった。
 悲鳴を上げたのは、展開していた自衛隊だった。羽虫のようなヘリからの機関砲やミサイル、地上の戦車隊が主砲をぶっ放す、その音は日本という社会の悲鳴であった。それらはゴジラの頭部に炸裂したが、叫び声一つで噴煙が散らされると、ゴジラは無傷であった。

 丸子橋を蹴り上げ、次はどいつを、というようにゴジラが東京を見まわしはじめた時、世田谷区の東宝スタジオが立ち上がった。この男は虚構を作り出すことに異常なほど情熱を燃やす性格の建物である。彼はゴジラに指をつきつけ、大声で怒鳴りはじめた。
「何をする。伝統をなんだと思っているんだ。歴史があるんだぞ。そんなに簡単にゴジラを名乗っていいのか。いったいこの時代に、着ぐるみでもないのに、日本に、東京に現れていいなど誰が言ったっていうんだ。たとえ貴様が本物のゴジラでも、伝統をふまえるべきではないか。核実験のこと、わだつみに散った英霊の存在を」
 どしゃ、と洋菓子を叩き潰したような音がして、ゴジラの踏みおろした足が東宝の頭蓋骨を砕いた。今度は上からの一撃だったので後頭部に近いところへ命中し、東宝スタジオはあたりに散らばった特撮小道具の上でへしゃげた。

 血が冷え、逆流していた。そんなこととは関係なく、建物なので、動けなかった。日本の悪夢、関東の惨劇、東京地獄、そんなことばを次つぎと思い浮かべるだけで他には何も考えられず、わずかに、次は誰の番だ、誰がやられるのだという一種の期待に似た感情があることを自覚しているだけだった。

 ゴジラは蒲田に向き直り、血のりで赤く染まってでもいるかのような腹をゆすった。蒲田というのは小さな街で、ラブカのようにはいつくばったやつだった。その不細工な顔でピエロのように振る舞うのが彼の処世術だった。蒲田はつぶらな瞳でゴジラを見上げ、陸に上がった魚類のように、萎えた陰茎のような全身をその場でぶるぶると蠕動させた。
 ゴジラは蒲田にゆっくりを近づいた。
 蒲田は歌い出した。「ゴジラ、ゴジラ、ゴジラとメカゴジラ」眼を見開いた。「モスラ、モスラ、モスラとメカモスラ」ビルの一つにもたれ掛かり、そのままビルごと倒壊しながら怪獣蘊蓄を語り始めた。「ゴジラというのは元々クジラとゴリラを語源に作られた造語でして、ここから○○ラという怪獣の名前の定型が生まれたのであります。他にもモゲラ、ゲゾラ、ガイラ、キングギドラ、ジャンジラ、ガメラなどがございますが」
 落ちを言い尽くす前に、蒲田はゴジラの足の下でへしゃげた。ゴジラは足の先にからみついた商店街をうるさそうにはねのけた。

 ここまでくるとゴジラが次に誰を殺そうとするか、その順番はおぼろげながら誰にでも推測できた。ゴジラが次に狙うのは、首都高三号線渋谷駅周辺に違いなかった。首都高三号線渋谷駅周辺は現在日本でもっともメディアに取り上げられるスポットといってよく、平和な日常の象徴であった。それでも現実にゴジラがあらわれ、東京が蹂躙されているのだから、いくら渋谷駅周辺であってもこの状況に飲み込まれずにいることはできない筈だった。なぜなら、もし自己に忠実にゴジラの存在を否定すれば彼はゴジラに対してなんの反応を示すこともできず、もとより土地、建物なのだから逃げ出すことができないからだ。
 どうするつもりだろう、と、おれは思った。彼はゴジラを認め、破壊から逃れようとするだろうか。それとも、あくまでゴジラを否定し、黙ってゴジラの足の下でへしゃげるつもりだろうか。
 現実の建物の精神機構というものは、なんと相反する自己主張と保身の間でうまく折りあわせるものであろうかと、おれは感心した。首都高三号線渋谷駅周辺はゴジラを否定したままでこの状況から逃げ出せる口実を見つけだしたのだ。
「おかしいなあ。上空になにか舞っているぞ。どうやらギャオスがマナの減少に引き寄せられてきたらしい」東京中の全員に聞こえるような、むろんゴジラにも聞こえるような大声でそういった首都高三号線渋谷駅周辺は、すっと上空を見上げた。「ガメラがくるかもしれないぞ」
 いかにもこの場を映し出しているのとは違う映画に出ている如き平静さを保ちながら、首都高三号線渋谷駅周辺はその場にいた。
 今までと同じように足を踏みおろしたゴジラは、首都高三号線渋谷駅周辺の背骨を踏み破った。首都高三号線の背骨はぼきりとへし折れ、V字型に反った両端からぼろぼろと車がこぼれ落ちた。極彩色の木の実のようなそれらは地面に落ちると、真っ赤な炎か真っ赤な血を滴らせた。ゴジラが足を踏みおろした反動で、長い、勃起した犬の陰茎のような尻尾は地面を打ち据え、渋谷駅はピカソの描いた人物画の顔のように広がった。

 渋谷駅の東側で東京タワーが立ち上がった。少し目尻が下がっていて唇がぼってりしている点をのぞけば彼女は申し分ない美人で、その美貌に対すると同じく肉体にも彼女自身たいへん自信を持っていて、東京メトロのコマーシャルに出るのと同じようなメイクをするようなナルシズムの強さはやや鼻持ちならぬほどであった。彼女は焦っていることをゴジラに悟られまいとしながら手早くananのグラビアつき特集ページを飾り、キャラクターだけはアニメのツンデレキャラの如き非現実性を保ちながらウインクした。
「ゴジラ、あんたバカァ?」彼女は自分の方に向きなおったゴジラを、もうひとつの衝動へ誘うために挑発した。「わたしみたいな萌えキャラを、ただ殺してしまうだけじゃもったいないと思わないの?」
 ドイツから来た美少女を思わせる、赤と白のすらっとした裸体がふるえた。その裸体はおれも見たことのある裸体だ。彼女は自分の賛美者であれば誰にでもこの裸体を見せた。この東京で彼女の裸体を見ない場所はなかった筈だ。
「ね。いいじゃない。ここでしましょう。皆が見ていたっていいじゃない。どうせみんな破壊しちゃうんでしょ。わたしも壊しちゃうんでしょ。だったらその前に、ひとつになりましょう」パンティを脱いだ。「それはとても気持ちのいいこと……」
 彼女の自信は、ゴジラが身体ごと顔を背けたことによって崩壊した。自分も、自分ほど高くない他の連中同様虫けらのように叩き壊されるのだと知った時、彼女はゴジラにむけてぎゃあと叫び、怒りと恐怖で顔をゆがめた。その顔は巨大な蛾のそれを正面からのぞき込んだような醜さに変貌した。
 一瞬後、東京の、日本の象徴であったこともある細い身体はゴジラの尻尾によってなぎ倒され、頭と足が逆になり、地面に突き刺さったままゆっくりと半ばから折れていった。めきめきと泣き叫ぶ腹部からはたくさんの人間がこぼれ落ち湯気を立て、赤黒く開いた陰唇を上に向けていた。

 悲鳴を聞きつけたらしく、お台場のテレビ局本社が声を挙げた。「何だなんだ何だ。どうした」
 ん、どしたどした、ん、と、のべつまくなしに言いながら彼は丸い顔を左右に振り向けてきょろきょろし続けた挙げ句、やっと東京の惨状に気づき、ひえっ、と叫んで眼を丸くした。テレビ局の騒動好きは東京一だった。むろん心配してのことではなく、争いごとや他人の不幸が根っから好きなのである。うわべだけは心を痛めているかの如く装ってはいるが、喜びにぎらぎら輝いているその眼を見れば、誰にでも彼の本心はわかってしまう。騒動に限らず、市民の失敗にしろ政治家の左遷にしろ自分がそのようなことにならなくてよかったという局面にはその感情を露骨に示してはしゃぐため、彼を好いている者はほとんどいなかった。
 一生のうちに二度と出会えるかどうかわからぬという大事件を前にして、テレビ局本社はもはや有頂天であった。ゴジラがボタンのような小さな目で中空を睨み、おくびのような超高温の呼気を吐き出し始めた時も、さてこの事件の原因はと報道ヘリを繰り出しているところだった。もはや他人の不幸を喜んでいられる身の上ではないのだということが、彼にはなかなか理解できないようであった。不意にゴジラがうずくまり、酔っぱらいが電柱の根本に吐瀉物を撒き散らすように逆立ちした東京タワーの肩口に高熱を吐きかけ、その高熱が大気中の酸素と化合し紅蓮の炎と化し港区を焼きつくし、さらにその温度が増し熱の放出が収束し百円ライターの青い火芯のごとき超高温の熱線となって、東京の南東をバターのように切り裂いていくのを凝視しながら、彼は弱よわしくかぶりを振った。
「おれ、関係ないんだよ」彼は弁解をしはじめた。「おれ、第三者。おれ、お台場島」
 その声に反応したのか、ゴジラがこうべを巡らせると熱線はどこまでも伸びて中空を横薙ぎに裂き、その通り過ぎたあとに高温の陽炎を残しながら、テレビ局本社を向かって右下から左上に斜めに断ち切った。
 彼の屍体の無残さは、今しがた彼が報道したどの屍体よりもひどかった。超高温の熱線で切り裂かれた身体は、ちぎれてしまうこともなくかといって爆発することもなく、切り口の熱によってじわじわと溶け崩れていくのだった。それはもしテレビ局本社が見たとしたら躍り上がって喜ぶであろうほどの見ものだった。

 この時、東京の新たなランドマークとなっていたのはスカイツリーという高慢な女子建造物で、彼女はゴジラが熱線を吐き終わるなりさっと立ち上がり、あべこべにゴジラを睨み返した。下唇を噛んでいた。ゴジラごときに叩き潰されるのは癪でしかたがないといった表情だった。事実、彼女はまだ処女で、虚構の中での破壊を受け入れたことがないのだった。オカンとぼくとスカイツリー、というほどの歴史はなく、そのことを指摘されるのが嫌いだった。まだ新しいんです、と反駁し、しかしそれを誇っているところすらあった。今、彼女は自分の意思ではなくゴジラの意思で、よりによって破壊されなければならぬ自体に直面していた。他の建造物が破壊されている間ずっと自分の意思を通す手段を考え続けていたらしい彼女は、やっとその唯一の方法を発見したようであった。
「自分で死にます」彼女はそばかすのちらばる白い顔を日にさらして言った。「何も、あなたなんかに壊してもらう必要はないわ」
 彼女はその細い体をぎゅっとねじり四本ある支柱を撚り合わせ、よれた状態の自重で自壊していった。バラバラと肉片を撒き散らす彼女の残された生白い大根足がおれの網膜に残った。彼女、突っ張りづめの人生だった。

 東京の左側、つまり、おれのすぐ前にいるのもランドマークで、それは都庁だった。彼はゴジラが自分を睨むなり、おれを挟んで左側の東京駅を指差した。
「あいつらを先にしてくれ」彼は泣き叫んだ。「頼む。どうせ同じことだろ。あの建物を先に壊してくれよ。わたしはあとまわしにしてくれ」
 また始まったか、と、おれは思った。いつも失敗ばかりしているのだが、彼の失敗であることがわかりきっているその失敗を胡麻化そうとしたり他人のせいにしたり、つまり本格的な叱責をほんの一分でも二分でも次の年度に伸ばそうとする無意味な悪あがきによって彼は上役たちの頭痛の種であった。
「なんであの建物じゃないんだ。わたしなんだ」彼は泣き出していた。「わたしをあとにしてくれ。なにも、きちんとした順番があるわけじゃないだろう。だったら同じことだよ、な。わたしをあとにして」
 だが、いくら被害者的に泣いてみせたところで、この場では彼は本当に被害者であり、ゴジラは実際上加害者なのだから、彼の涙と泣き顔にはそれ以上ゴジラをたじろがせるための、まったく何の効果もなかった。ゴジラは尻尾の一撃で彼を叩き潰した。新宿駅を飛び越えて、彼の破片はおれの周囲にまで飛んできた。ぼちゃ、ぼちゃ、と、水しぶきが上がり、おれはべとべとになった。

 いつの間にか夜が訪れていた。その闇にまぎれて人間たちが何かを始めた。米軍基地から飛び立った爆撃機が、ようやく東京上空に到達し、あろうことか爆弾を落とし始めたのだ。爆弾はゴジラの背に直撃し、首筋から尻尾のつけねまでびっしりと生えた背びれの間を縫うように走る陰唇を思わせる赤黒い裂け目に炸裂した。夜の闇を遠い日の夜襲を思わせる爆撃の火球が赤く染めた。
「あお」
 うめき声とともにうずくまったゴジラの背の赤黒い裂け目から、超高温の熱線がほとばしり、暗い空に向けてさかさまに突き刺さった。してみると、あの亀裂は下の口というより上の口と同じ、呼吸に用いる器官であったらしい。読者を笑わせようとしてややエロチックな軽口をたたいた自分の罪深さを恥じなければならなかった。
 夜空の雲を透かして今度は爆撃機が火球に変わる番だった。ゴジラがすっくと立ち上がると、針山めいて宙に向けられていた熱線は巨大建築物にも向けられた。その一本が丸ビルの右の顳顬[こめかみ]の上にあたった。ずるり、と、彼女の右の頭頂部が顔面の皮膚もろとも顔の片側に剥げ落ちた。彼女は化物のように内部構造をむき出しにし、オフィス部分を黒くおっぴろげ、きいっという悲鳴をあげた。鷹に襲われた瞬間、普段は声を出さぬ齧歯類があげる断末魔の悲鳴と同じであった。
 ゴジラは丸ビルに向かってゆっくりと能楽師を思わせるすり足で移動しながら顔を持ち上げると、ぱかり、と、口を開いた。その下顎がずるっと左右に開き、またあの超高温の熱線を放つつもりのようであった。おれはへたをするととばっちりを受けかねないから、抜けかけた腰を持ち上げて退こうと思ったが建物なので思うばかりで果たせるわけもなく、戦々恐々とするばかりだった。
 ゴジラは少し焦り気味に第二撃を放った。熱線は地を削り、新宿ハイアットリージェンシーや日比谷シャンテや銀座和光といった有象無象の建物をなぎ倒した。放射線を含んだ熱を発散しながら繰り出されるすり足に、逃げ遅れた生き物が焼け電柱が焦げ付きアスファルトが溶けた。熱線はそのまま丸ビルのスカートのような東京駅をえぐり、むきだしになった彼女の左の白い鉄骨に当たり、彼女はぎゃっと叫んで蝦のように反った。第三撃は左右両方の腹部に命中し、彼女はやっと静かになった。それでもまだ痙攣している彼女の身体の上へ、ついに到達したゴジラは、怒りにまかせて足を踏み下ろした。第五撃、第六撃、第七撃、第八撃と、続けざまに踏みにじり、ついに足を滑らせての第九撃は東京駅を横ざまに押しつぶす形になった。ゆっくりと起き上がったゴジラの身体には小腸を思わせる在来線がからみついたが爆発はしなかった。

 いよいよ次はおれの番かと思うと、おれの全身は、おれに日本全国民が与える役割の重みでも抑えられないほど激しく震え出した。だが、待てよ、と俺はおもった。もしや次はおれではなくて、国会議事堂が壊される番なのではあるまいか。国会議事堂は最初の映画化公開されてから幾度となくゴジラに破壊されており、それはもちろん映画の中のことであるが、今回もそうならない保証はない。もっとも、このおれにしても、これは映画でないのだから、今日ここで破壊されるということにたいした代わりはない。しかし、国会議事堂が破壊されるという定石のシーンを見て壊されるのと見ないで壊されるのとでは百数十年の生涯の最後の経験として、単なる損得以上の、やはりちょっとした違いになってくる。無意味なようであるが老人が孫の顔を見て死にたいなどと言うのと同じことだ。

 期待通り、ゴジラは国会議事堂を睨みつけた。
「わはははは。まあ、あのね。君ね、そんなに怒ることない。まあまあ」国会議事堂はゴジラの方へ突き出した両手で宥めるしぐさをした。「何をそんなに怒っているのかね。え。まあ、君ね、言ってみなさい。聞こうじゃないの。そういうことはね。話しあえばわかるもんだよ。ね。話しあえば」
 ゴジラが国会議事堂の方へ歩み寄った。
「そりゃね。君の方にもいろいろ事情というものがある。そりゃ、わかるよ。ね。Qからこんなに時間が経ってエバーのシンはいまさら難しい。そりゃわかるんだ。だからだね」どっと議員を噴き出させて、国会議事堂はけんめいに得意の丸め込みをやり続けた。「そこはだね、こちらの事情とうまく折り合いをつけるような、なにかの方法がね、うん、ある筈だから。わはははは。そのためには君。まあね。いろいろとやっぱり。ね。話しあわんけりゃ。ね」ゴジラが近づくにつれ、国会議事堂の声は次第に語尾が跳ねあがりはじめた。「さあ。話しなさいよ。え。何か話しなさいったら。君っ。話せっ。なにか言えっ。『逃げちゃダメだ』とかっ。言わなきゃわからんだろうがっ」彼はおれに向きなおり、つり上がった眼を絨毯の色に充血させて怒鳴った。「君っ。今までどうしてぼんやり見ておったのだ。えっ。どうしてこういうものを日本国内に入れたんだ。もっと早くに神社に連絡するとかだな、なんとか方法はあっただろう。そうじゃないか。えっ。君っ。象徴なんだろう。そうだろうが」
 怒鳴り続ける国会議事堂をゴジラが体当たりで突き崩した。ごき、という音がして国会の頚椎骨が折れ、彼は首を股下に転げ落とし、参議院と衆議院を左右に開いた万歳の姿勢で息絶えた。

 ゴジラがおれに向きなおった。嘆息とも悲鳴ともつかぬ笛の音のようなものが咽喉から漏れ、ゴジラが踏み込んだ堀からは、はじけとぶような勢いでどっと水が噴出し、なまあたたかい小便を送り込まれたパンツのように森を濡らした。死にたくないという思いだけでいっぱいだった。死の恐怖以外、心には何もなかった。おれは命乞いをした。助けてください、壊さないでください。お願いです。単にそういった気持ちの説明の繰り返しだけで、他に気のきいたことは何ひとつ言えなかった。
 ゴジラがいったん開きかけた下顎を合わせ、眼を輝かせておれにうなずきかけた。何かしらおれの気持ちに対して親愛の笑みを浮かべているようにも感じられた。
 ゴジラの意外な態度にちょっと驚き、おれはきょとんとした。やや希望が湧いてきたので、おれは勇気をふるい起こし、おそるおそるゴジラに尋ねた。「あのう、すると、わたしだけは退かせてくれるのでしょうか」

 ゴジラは真顔に戻り、下顎を開いた。いや、やっぱり壊すのだ。

 熱線が吐き出された。生きながら燃え尽きる瞬間、なぜかおれは一種の爽快感を味わっていた。

(おしまい)


参考・引用文献
「死にかた」(筒井康隆『鍵 自選短編集』より)


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