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直立不動からの……アスファルトへの杭打ち:これが夢を売るサーカスの世界なのか?

先月から「キャリコネニュース(https://news.careerconnection.jp/)」に本名とペンネームで寄稿している。

この媒体が「ブラック企業体験談」を募集しているのだが、幸いと言うべきか、僕にはその経験がない。しかしブラックなバイトの香りくらいは嗅いだことがあるので、披露したいと思う。

そこはとある有名サーカス団だ。日本国内のサーカス団は非常に限られているので、ちょっと調べれば特定出るだろう。

サーカスは華やかな世界だ。空中ブランコなどの曲芸や動物を使ったショー、おどけたピエロなどが楽しませてくれる。
ご多分に漏れず、このサーカス団もすごぶるイメージが良い。社長のインタビュー記事も読んだことがあるが、「サーカスという前時代的な興行を近代化して盛り立てたい」という情熱に溢れた人物として描かれていた。

僕がこの団と関わったのはずいぶん前のことだ。巡業公演のサーカス小屋を設営するバイトに従事した。期間は3日間程度だったはずである。


「なにがなんでも承知してもらわないと私の立場が危うい」

「なにかがおかしい」。

そう思ったのは面接当日の朝だった。
いきなり電話があり、「いまから1時間半後に面接に来て頂けませんか?」と言われたのだ。社長のスケジュールが変更になったのが理由とのこと。

そのときの電話口の女性の口調が「このまま死ぬんじゃないか?」というくらい必死で、「なにがなんでも承知してもらわないと困る。私の立場が危うい」という鬼気迫るものだったのが忘れられない。

採用後、サーカスの世界の一端を垣間見た。
空中ブランコや曲芸など、新体操的な体術を駆使するパフォーマーが多いためか、上下関係の厳しい体育会系社会そのままなのだ。先輩の前で後輩は直立不動。女性も多かったが、挨拶や立ち振る舞いはほとんど野球部のノリだった。
それを数日しか働かない短期バイトにも強制するので「聞いてないよ〜」と思った。
「ほんとに社会人の集団か?」と感じたのは言うまでもない。

しばしば指摘されることだが、体育会的な体質の企業は、やりがい搾取の温床になりやすい。
サーカス団に入団するのはひじょうに若い内だろう。だからかろうじて成り立っているんじゃないだろうか?
世界中から優秀な人材を集めていることで知られる「シルク・ド・ソレイユ」のように、キャリアを積んだパフォーマーをオーディション形式で選ぶ団体だったら、きっとこんな風にはならないと思う。

大宅壮一ノンフィクション賞受賞者である久田恵さんの『サーカス村裏通り』(JICC出版局)の家族的な世界からかけ離れていたので、少なからず衝撃を受けた。


文明の利器を使わないことがサーカス団の矜持……なんだろうな

仕事の方は「アスファルトにテントを支える杭を打ち込む」作業がメインだった。果たしてそんなことをして良いのか分からない。路面の原状復帰は不可能だ。

言うまでもないことだが、アスファルトは岩のように固い。
そこにハンマーを振り下ろし力業で鉄の杭を打ち込む。
絶対重機かコンプレッサーを使うべきだと思うが(そうすればバイトをたくさん雇う必要もない)、それをしないのが体育会の矜持なのだろう
いわんや鍛え上げた肉体の妙技だけを頼りに飯を喰っているサーカス団員たちの場合は、その思いが一層強いのかも知れない。

まぁとにかくそんな作業を続けたのだが、3日目にある社員のそばのいたバイトが無作為に5人選び出され、「予定より作業が順調なのであなたたちは今日限りということにさせてください」と言い渡された。

僕もその5人に入っていた。正直言って、ロクにハンマーを振るうことも出来ないひょろっとしたモヤシ君が残されていたのが不満だったが、ここから退散出来るのでホッとする気持もあった。

バイト料は最終日に現金手渡しということになっていた。最終日が予告なしに前倒しされた形である。
「今日ハンコを持っていない人には渡せませんから」。
ハンコを日常的に持ち歩いている人なんていない。

運の良いことに、僕はなにかの都合でハンコを持っていた。さっそくその場で手渡しされた封筒の中身を確認する。

事前に聞いていた金額はキリの良い数字だったのだが、お札とは別に小銭がじゃらじゃらしている。そこで確認したところ「なんか文句言ってるよ〜」。憮然とされた。

すかさず事務方の職員がやってきて、ゴキブリでも見るような目で一言。
「それは残業代です」。
割り増しもらっても、ちっとも嬉しくなかった。

わずか3日でこれか。
テントの裏でどれだけの涙が流されているのか、目に浮かぶような3日間だった。

巡業公演が行われたのは、現在横浜市役所の新庁舎が建っている場所だ。この場所を通る度に、僕は杭打ちのことを思い出すのである。

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