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大手化粧品会社員から、編集者へとキャリアチェンジする理由


「野村さんはうちの会社に来てどうしたいの?」


転職活動をする中で、面接に行く先々で受けた質問だ。


「いやいや、将来になってみんとわからんわいっ!」と思いつつも、その質問にむちゃくちゃ悩まされた。しかし、「いろんな会社がそれを言ってくれたおかげで今があるな」とも思う。


この春、新卒から6年間働いた大手化粧品会社を辞め、異業種へ転職をする。


■化粧品会社時代


化粧品会社での6年間は、北海道で販売店のコンサルを5年、本社で物流企画を1年担当した。

私が北海道に配属されていた5年の中で、特に力を入れていた仕事は、ビューティディレクター(以下BD・化粧品やエステ等を通じてお客さまに最適な美容を提案する販売店スタッフ)の採用・育成である。


・美容の仕事は未経験だから私にはできない
・現状に満足していない
・不満は山ほどあるけれど、転職する勇気はな
 い

さまざまな悩みを持つ女性に対して、

「皆さんのこれから“ありたい姿”ってどんな姿ですか?」

生意気にもこんなことを言いながら、自己実現をするための手段として、BDの働き方を提案してきた。また、BDの活動支援と並行して、これからのキャリアビジョン、“ありたい姿”を常に問いかけてきた。それにより、仕事のやりがいを持ってもらうと共に、モチベーションアップに繋がるよう支援をしてきた。

日常的に“ありたい姿”について、他者に問いかければ問いかけるほど、自分自身の中で疑問が出てきたのは3年前くらいだろうか。

業務の中で、「◯◯を実現したい!」はあるけれど、「これからの人生で私がどうありたいのか?」これはすぐ答えが出てこなかった。
このときから、“ありたい姿”という言葉を発する度に、自分の心が窮屈になっていったように思う。

2019年1月、北海道から東京へ異動になり、業務もガラッと変わった。「ある意味転職ってこういうことなのかな?」と思いながら、新しい業務をがむしゃらに行っていた。物流企画の仕事は北海道の5年間と違い、インフラ要素が強い仕事だったこともあり、自分の介在価値をあまり感じることができなくなっていた。

2月、27歳の誕生日を迎えた。改めて自分の“ありたい姿”について考えていた。このころから“転職”を考え出した。そしてGW明けには、具体的に転職活動をスタートすることになる。


■転職理由


私が転職活動をし始めた理由は3つ。

1.介在価値を強く感じられる仕事がしたい。
2.もしも今日リストラされたとしても自立して
 いける力をつけたい。
3.人の「きっかけ」をつくるような人でありた
 い。

最終的に転職を決断する後押しになったのは、3の考えだ。学生時代の話を少ししたい。


大学に入学してすぐに父が亡くなった。これは人生で1番辛かった出来事であり、僕の人生に大きなインパクトを与えた。それでも、家族でテレビを見て笑っているとき、友達と笑っているとき、辛いときに辛いと言える人がいるとき、これらの時間は、自分を前に向かせてくれた。この体験が就職活動に大きな影響を及ぼすことになる。


就職活動をしていたときは、“ありたい姿“が明確だったと思う。


「人の笑顔に全力でありたい」
「人のきっかけをつくるような人でありたい」


だから私は笑顔やきっかけ(人が1歩前に踏み出せるような、背中を押せるような)をつくる仕事がしたいと思った。もっと言えば、「ブームをつくって世の中を笑顔にしたい」と思うようになった。当時FMラジオから流れてきたAqua Timezの「決意の朝に」にすごく心打たれたのを覚えている。

どうせなら これからはいっそ誰よりも
思い切りヘタクソな夢を描いてゆこう
言い訳を片付けて 堂々と胸を張り
自分という人間を 歌い続けよう


ここ2〜3年くらいを振り返れば、「人のきっかけをつくるような人でありたい」という想いをどこか忘れてしまっていた。他者に“ありたい姿”を問いかけながら、自分について一生懸命考えることを避けていたからだ。私の「ブームをつくりたい」という想いは、もはや線香花火が消える直前くらいにまで消えかかっていたと思う。ちょっと綺麗に言いすぎたけど。


■編集者の仕事への転職理由



2019年11月、下北沢の編集プロダクション「プレスラボ」代表の池田園子さん(※当時、池田さんは手伝い役としてプレスラボと関わっていた)のツイートでハッとさせられた。
これを見たときの感情を強烈に覚えている。


・どの転職エージェントも提案してくれへんか
 った業界やん、選択肢になかったぞ!
・え、何やろこのワクワク感。
・編集者って俺がやってもええんかな?
・今まで女性の考え方を池田さんのTwitterや、
 Webメディア「DRESS」で勉強させてもらっ
 てたけど、池田さんに直接教われたら最高ち
 ゃう?

と瞬時に感じて、気づけばもうDMを送っていた。

 

それまで4ヶ月ほど転職活動をしていた。転職エージェントからは人材系の会社を紹介された。北海道の時代に、採用、育成にやりがいを持っていたこともあり、興味がある業界だった。面接を20社ほど受け、内定は出たものの、踏み切るには至らなかった。

踏み切らなかった理由は2つ。

1つ目は、「人のきっかけをつくることができる」という点は満たしていたものの、採用に特化してこれからのキャリアを描いていくことをイメージができなかったから。

2つ目は、興味はあったものの、「その仕事でこれから食べていきたい」と思えるほどではなかったから。


面接に行く先々で、「野村さんはうちの会社に来てどうしたいの?」と聞かれた。その度に明確に「◯年後には◯◯になりたいです!」を伝えることはできなかった。転職活動をするにあたり、毎日内省を繰り返してきたが結局は「わからない」と思うようになった。いや、というより思うしかなかった。


だからこそ、「今何がしたいか、何にワクワクできるかを大切にしたい」と思った。現職に残る選択肢もあったが、線香花火が消えかかっていたこと、また「27歳(当時)で未経験の領域へキャリアチェンジをするにはギリ遅い」という危機感があり、「今チャレンジするしかない!」という気持ちの方が圧倒的に強くなっていた。


編集者の仕事に進むと決めた理由は、まさに自分の“ありたい姿”である、「人のきっかけをつくることができる」、と思ったからだ。また編集者の役割が、化粧品会社で培った経験を大いに生かせると思った。そして強烈にワクワクさせられたからだ。


プレスラボの面接においても、
「編集者になってどんなことが実現したい?」
というようなことを聞かれたと思う。そこでも明確に答えられなかったように記憶している。いろんなことを不明確に答えていたかもしれない。しかし、それはそれで自分の現時点を素直に伝えられたという点で、結果としてはすごく満足している。


「これで大丈夫かな?」という不安は大いにあるけれど、それ以上にワクワクしている分、そのワクワクを原動力にしっかり努力して、やがて“ブームをつくれるような人材になる!”
という宣言で終わりにします。


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カリブ
12
編集プロダクション・プレスラボに所属の編集者。2014年4月株式会社ポーラ入社▶︎営業▶︎ロジスティクス▶︎2020年4月よりプレスラボ所属。趣味はラジオ、銭湯、野球。大阪府東大阪市出身。だんじり祭りで育ちました。

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