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[連載小説]それまでのすべて、報われて、夜中に「第四十一話:そしてxxになる」

【連載小説】「それまでのすべて、報われて、夜中に」
 中高男子校の六年間と浪人生活ですっかり女性との距離感を見失ったボクが就職活動中に偶然出会った理想の女性、麻衣子。ことごとく打ち手をミスるカルチャー好きボンクラ男子と三蔵法師のごとくボクを手のひらで転がす恋愛上級女子という二人の関係はありがちな片思いで終わると思いきや、出会いから十年に渡る大河ドラマへと展開していく―― 著者の「私小説的」恋愛小説。
<毎週木曜更新予定>

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第四十一話:そしてxxになる

「久しぶり」
「急にごめんね」
 麻衣子から連絡がくるのは、何かトラブルが発生した時と決まっていた。
「こんな時間に電話って珍しいね。大丈夫?」
こんなことを心配する自分が少し嫌だ。
「今、実家に帰ってるから大丈夫」
「普通に帰省中?」
そうではないことを分かった上で聞いた。
「またかよって感じだと思うけど、やっぱりまた旦那が浮気して」
「ああ、そうなんだ…」
予想は的中していた。

「これまでも何度となく裏切られ、その度にこれから変わるという相手の言葉を信じて来たけど、今回ばかりは遂に目が覚めた。もう恋愛感情は無くなってたけど、それより子供がいるのにそんなことするのが気持ち悪くて、一緒にいるのがもう無理だなと思って帰ってきた」

 『男の浮気癖は結婚しても、死ぬまで変わらない』とは飽きるほど耳にする言葉だ。浮気するほどの甲斐性がないボクにとって、浮気がまるで中毒のように止まらないことは、それがリスクを伴う所業である証拠であり、フェアに思えた。

 周囲から散々反対されながら、愛を求めて突っ走った麻衣子の悲惨な顛末に「ほら言ったことか」とあざ笑うことができたら楽なのだが、そんな気持ちにはなれず、口の中には苦味が広がった。

「本当にアタシはバカだったなと思ってる。大事な選択を間違えたよ」
「選択って、今の人と俺?」
「うん、今だったらはっきりわかる」

 十年前、麻衣子に告白して振られてからも、想いがくすぶり続けたのは、麻衣子が一緒にいたいと願う男が、どう考えても麻衣子を幸せにできるとは思えないという確信からだった。まるでカルト宗教にハマった親族を見守るように。それでも、麻衣子の彼への執着心は強く、周りが反対すればするほどそれは強固になった。

 あれから十年の月日が経過し、洗脳が解けた麻衣子。長い年月はもう引き戻せないラインを何度も踏み越えていた。
「でも、ここまで来ないと目が醒めなかったんだと思う。人生賭けて失敗したよ、ホント哀れだよね」

 この状況を逆転させてあげる唯一の手段はボクが麻衣子を受け入れることなのか。

「これからどうするの?」
「離婚しようと思ってるよ。ただ、アタシは仕事辞めてからブランクあるし、経済的な面とか、息子のことを考えると悩ましい。最初の会社を辞めるんじゃなかったよ」

 ボクの周りの友達や同期の女性達の多くは、結婚しても会社を辞めず、育休を取ったりしながらキャリアを繋いでいる。そもそも麻衣子の夫のような遊び人は、恋人にはしても結婚相手には選ばない。女性として生きる上でのリスクと真剣に向き合っている彼女達がとても賢く、逞しく見える一方、麻衣子はあまりに無防備だった。

「富山という土地は超保守的だし、アタシのお母さんもお父さんの後ろを一歩下がって歩くようなタイプだったから、専業主婦以外はイメージなかったし、旦那や子供を中心に生きることに疑問を抱いてなかったんだよね」

 旧来の価値観にしがみつき、新しい女性の生き方へ挑戦しなかった麻衣子は自業自得なのか。ボクだってそんな賢く生きられていない。リスクを恐れて、行動に出られてないボクが責めることはできない。

「もし俺にまだ想いが残っていたとしたら、どううする?」
「そうだとしたら嬉しいけど、何も悪くない人に責任負わせることになっちゃうし、虫が良過ぎる気がする」
「それも含めて自分が納得して、違う未来があり得るなら考えてみたいな」

 目の前の麻衣子を励ましたいからか、あの麻衣子と一緒に過ごす未来が手に届きそうなことへの胸の高鳴りなのか、自分でもわからなかった。実際に、全く何も想像できていなかった。麻衣子と一緒になることも、他人の子供の父親になることにも。

 翌日曜日、新宿ピカデリーで是枝裕和監督作『そして父になる』を観た。当作は、アート系作品でありながら、カンヌ国際映画祭での受賞や、福山雅治の主演もあり、異例の大ヒットとなっていた。ボクは邦画はあまり観なかったが、出生時の「取り違え」により他人の子供を育てていたことが判明する二組の家族の物語から、自らに迫り来る選択に対して、何らかの示唆を得たかった。いつだって答えはカルチャーの中にあるはずだ。

 映画を観終わり、靖国通りを新宿駅に向かって歩きながら、「血の繋がり」と「過ごした時間」の対比について想いを巡らせた。しかしながら、映画のテーマを自分ごとまで引き寄せるには実体験があまりに乏し過ぎた。

次回、第四十二話は11月4日(木)に公開予定。

【作者コメント】
久々に『そして父になる』観たら、取り違えた看護師(中村ゆり)の夫役でピエール瀧が一瞬出てて、完全に忘れてたから意表を突かれた。あと、福山の『家族になろうよ』って曲をいつの間にかこの映画の主題歌だと記憶してたら違ってた。

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