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【怪談 第一回 / ヒトコワ】 ドラマの女

初めての短編を読んで頂こうと思う。お盆最終日、怪談のつもりである。


なぜかしら私は昔から人から秘密を打ち明けられることが多い。

そして打ち明けすぎた人はある日私の周りからふわりと消えてしまうのだ。

昔こんな女がいた。
当時37歳フリー高級輸入家具代行業。女性。

その女は恋人と付き合い出した関係に平穏が訪れると、なんでもない小さなことでも「嘘の事件」をでっちあげて二人の中だけでドラマにしてしまう癖があるのだという。
例えばただ電車で帰宅しただけなのに、彼氏にそれを話す時は
「電車の中で女装趣味の人を見たわ。でもよく見たら同級生だったのよ。」という具合に。

彼女が高校生の頃に始めて演じたドラマは「妊娠したかもしれない。」というものだったらしい。
相手は、なけなしのバイト代を差し出して逃げていった。用意していたポエムめいた手紙も渡せずに音信不通になってしまい、つまらなかった。女は、
「たしか五、六万円受け取った記憶がある。」と植え込みに座った足を組み替えた。

その後は、
「会社のお金をあなたに使ってしまった。」と言ったり、
「暴漢にいたずらされそうになった。」などと嘯いたらしい。
夜8時頃に、サラリーマンの彼氏の帰りをリビングの明かりを付けないで待ち「どうしたの?」の合図でするそういう打ち明けの雰囲気がたまらなく好きなのだという。

困惑しきった男が作る緊迫した空間で、自分だけ余裕が手のひらに乗っている感覚が、若い自分を俯瞰できて、まるでテレビに出ているように感じたらしい。
押し黙った男女と、量産型の間取りに置かれたつまらないソファや間接照明。煮え立つ鍋と虚しく流れるお笑い番組、というような、ありきたりな演出も癖になっていた。
目的はお金ではなく、男がどんな反応を見せるのかどうしても試したくなるのだ、と彼女は言った。
本当に私を愛してくれているのかとか、私と世間のどちらを取るかとか、とか。わからないが。そういうことだろう。
理解はできないが最初の「妊娠した」という作り話は尤もらしくそういうことだろうと思い私は、ウンウンと女の話を聞いていた。

しかしそういうドラマを演じ続けて早20年。今となっては彼女の作り話に見境も目的もないらしい。
今、知り合いの全ての人に嘘の自分を語り、その主人公として日常会話をしていると言うのだ。
私はそれを聞いて思わず背筋につららを突き刺された様な気がした。

彼女の話す、他愛もない、無類のコーヒー好きなことも、こうして人混みから離れた場所で吸う一ミリの細長い煙草を止められないというのも嘘なのか?
彼女が嘘ではないのは、管理している仕事内容と品番くらいで、細かな趣味嗜好も相手によって変えて雑談をしているという。
私も、頻繁ではなかったが彼女と数年こうして「たまたま近くにいるから」ということがわらったら、落ち合って話をしていたが、こういう人にありがちな「おやおや?」を感じたこともなかったし、何より彼女は業界では敏腕で語学堪能であったり、見るからに優秀で面白い女性なのだ。

さては女、こんな、しなくてもいい話、私を一回り以上も年下だと思ってからかっているな?とも思ったが
「じゃあ今私にも嘘ついてるってこと?」とはとても聞けずに、ケラケラ笑って見せ、
「輸入代行なんかやめて女優になればいいね。」と受け流すと、女は一度目を伏せ、

「亡くなった叔母が女優だったの。」と、まるで見返り柳をバックにしているかのように話し出したのだ。
この女とも、会わなくなって十年が経った。

#矢野沙織 #怪談 #人怖

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アルトサックスプレイヤー/コンポーザー コラムや日記、短編小説を書きます。 演奏動画もアップしていきます♪ 機嫌の取りづらいヴィンテージ楽器の操作と幼児の育児に奮闘中!よろしくお願いします。