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名古屋ブルーノートに思いを馳せて

 名古屋のあの感じはなんなんだろう。 
 表裏一体となった街全体が碁盤の目に整っていて、GUCCIの裏はスーパーゲットー歓楽街である。こんな街は他にあるのだろうか。

 そして、名古屋は私から見ると「表裏」が上手く棲み分けすぎていて非常に面白い。両方が太陽と月のように美しいのである。
ウィンドウショッピング中に何か買おうか興奮したら必ずコメダに駆け込むが、何度コメダに入ったか定かでない時間帯になって来ると、なぜかたまらない気持ちになる「名古屋の夕方」がやって来るのだ。
 名古屋の夕方とは「はい、昼の部おしまい!」とはっきりと街が言ってくる様な気がする。
 そうして夜の名古屋が顔を出し始めると、それはそれはまた美しい。

 決して広くはない名古屋中心街では、濃く深い趣味を持った大人達が、それぞれ肩がぶつからないよう気遣いながら夜な夜な愉しむのである。
 文学もオペラもシャンソンも。女装もドラァグクイーンも。後にLGBTと呼ばれる様になった概念も全て名古屋で過ごすうちに自然と教わってきたことだった。
 東京では分母が多過ぎて、散り散りになって分かりづらいことも、知ろうと思えば名古屋ならすぐに三軒先で教えてもらえる。
 
そう。名古屋の人は、やれ東京だ、やれ。と、やいのやいのあまり言わない。
流れ流れてきた人のこともあまり聞かない。
 大都市に挟まれていることをなんだかんだ言いながら「うふふ」と楽しんでいると感じる。
 そして知らなくたって「知らないから知りたいので入れてくれ。」と言えば受け入れてくれる。

 現にデビュー前だった私を「なんだか面白そうだから。」と言うだけで初めて入れてくれた土地は名古屋であった。
 当時それ以外は、なかなか扉を開けてくれないのが現実であった。
 名門ブルーノートも同じだ。
 「女子供だから。サックスだから。」なんて最初から最後まで仰ることなく、私の全てのレコード発売、プロジェクトの発表の場として、品格とブランドを添えて支えて下さった。
 私の職業など気にしない夜の名古屋の人達と話している時なんかに、たまたま知り合いが入って来たりして 
 「アンタ普通に話しとるでや、この人こう見えて、音楽家でブルーノートでも演るんだわ。」と誰かが言うと、一見ジャズを聴かない様なコミュニティでも「誰々の時行ったわ。」「何々でアレだがや。」とブルーノートと人との距離が他の都市よりずっと近く、皆ブルーノートブランドが名古屋にあることを誇っていて愛していたと感じていた。

 10代の頃に外国人ジャズジャイアンツを迎える時。
どうしても名実が伴わない時期。
神経が繊細になった時期。
そして母となり、どうしても名古屋ブルーノートに娘を連れて行きたいと言った時。

 どなたも皆まで仰らないが、15年以上の時間の中で、私はアップアップで、機嫌や自分のキャパでくるくると表情や態度を変えてしまったこともあったであろうと思う。
 名古屋ブルーノートさんには、大きな感謝と共に、感情をコントロールしきれない私をただただ対等に見守って下さっていたのだと今更気付くと、とても気恥ずかしい思いがする。うっかり涙も出てしまうくらいだ。

 今回は、今まで心の中にしまっていた音源を聴いていただこうと思う。
 二十歳の誕生日を名古屋ブルーノートで迎えた時の演奏である。
 

今泉正明(Pf)
上村信(Bass)
小松伸之(Dr)

James・Moody(Ts,Fl) 
Slide・Hampton(Tb,Arr)
Randy・Brecker(Tp,Fl)

何曲かあるので随時チェックして頂きたい。 
まずは、Dizzyの御指名でガレスピーバンドに亡くなるまで在籍したMoody師にも敬意を込め、

**「Groovin’ High」 

     -Dizzy・Gillespie**

(special arrangement Slide・Hampton)


2006年10月27日
名古屋ブルーノート公演

聴いてください。 

そして、名古屋ブルーノートを忘れないでください。

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#名古屋ブルーノート #名古屋 #ジャズ

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アルトサックスプレイヤー/コンポーザー コラムや日記、短編小説を書きます。 演奏動画もアップしていきます♪ 機嫌の取りづらいヴィンテージ楽器の操作と幼児の育児に奮闘中!よろしくお願いします。

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