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Mr.Cobb

 初めてニューヨークでライブレコーディングをしたのは18歳の頃だった。
その頃、私の演奏は報道ステーションのテーマに抜擢されたり、演奏会場も格段に大きくなり聴いてくださる方も急に増えた頃だった。
 好きではなかった高校もようやく卒業し、進学も選ばなかったので集団生活からも開放され、環境は様変わりし、楽しかった。
 その反面、出来ない事に対するオーダーから自分を守るために怒ってばかりいた年頃でもあった。足元のないまま周囲だけが変わり、不安や期待で感情が有り余っていたのだ。


 いざライブをするためにレコード会社のクルーを引き連れて真夏のニューヨークに到着すると、浮き足立つどころではない。あの時私は本当に少し浮かんでいたのではないかと思うくらい小さな自分から見る世界の解離に夢を見ていた。
 ホテルへチェックインを済ませ大人の目がなくなったら、現地で友達を作りたくなった。ゲットーなクラブなんてまだよくわからなかったのでひとまずタイムズスクエアを目指したくさんのストリートアーティストと話をした。その中の一人とは未だに交流があるくらいだ。
 それからライブ本番まで何日あったのかも、どうやって過ごしたかも覚えていない。ただ、当日までバンドメンバーとリハーサルや顔合わせもなかった事は覚えている。
 本番は2回、つまり2デイズでのライブ開催だ。
 当日、まだ浮き足立ったまま名だたるミュージシャンとの共演を目前に「また何か怒られるんじゃないか。」「見透かされているに来まてっるんだ。」と身体を硬くしたまま老舗ジャズクラブ「SMOKE」へ入った。
 しばらくするとJimmy・Cobbさんが入って来た。自然体な方だった。
 大袈裟に私の若さや性別や国籍を褒めたりもしなかった。
 ただ暑いねえ、と言い、最初からいたかの様にドラムセットに座った。慌てて水を持って行くと「そんな事しなくていいんだよ。ありがとう。」と笑っていた。
 ぶっつけ本番の前に、何も言われたくない私である。
 駆け足でリハーサルをし終えると、直ぐに身支度の為と地下へ逃げた。なんて勿体ない事をしたんだろうと思うが、この時私はこうしたのだ。
 そして出来る限り目の周りを黒く囲み、武装に武装を重ね、いざステージに呼ばれると、どうもおかしい。
 想像した拍手喝采がないのだ。
 今日はレコーディングなんだぞ。どうしよう。お客さんがいない。と焦った。
 焦るままただただ演目をこなして行くばかりで。お客の反応なんかもう全く覚えていない。ただ走って走ってCold sweat。
 取り返しの付かない暴走をしている私にコブさんのドラムがびったりとくっついてドカンドカンと追いかけて来る。
 不思議だった。
 普段こうして暴走すると、タイムをキープしようと走る私だけを置いて行くトリオしか経験がなかったから。
 当然フロントを置いて行ったバンドは少なくともその曲に置いては崩壊する。
 しかし今回はどうだろう。泣きながら冷や汗をかくき、今までにない暴走をする私に、全力でびったりとくっつかれて、音で「どうぞ、走りなさい。」と言われると途端に間を作る事が出来るのだ。
 インテンポではないタイムに大きな蛇のうねりを持った重たいBebopが産まれる。
 録音されている事など忘れて、何コーラスも、何コーラスも演奏した。 
 延々と付き合ってくれた。延々とだ。
 翌日、またSMOKEへ行くと、昨日の演奏なんかの事は何も言わず、
 「今日も暑いなあ。」と美しい瞳で笑っていた。
 そして「いい曲を思いついたからプレゼントするよ。」と鼻歌を歌い、一緒に練習し、ライブで録音をした。 

 コブさんは自然体な方だった。
 ただそこに生え、淡々と根を張ってきた寡黙で大きな木の様な方だった。
 今また人種問題が浮き彫りになる中で、彼は私の存在に対して国籍や性別の事を言った事はなかった。
 それが今になってどんなにありがたかったことか、本当の意味でようやくわかった。
 でも、亡くなってからじゃ遅いんだ。
 今でもSMOKEに行けば、大きな身体を控えめにして「今日も暑いなあ。」と言っているんじゃないかと思うと、涙が出て仕方がない。

このライブレコーディング[Parker's Mood]には、そのほとんどの曲が暴走した日の真夏の演奏が、Jimmy・Cobbの名演と共におさめられている。

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アルトサックスプレイヤー/コンポーザー コラムや日記、短編小説を書きます。 演奏動画もアップしていきます♪ 機嫌の取りづらいヴィンテージ楽器の操作と幼児の育児に奮闘中!よろしくお願いします。

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