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わかっても学んでも、腑には落ちない

やんちゃん/感覚感情セラピスト

こんにちは!やんちゃんです🍫本日は、知ってるー!と腑に落ちている!の違いについて。現代人は知識の奴隷wわけのわからん人生のゴールや答えを探しても絶対に見つかるわけがない。プロセスこそ人生である。


わかればわかるほどわからなくなる


僕の記憶では、教育って学習を通して「わかる」ことを求められる。そんな教育の末、大人になってからも、きちんと、ちゃんと、しっかり、とか当たり前のように言っちゃう人が多いのはそういう背景があるんだと思う。


それって、私は○○・・ではなく、きちんとした○○な状態な人・・が基準になっていて、誰が誰と話をしているのかわけわからん。そういう意味で、わかる(正しい答えを求める)と個人の意思がどんどんなくなっていく。


わかろうとすればするほど、他人の価値観によって変化し続ける、絶対にこないゴールを追いかけまわすことになる。それが「努力」という名の迷走人生。


知識が豊富で苦しい生き方


努力と迷走の生き方。それは、一つわかれば、次のわからないへ向かう生き方。常に自分を否定し、おしりに火をつけてゴールのないマラソンをしている人です。


人間がお箸を持つ意味や意図をありとあらゆる角度で考え抜いた末、インド人が手で食べる姿を見て自分の勉強不足を悔いるようなもの。


人生という枠に正しい在り方などないわけで、そこに在るのは様々な価値観や主観だけ。ある人がこれが真理(答え)といったところで、別の人が見れば全く逆の事になる。そんな、絶対に着地点のないことに答えを求めて生きていても「答えはなんだったのか・・」って終焉しますよ( ゚Д゚)

生きなさい。自分の人生を。


体験と経験を体験で語る


知っていること、わかっていることなんて小学生でも出来る。挨拶のやり方なんて誰だってわかってる。わかっているけど、したりしなかったり。つまり、わかっていることと腑に落ちている事はあまり関係ない。というより別の事。


人生において大切なのは、わかることより、体験と経験を肌で感じる事。肌で感じて頭で処理してちゃ、振り出しだけど( *´艸`)


だから、体験したことを体験(行動)で表現していくこと。そして、その表現が誰かにとっての体験になっていく。知識や理解の泥沼の世界を抜けだす唯一の方法ですね。

自分の体験を人生とする。


https://www.instagram.com/yanchansan12/


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やんちゃん/感覚感情セラピスト
アラフォー関西人。 ゲシュタルトセラピスト。 カウンセリングスキル習得コミュニティ運営者。コミニュケーショントレーナー。 発達障害者支援から得たスキルを人類のために。孤独→介護福祉士→知的障害者援助専門員→カウンセラー→ゲシュタルトセラピスト 人類に寄り添うことに人生を捧げる🍫