母よりも、美しく(すばる文学賞1次通過作品)

 僕は今年三十になる。大学を卒業後、神保町にある小さな出版社に就職して、そこで営業の仕事をしていた。本屋に出向いて自分の会社の本を平積みにしてもらうようお願いするのが僕の最初の業務だった。本当は編集部で働きたかったのだけど、新人はみんな営業をさせられるのが慣習となっていて、僕はそういうのに無気力になった。いや、我慢はできたはずなのに、なんとなく頑張る気にもなれなかったのだ。結局、仕事は二年で辞めて、今、僕は地元の商店街にある学習塾で講師をしている。それなりの大学を出ているので、生徒や保護者からの信頼もまあまああって、とりあえず僕は満足だろう。去年、高校三年生の女子に以前出版社勤務だったことをいつかの拍子で呟いたなら、小説を書いたので意見が欲しいと言われた。けっこうそれが面白かったもので、新人賞に応募したらどうと勧めた。でも、彼女は別に小説家になりたいわけじゃない、そういうんじゃなくて、僕に読んで欲しかっただけだから、と俯いて、それきり小説の話はしなかった。僕は彼女の小説がとても好きだから、彼女の代理で文芸誌の新人賞に応募しようと思う。もし、受賞したら掲載された雑誌を彼女に渡すつもりだ。君には才能があるよ、とひと言添えて。

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母よりも、美しく(すばる文学賞1次通過作品)

ヤナ

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