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エロ漫画と橋の下の話。

BL作家の水戸泉先生とネオ・リブ・ウィメンである多摩湖さんのツイートを読んで痛く同意したので、覚書。
法の下の平等ってなんぞや。

全面同意である。
エロ漫画の表現の自由は、これまでずっと"男性向け"という言い方で男性にだけ責任を負わせる形になってしまってきた。
(この場合、「エロ漫画」とは出版業界の自主規制で成人向けとされていないBL・TL・レディコミ・少女漫画を含む。広く性表現を扱う漫画全般の呼称としたい)

"男性向け"エロ漫画を支える中に、沢山の女性作家や女性読者がいたにもかかわらずである。

これについては以前に漫画家の水龍敬先生が
「"男性向け"および"女性向け"と言う区分は正確でないし、そもそもこれこそが性差別的な言葉である」
という旨のツイートをなさっていた(私も大筋で同意見である)

つまり、これまでの表現規制や性差別・性的搾取の責任の在り処を巡る議論においては、同じ女性の間でさえ、
一方はとくに理由なく守られ(放置され)、
一方は常に批判に曝されたり、自身の人権(表現の自由)のために戦ったりしてきたわけだ。
「女性の人権のために」という名目の規制推進論によって、女性が分断されてきたとも言える。

私はいずれの表現も支持する立場であるが、いや、そうだからこそ、
この不均衡は一刻も早く是正されるべきだと考える。
性差別を憎むからこそ、"男性向け"という言葉で不当に男性(そして不可視化されてしまってる女性)にだけ負わせた罪や責任を解消しなくてはいけない。

そして、それはさらなる規制によってではなく、
「規制の緩和」あるいは「規制の不備の改正・解消」によってもたらされるべきだろう。

この主張における「規制」とは、出版業界や書店の自主規制、"東京都青少年の健全な育成に関する条例"を主に指すので、刑法175条はあまり関係がないことを先に断る。
(念のためだが、刑法175条についても廃絶を訴える立場である)

この都条例や"ゾーニング"という制度の不備や違憲性について、知らずに論じる者があまりに多いと感じている。

本来、これは条例であるので、当然ながら有効である範囲は「東京都」に限られねばならない。
しかし実態としては、この条例はインターネット通販にすら影響を与えており("該当する書籍はAmazonのサイトから削除される" Wikipediaより)、他県および他国の読者の知る権利までもを多大に侵害している。

また、「未成年者への販売を自主規制する」という条例であるにもかかわらず、大手書店は該当書籍を撤去して成人への販売まで取り止めている。

さらに小さな書店は"区分陳列のスペース確保と、年齢認証などの煩雑さなどから取り扱わない"(Wikipediaより)のだ。

こんなものが"ゾーニング"だろうか?
「禁止したり排除したいのではない、ゾーニングをしてくれればいい」という言葉は、 「橋の下の例え話」に通じるものがないか。

万人に対し平等に配慮と棲み分けを求めたようでいて、その実、立場の弱い者(到底写実的とは言い難い漫画の登場人物を性指向の対象とする者は、生身の人間に対する性指向と比べれば立派なマイノリティであろう)を狙い撃ちで排斥することになる法や条例を平等なルールとは言わないはずだ。
少なくとも私の信じる平等という概念においては、こんなものは言葉を変えた差別であると断言できる。

なにより、いま不健全図書指定に狙い撃ちされているのはBLである。

それも性器の描写の有無に関係なく指定を受けている。

「大人しくルールを守っていれば規制はされない」
「自主規制を厳しくすれば目をつけられない」
などの素人判断は、率直に申し上げれば「現実を知らなすぎる」。
良い加減、楽観主義は捨てるべきだ。

そして忘れて欲しくないのは、"男性向け"エロ漫画の「成人向け」表示局部修正などの規制は、本来は法や条例で定められたものではなく、全て自主規制なのである。
BLやレディコミなどよりも攻撃に晒されることが多いために、自律的にガイドラインを作り、表現の自由との兼ね合いを図りながらも秩序を守ってきた"男性向け"エロ漫画を尊敬こそすれ、批判などできるものか。

だというのに、そこまでの自主規制を行ってきた"男性向け"エロ漫画を、警察は一方的に法解釈を厳しくすることで締め上げ続けているのだ。
それを忘れてはならない。

「隠れたり自主規制をするということは、うしろめたいのだろう」と言って追い討ちを食らわせにくるのが警察組織だ。
リベラルを自覚する者なら、警察のこういった態度にこそ危機感を持つのではないか。

「これは、一部の漫画雑誌が過激なことをするからいけないのだ」と言う人間もいるかもしれない。
しかし、警察は春画展に対してさえも同様の圧力を加え、(およそ法治国家で許されざる事と思われるが)この企画の宣伝に関わった週刊文春編集長を処分させたのである。
これが横暴でなくて何か。

もしこのまま商業BL・TL、続いて性表現を含むレディコミや少女漫画などが"男性向け"エロ漫画と同様に不健全図書指定され続け、大型書店やネット通販で購入できなくなるのが普通になってしまい、時には編集者や作家が逮捕されることも起こりうる社会の空気が醸成されてしまったら、おそらく"男性向け"エロ漫画よりもさらに厳しい状況になるだろう。

"男性向け"エロ漫画は、地方にさえその取り扱いを専門とする成人向け書店があったりするのだが、BLなどには現状それに相当する草の根的な書店は見当たらないからだ。
(私の観測範囲が狭いだけであったらご指摘ねがいたい)

条例による"ゾーニング"がほぼイコールで撤去と販売禁止に繋がってしまっている現状、
そして自主規制を理由にして、警察が法解釈を拡大し逮捕や圧力を加えることが常態化しているなかで、
ただいたずらに"ゾーニング"の強化をして本当に大丈夫なのか?
長い時間をかけて育てた女性向けポルノという文化が、これをきっかけに瓦解し消滅しないか?
私個人は商業BLやレディコミ、少女漫画などはほとんど読まないが、
だからこそ強い不安と懸念を抱き、文化の危機を訴えずにいられない。


【参考1】
女子現代メディア文化研究会が2016年に国連女子差別撤廃委員会に対して送った意見書。

【参考2】
女性の"男性向け"エロ漫画読者の多様さやその感性については、エロ漫画研究者の稀見理都先生主宰のエロ漫画女子会を参照願いたい。

また、いまや"男性向け"エロ漫画業界は「女性にも好まれそうな絵と物語」で大きなヒットを狙うのが定石化しているようで、
ほとんどBL二次創作しか描いていない私などにも、ありがたいことに"男性向け"業界からオファーがあった事も付け加える。
厳密な数字によるものではないが"男性向け"エロ漫画の女性読者の数については、この辺りの事情で推し量っていただきたい。


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