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     国造り 人造り

本日日曜も早くから、NPO法人YANAGIHARAホールディングス理事であり、折尾ボクシングジムという同業者でもある西村会長と、北九州について色んなプランの打ち合わせをした。

国を造るにはまず、その国を造る人が要る。その為に人造りが要る。人造りはどうするかと言えば、教育という事になる。

私は、国造りについては、第4の勢力のマスコミの為体で諦めた。どう考えても、どうしようも出来ない事は忘れる事だ。

だからせめて北九州市は、と思い日々考えてると、疲れる人間、関心のない人間、分からないけどやろうという人間に分かれる。

私が東洋哲学を学び、これは素晴らしい、と思った一節がある。
それは「商売に貴賎はない」という言葉を追求する部分であった。

貴賎とは分かり易くいうと、大手の上場会社と、路上で大根を売る商売もどちらが上とか、どちらが偉い、という事はないという事。

つまり働くにおいて差別はない、という意味である。

勉強になった箇所は、成る程貴賎はないがその仕事や会社が、いかに人に喜ばれ、いかに社会に貢献しているか。ここには差異はあると説く箇所であった。

私の友人に牛肉を扱う者がいる。こういう仕事は、まず牛を殺す人が必要となる。漁師は良いが、牛を殺すのは野蛮だ、と昔は虐げられた。これこそ真の貴賎がないものの思考である。

現に昔は、社会の底辺と位置付けられた者が、こういう作業を行ってきた。野蛮だの、学がないからああなるのよ、と虐げられた。

しかしその後、牛肉、食肉業界は私の友人の様な「人に為に皆様の為に、どうすればいいお肉を食べてもらえるのか」と、思考錯誤する、利他的な人が集まり、結果、綺麗なイメージとなった。

逆にどれだけ社会の為に、と思われてもその業界の、人造りが違う方向に行くと、その商売は敬われない業界となる。

私のいた消費者金融は、目的がが一部上場という利、を先行させた為、売上至上主義で、働く社員の教育をしない会社が多かった。

その結果、今の様に当時から人造りをしていた金融業者は、今も生き残り、とても人間の所作とは思えぬ業者は倒産した。

トップがそういう思考なので、各支店長は私達を人として見ず、ただ成績さえ上げれば怒られる事もなかった。

結果、人を造らず一部上場をクリアする条件のみをクリアする為、ただただ拡大路線に走った末がこれだった。

ボクシング界は、貴賎という意味で重くは思われてないだろうが、今後、人造りをしていけば、将来ボクシングという競技が、我々が小学生の頃の様に盛り上がり、崇高な競技になるだろう。

これが東洋哲学の教えと解釈である。

自分が住みお世話になっている、北九州をどうにかせねばならぬ。

そう思い、人造りをしている私は、勉強はしていないのに東洋哲学の、こういった部分をやろうとしてる事を嬉しく感じた。

北九州市議も、分裂や内紛を起こしてる場合ではなく、時期市長は誰か。その人の政策理念は何か。

こういう事が市民への義務であり、責務である。同時にこういう事も市民はよく考えねばならる。

一票を入れた後、市議が市長の行動をチェックするのだから、我々も学び考え、ここはおかしいと思う事は、市議や市に対し、堂々とモノ言う権利がある。

権利を放棄し、義務を履行しようと思うのは、甘くて愚かである。

ボクシングを通じて教育、市の為に、と言っても理念の違う人と話す時間は私にはない。またその気力も最近一気に無くなった。

どうせ出来ない。私は常にそう言われて、今まで生きてきたが、体を賭けて行い、出来ない事は何一つなかった。

私は人に質問はするが、基本的に依存はしない。人間というのは所詮自分が可愛い。だから私は、生きた化石の様な扱いを受ける。

しかしいつも達成した後、振り返ると理念の同じ仲間や、途中で理念に共感した仲間の力が、多くのウエイトを占めている物だ。

まず自分を造る事。私はまだ、人として半分も出来ていない。だから勉強する。インプットは死ぬまで終わらないが、急ぎすぎた。

その為に、冒頭で紹介した西村会長や、現在スクラムを組む複数のメンバーを信じ、これからの未来を考えなくてはならぬ。

15年後の将来。北九州は小倉と黒崎しか残らない、と言う推定を出した人がいると聞いた。是非そういう人に話を聞きに行きたい。

何が根拠なのか。それを知れば、どうすれば逆転の発想で、人口を増やしていけるのかが見えてくる。

私の先輩には、ここで書けない方が数人いる。この方達はいつまで経っても本当に国を憂いている。

この諸先輩が私に、ウクライナとロシアの戦いを、事前に教えてくれたのだが、北京オリンピックの開催前だった。

何故、私にそんな情報を教えてくれるのか、いつも不思議なのだが
多分、私は国を憂いてないが、北九州を憂いてる事をこの方はよく知ってるからかな、と思う。

頭の良い人は、答えを言わず遠回しに話し、相手の尊厳を考え、後は自分で考えさせる様な話をする。とても有難い。

こういう議論ができる有志を、一人でも多く作りたい。人間プライドだけでは達成できぬ。頭を下げてでも志のある方と歩みたい。

一田舎の出来損ないであった私でも、ここまで考えれる。

人間、無理だとか、これで出来たとか、そういう両極端な者ほど、大きな失敗をする事を忘れてなならない。




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