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現代ドイツの合唱事情 vol.2 プロ合唱団 - 合唱歌唱で食べていける国-

※この連載は2017年〜2018年にSalicus Kammerchorのサリクス通信に掲載されていたものに修正を加えた再掲となります。

「合唱歌唱で食べていける」!?

 「合唱歌唱で食べていける」というのは、日本の音楽シーンだと(一部を除けば)殆ど夢のまた夢のような話であるようです。だから信じがたいことかもしれませんが、ドイツではそれが実際に十分に可能な環境が存在しています。ドイツ全体で80以上を数える地方歌劇場の大半は専属のオペラ合唱団を持っているし、地方ごとの公共放送局にはそれぞれ放送合唱団が存在。オーケストラ奏者と同様、労働組合に守られたれっきとした専業演奏家として合唱歌唱を生業としている人々が数多くいるのです。ドイツ外のヨーロッパにもプロ合唱団は極めて多く存在していますが、安定した社会的認知と経済基盤がある程度以上成立しているプロ合唱団をこれほど多く擁する国はヨーロッパでは他にないでしょう。

 本稿ではそんな特色豊かなドイツのプロ合唱団からいくつかを取り出してご紹介します。


放送合唱団の雄 - ベルリン放送合唱団

 ドイツのプロ合唱団を語る上では放送合唱団の存在はまず欠かせないでしょう。ドイツ各地方に合計7つ存在する放送合唱団は、そのどれもが世界的なレベルを誇るプロ合唱団ですが、同時にそれぞれ独自の特色を持っています。

 その中でも最も有名なグループのひとつが、ベルリンフィルとの共演も多く、オラトリオ系プロ合唱団としては世界随一のベルリン放送合唱団。次の動画では、サイモン・ラトルの指揮でプーランクの「人間の顔」を演奏しています。ベルリンフィルのコンサートにおける一プログラムとして、無伴奏の合唱音楽が、合唱と器楽の世界を分かつことなくファンに受け入れられています。

 プロ合唱団の模範的存在とも言えるベルリン放送合唱団ですが、前首席指揮者のサイモン・ハルゼー就任以降、従来のコンサートホールでの演奏活動にとどまらずさまざまな形式での演奏活動を模索しています。次の動画の「human requiem」ではブラームスのドイツレクイエムを、大きなインスタレーション作品として再構成しています。聴衆は縦横無尽に動き回る歌い手を目の前に囲むように座り、自身もその作品の一部となります。昨年展開されたこのプロジェクトは、特にリンカーンセンターでのNY公演で大成功を収めました。


「日本」を再発見? - SWRシュトゥットガルト声楽アンサンブル

 放送合唱団にカテゴライズされるドイツの合唱団のなかで、室内合唱的な細やかな音楽を得意とするグループというとベルリンのRIAS室内合唱団が非常に有名ですが、ドイツ南西放送(SWR)に属するSWRシュトゥットガルト声楽アンサンブルもそれに比肩するハイレベルな室内合唱団で、こと現代音楽に関してはこの合唱団の右に出るものはありません。

 SWRシュトゥットガルト声楽アンサンブルでは数年来、ひとつの国にテーマを絞った演奏会/録音シリーズを展開しており、これまでに「アメリカ」「フィンランド」「ポーランド」などが行われてきました。そして2018年の今年はなんと「日本」がテーマだそうで、今年7月のコンサートでは間宮芳生「合唱のためのコンポジション1番」、武満徹「風の馬」、近藤譲「薔薇の下のモテット」などが演奏される予定です。日本の合唱団が未だ発見していない曲の魅力を発掘してくれるかもしれないと、期待が膨らみます。

※追記
実際に2018年はJapanシリーズの演奏会が行われ、さらに昨年にはCDが発売されましたね!武満、間宮といった邦人作品がこれまで考えられなかったような質の高さでレコーディングされています。


教会で聴くオールスター歌手 - solistenensemble stimmkunst

 常設プロ合唱団ではないですが、演奏が素晴らしいのでご紹介。上記SWRのお膝元のシュトゥットガルトにある、地域のプロテスタントにおける中央を担う、シュティフト教会。ここのカントールであるカイ・ヨハンセン氏の指揮によるバッハのカンタータ/モテットを演奏するために編成される室内合唱団です。「ゾリステンアンサンブル」の名に恥じることなく、ヨーロッパ中から、ソリストクラスの古楽歌手を選りすぐったメンバー。教会での演奏のためだけにここまでのオールスターメンバーを集められるのは驚異的なことです。教会の豊かな運営能力が伺えます。そして、なによりもヨハンセン氏の音楽が素晴らしい。演奏はごく一部がYouTubeで公開されていますが、地元に聴きに行く以外でこのグループに触れることは殆どないのではないでしょうか。勿体無いと言いたくなるかもしれないけれど、それが本来の音楽の居場所なのかもしれません。


尖って音楽をしてゆくために

 ここでは紹介しきれなかった興味深いプロ合唱団がドイツにはまだまだ数多くあります。「食べていける」かどうかありきで音楽のことを語るのは決して趣味が良いものではありませんが、ドイツの状況をみてみると、プロの合唱団が多くの優秀な声楽家にとって現実的かつ魅力的な「就職先」であるからこそ、そこには優秀な人材が集まり、健全な競争が生まれ、結果として各々が独自の方向に尖った音楽活動を継続して取り組むというサイクルができているように思われます。また、合唱音楽が幅広くクラシック音楽のなかの一分野として一般聴衆にしっかり受け入れられていることも、プロ合唱団が生き残りやすい状況を作っていると言えるでしょう。

 今後、日本にもその萌芽となるような合唱活動が生まれることを期待したいです。


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