メディアの話、その47。電車男を覚えてますか。

「電車男」を覚えているだろうか。

注目されたのは、2004年の2ちゃんねる(なつかしい)。

なんともう14年前である。

いまの中学生が生まれた頃である。

当時、高校生だった人たちがもう30代である。

いま、「電車男」を語るというのは、80年代バブルの時代に、70年代初頭の学生運動を語るくらい、時間的な距離があるわけだ。

びっくりである。

「電車男」現象は、メディアビジネスがターニングポイントを迎えるひとつの象徴だった。

今日はその話を振り返ってみる。

電車に乗っていたら酔っ払いが女の人に絡んでいて、彼女を助けました、

という「電車男」氏の投稿。それに端を発する、2ちゃんねる住人たちと電車男とのやりとり。クライマックスは電車男氏と彼女=エルメスさんの恋の成就。

一連のこの投稿のまとめは、当時のインターネットの世界で爆発的なアクセス数を稼ぎ、半年後の2004年秋には、新潮社から「電車男」は書籍化され、ミリオンセラーになった。

さらに翌2005年には、映画「電車男」が山田孝之さん主演で、テレビ版「電車男」が伊藤淳史さん主演で、公開された。映画版は動員数200万人を超え37億円の大ヒット。テレビも高視聴率を稼いだ。

「2ちゃんねる」というのは、インターネットが誰でも「メディア」になれる「だれでもメディア」のプラットフォームとして、最初に日本で参加者が増えた場所である。匿名が基本で、硬軟とりまぜたさまざまな「板」が登場した。

ちなみに2017年、2ちゃんねるは5ちゃんねると名前を変えている。
40代からうえの方々はなんとなくおわかりいただけるかと思うが、2ちゃんねる、あるときから見なくなりましたよね。いつ頃からだろう。

私個人の実感でいうと、実名制の高い、ツイッターやフェイスブックなどSNSサービスの台頭とたぶん同じ時期だったような気がする。象徴的だったのが、2011年3月11日の東日本大震災。情報共有のツールとしては、ツイッター&ケータイが、大活躍した。

「電車男」の大ヒットは、インターネットから生まれたコンテンツが、オールドメディアである出版、映画、テレビのコンテンツになり、いずれも大ヒットした、いま考えると、インターネットとオールドメディアが幸せな結婚を一瞬した、唯一のコンテンツだったともいえる。

電車男のやりとりはおもにパソコン上で行われた。だから、そのやりとりは、持ち運びできなかった。あのとき、SNSもまだ誕生していなかった。個人が実名で自由に情報発信する文化はなかった。ケータイは普及していたけれど、スマートフォンはまだこの世になかった。ケータイ上でできるインターネットサービスには限りがあった。解像度も低かったし、画面サイズも小さかった。だから、インターネットの主戦場は、圧倒的にパソコンだった。だから「オタク」の趣味でもあった。

同じ時期、インターネットを外に持ち出したアーリーアダプターたちがいた。ケータイ電話を手にした少女たちだ。彼女たちのニーズから生まれたのがケータイ小説だった。パソコンから「電車男」が生まれる一方で、ケータイから「恋空」などのケータイ小説が生まれていた。それぞれの客は重なっていなかった。

共通するのは、どちらのコンテンツも最終的に、インターネットから飛び出して、リアルな書籍や映画となって、大ヒットしたこと。つまり、オールドメディアにとって、インターネットは敵ではなく、むしろ「飯の種」だった。ーーー少なくとも、そう見えた。

けれども、SNSとスマホの登場が、以上の構造を変えた。

いまや、スマホをもっていれば、2ちゃんねる(もう5ちゃんねるですね)も、SNSも、テレビも、書籍も、映画も、ぜんぶ、自分の「手の内」にある。

人間の本質がたかだか14年で変わるわけがない。

かわったのは、人間ではなく、メディアの「かたち」である。わたしたちは、オールドメディアを捨てたのではなく、すべてのメディアを持ち運び自由にしたのである。「電車男」は、メディアが持ち運び自由になる直前の、インターネットのインフラと、オールドメディアのコンテンツとが一瞬交錯した「奇跡」だったのだ。

あらゆるメディアをポータブルにしたのがいま。ではこれから、私たちのメディアの発信、メディアの受信は、どう変わっていくのだろうか?

続きます。

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ムシ。国道16号線。三浦半島。鶴見川。御蔵島。カレー。パウンドケーキ。コスタリカのオオキノコムシ。オオ=大といっても1センチちょっと。

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